行動に移したのは気まぐれであった。けれども、以前までの自分にはありえないことで、頼み事をしたときの真昼と夜子の驚いた顔からも相当なことなんだと他人事のように思うほど。あの子たちのそんな顔を見れるなら言ったかいもあるし、それになにより。
「……珍しいな。お使いしてこいじゃなくて、外出に付き合えなんて」
「ふふ、たまにはいいじゃないですか」
「だとしても、らしくない場所に出かけるんだな」
「そうですか?」
街中を彼と歩くというのも思っていた以上に良いものだ。
人混みを煩わしそうにしながら歩く輝嵐を見ながら美紅は考える。そんな面倒臭そうな顔をしておいて、わざわざミアレシティにまでついてきてくれるのだから優しいというか。
「いつもはエンジュとかだろ」
「せっかくこういう格好してるし、普段行かないとこに行きたいじゃないですか」
眉間の皺がより一層深くなったのを見て、それを宥めるようにその場でくるりと一回転してスカートの裾をふわりと広げて見せる。そこにはいつも生えている毛並みの良い金色の耳も尾はない。服装も見慣れた和服ではなく洋服。
まったく、何を考えているのか。真昼と夜子に装いを用意させてまでカロスに来たかったのか。と、上機嫌に「次はあれ見たいです」とショーウインドウに駆け寄る美紅を眺めて呆れる。
「何を考えているのかという顔ですね」
「そういうのは人間の臭いが強いから森に持ち込まないようにしてるだろ」
「臭い怖がる子もいますからね」
「……その上こんな人混みの中にきて、買えない物を見るだけか」
「無駄なことって思いますよね。でもこれ意外と楽しいんだって今日知りました」
こういうのを制服風って言うんでしたっけ。おしゃれですね。
などと言いながら展示されている男性用女性用と2つ並んだ白いブレザーを指さす。それから男性用をまじまじと見てから輝嵐の方に目を向け「ふむ、貴方がこれを着るとしたら髪を茶色に染めた方がしっくりきそうですね」と、伸びた横髪を撫でるように掬う。
「着ないからな」
「そういえば試着というものができるんですよね」
「着ないからな」
「私も隣のもの着るので、さあさあ」
美紅の年齢を思い出してからもう一度並んでいるブレザーに目を向ける。違和感が生まれないどころか慣れ親しんだ様子に見えてきそうなのは何故だろうか。などと目を細めているうちに目をらんらんと輝かせた美紅に手を引っ張られる。
「福が千雪さんとデートされたというお話をたくさんされましてね」
「あー」
「こういう形も意味も残らないぐだぐだしたことを想い人と楽しむものだと聞きまして。少し羨ましいなと思ったんです。私、そういうことしたことないので……本日は美紅様をお休みして、ええっと」
こういうのをなんと言うんでしたっけ。と悩む素振りを見せて数秒後に、パチッと両手を叩く。そして輝嵐の顔をふわりと愛らしく笑い、こう言う。
「いわゆる初デートというものですね」
突然の爆弾投下とも言える発言。目を丸めて固まった輝嵐にやっぱり驚いている。と身体の力が抜けたことにしたり顔で引きずっていった。
* * * * *
空に茜色から薄紫色のグラデショーンがかかり、並んだ2つの影が伸びる。1つは軽やかな足取りで、もう1つは疲労で重たい足取り。軽やかな足取りがトトッと数歩早く前に出て、スカートをふわりと広げて振り返る。その顔はこれまで見たことのないくらい無邪気で満足そうなもの。
「とっても楽しかったです」
「ガキがはしゃぐみたいだな」
「あら。私たちにとって10年で1つ年をとっているようなものですよ。最低でも150年生きているということは15歳くらいですから……貴方より年下ですよ」
「どんな屁理屈だ」
「美紅様はお休みって言ったじゃないですか。だから気持ちは15歳あたりではしゃいでみました」
