次々と情報が流れていくテレビをぼんやりと眺めながら、湯気をたてるのをやめてしまった梅昆布茶に口をつける。うん、冷めているけれど味はしっかりしていて美味しい。物騒なニュースが速報で取り上げられているが、胸が不安に駆られることもなくほっこりとする。……まあ、このニュースで取り上げている斬殺死体の犯人は他でもないわたしだから不安になりようもないし。
「早く帰りたかったからとはいえ適当に転がしとくのはまずかったかなー?」
隣で同じようにテレビを眺めている大海原さんに問いかける。が、返事はない。どうしたんだろう。何か気になることでもあるのだろうかと目線だけを隣にやる。そして「うわあ、信じられない」と声を漏らす。
「ちょっと大海原さん。器用に座って寝ないで」
「…………」
「寝るならせめてベッドに……というかよく人の部屋で熟睡できるね!?」
起きてよーと肩を揺すってみるがむにゃむにゃと口を動かすだけで、瞼が上がる気配はない。頬をつついて「大海原さーん」ともう1度呼べば、ふにゃりと頬が緩んだだけ。駄目だこの人、完全に眠っている。こっちの気が弛んでしまいそうな可愛らしい寝顔を無防備にさらしている……じゃなくて、え、ありえない。いくらこの場にいるのは敵意の欠片も抱いていないわたしだけとはいえ、何が起こるか分からないよその家でこんなに眠れる?
などなどと呆れつつ、あの手この手で起こそうとするが、途中で大海原さんの身体が傾き、わたしの肩にぽすっとよりかかってきたところで諦めた。さて、どうしようと悩む。
「ずっとこの状態というのはわたしもきついし、風邪引かせちゃいそうだしなあ」
大海原さんのひょこりと伸び、編まれたひと房の髪を指先で触れる。この髪を一晩放置すると明日の朝大変なことになりそうなことに気付き、束ねているゴムを解く。すると編まれていたところだけ癖がつき、変な髪型となっていた。それがおかしくて小さく笑う。
髪をいじるのに飽きてきたら次はわたしの手よりも一回りは大きい手で遊ぶ。筋を指でなぞったり、手の甲を覆うように重ねてぎゅっと握ってみたり。あれこれ手遊びをしてから手の平に口づけをしてみたあたりで恥ずかしくなってきたので中断する。
「……男の人の手、かあ」
遊んでいた手を膝の上に置いて、ふーと深く息を吐いて背もたれに寄りかかる。凛麗やアヲ十も男の手ではあるけれど、大海原さんはなんか違うというか。んーと悩ましい声を上げてからしばらくして気付く。あの2匹の手になんていくら触れようとどうも思わないけれど、大海原さんの手には触れるだけで安心するし、寄りかかられた肩から熱を帯びてくるしとどきどきしている自分がいるのだと。
これは困った。こんな場面で自分が思っていた以上に大海原さんに溺れそうになっていると自覚するなんて。隣で呑気に眠っていてくれてよかった、じゃなければ今頃赤くなった顔を見られて穏やかにかつ嬉しそうに笑われていたことだろう。
「大海原さん、見事に囲ってくれちゃってるもんなあ」
「ん、へへ」
「お、笑った」
可愛い。うん、可愛い。本人に直接なんて絶対言わないけれど、地図を逆さに見ていることに途中で気付き現在地を見失って狼狽えるおねーちゃん並みに可愛い。まじまじと寝顔を観察してからローテーブルに転がしていたスマホの存在を思い出し、態勢を崩さないようにして手を伸ばす。
「起こしても起きない大海原さんが悪いってことでー」
カメラアプリを起動して数枚撮る。うっかりシャッター音を切り忘れて最初の1枚目で盛大に音を出してしまったが、大海原さんは相変わらずもにゃもにゃしているだけ。そんな無防備に寝てたら敵からの不意打ちに対応ができないよと叱りたくもなるけれど、そうしたら恋石ちゃんはそんなことしないし、ここは安全かなと思ってみたいなこと言われそうだし、わたしが照れるだけなのでやめておこう。叱る代わりにむにゃむにゃとしたお間抜けな様子を動画にも残しておく。
「さて、ここまでしても起きないならいいなやあ」
肩にもたれる頭をそっと膝の上に乗せる。それから大海原さんの背と膝裏に腕を滑り込ます。態勢を整えてからよっと立ち上がる。うん、たくさん食べるのにこの軽さ。憎らしい!
リビングから何歩か歩き寝室に移動。大海原さんを寝転がらせてからわたしもネグリジェに着替えて布団に潜る。お客さんをソファーで寝かせるわけにはいかないし、かといってわたしがソファーで寝るのも嫌だし妥協案妥協案。
「ふわあ……」
この寝顔を見ていたら瞼が重たくなってきた。大海原さんから伝わる温もりも合わさってこの眠気には逆らえそうにもない。少し眠れば目も覚めるだろうし、そうしたらこの寝顔を存分に堪能することにしようかな。そう考えているうちに、意識はゆっくりと沈んでいった。
* * * * *
カーテンの隙間から柔らかな日の光が差し込む。どうやら部屋の主はシャッターを降ろし忘れたらしい。その日差しは大海原の顔を照らし、目覚まし時計の代役を果たす。眉間に皺を寄せ、「ん、」と身じろぎをする。そしてゆっくりと瞼をあげ、真っ先に視界に広がったのはうつぶせになってスースーと寝息をたてている恋石の姿であった。
人前で寝るなんてできない。と言い、実際に眠りが驚くほど浅い恋石が自分が起きる時間になっても眠っているなんて珍しいと、まばたきを繰り返す。
「……恋石ちゃーん」
確認のために小さな声で名前を呼んでみる。普段の恋石なら蚊の鳴くような声だったとしてもそれだけで飛び起きることができるはずだ。だが、今日は違った。ぴくっと眉が動いただけで、それ以外の反応は見られない。隙だらけの寝顔。起きる気配が微塵もない熟睡した姿。大海原は昨日の服から着替えていない自分の姿にもしかしたらと期待を込めてポケットに手を伸ばす。すると、予想通り入っていたスマホに指先が触れた。恋石を起こさないように気を付けて、そろりとポケットからスマホを抜き取り、ロック画面を解除する。アプリが並んだ画面からお目当てのものを起動すればカメラを恋石の方に向け、にししと笑う。
「シャッターチャーンス」
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