ミアレの広場に続く川の音に耳を傾け、「それにしてもここは良い街ですね。ここまで発展しているのにところどころ自然を残していて」と呟く。脳裏に故郷のエンジュを浮かべ、あそこもいずれは時代の流れに沿ってこのような発展をするのだろうか。それは少しばかり寂しいと目を瞑り息を吐く。
その時、露店の店主に「美男美女のお二人さん。よければ見てかない?」と声をかけられる。声につられて目線を向け、視界に広がるきらきらとしたシルバーアクセサリーの数に「わあ」と感嘆をあげる。
「あら。こういう最先端の街でも露店ってあるんですね」
「どんなイメージ持ってるんだか」
「こういうお店って縁日だけだと思っていて」
どれもこれも素敵ですね。と手を叩いて喜び、目移りをする。店主と話しに花を咲かせ楽しそうにしていたかと思いきや、ある一点に視線を止まらせて黙りこむ。輝嵐は何を真剣に見ているのかと覗き込もうとすると、突然美紅はパシッと輝嵐の手首を掴む。
「輝嵐、手を貸してください」
「は?」
何の説明もないまま、手を引っ張る。今日の中で1番理解できない行動にさすがの輝嵐も困惑。しかし美紅はそんなことは気にもせず、釘付けになったシンプルな作りの指輪を輝嵐の指に合わせていた。
そんな一連の流れを見て、店主は「お兄さん、彼女の尻に敷かれているのか?」と楽しそうに茶化した。今日1日散々慣れないことに付き合わされた上に見知らぬ人間に茶化されるというものは愉快と言えず、だからと言って楽し気にしている美紅に不満を言うこともできずで舌打ちだけをする。
「うん、これにしましょう。お兄さん、これ1つください」
「……お前、本当何考えてるんだ?」
「今日の記念というやつですよ。初デートにはそういうのつきものなんでしょう?」
それは嘘だろ。とすかさず返せば、1割は本気ですよと悪戯っぽく笑う。
さすがに人前でできる話をするものではないからと、店主に指輪を袋に包んでもらった後すぐに歩きだす。
「貴方がどれだけ長生きしようと、私は残される身じゃないですか」
「だろうな」
「あと70年生きてくれたとしても、私は800年弱独り身ですよ。まあ、真昼や夜子は傍に居てくれますが……」
この間真面目にそれを考えてみたら寂しくなっちゃいまして。
丁寧に包まれた指輪を取り出し、輝嵐の手の平に転がす。夕日に反射して煌めく指輪はとても美しく、これも時が流れればくすむのだろうか。感傷的な気持ちを引きずりながらぎゅっと握らせ、眉を下げて寂しげに笑って続ける。
「できる限りでいいですが、最期の時までこれを身につけていてください」
「……」
「それで最期が来たとき私にください」
なんとも言えない表情を浮かべる輝嵐に対し、彼のことだから面倒臭いことを考えこみやがってだとか、そんな先のことは興味ないとか……そんなことを考えているのだろう。
美紅としてもそういったことを言うつもりは一生ないと決めつけていたが……自分でも馬鹿らしい提案だと思っていたが美紅様封印というのは結構効果があるらしい。と1人笑う。そんな美紅の思考など輝嵐が知る由もなく、ふと思い出したことを口にする。
「あの双子からお前は形見を手元に置かない主義だと聞いたが?」
「置いておきたいくらいに私の中で貴方が特別ということですよ」
「……気が向いたらな」
躊躇いもない即答に輝嵐は拒否できず、かといって素直に頷くこともなく。そっぽを向く。だがそれで満足した美紅は逸らされた輝嵐の顔をひょこっと覗き、仏頂面の頬を突く。不機嫌そうに視線を向けられるが、これは本当に機嫌が悪いわけではないだろうと捉えて美紅は穏やかな表情を浮かべる。
「じゃあ貴方の気が私にずっと向いているように願っていますね」
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