今年も貴方のことを

 除夜の鐘の音が聞こえてくる。この音を耳にすると、ああ。もうすぐ1年も終わるのかと感傷に浸りたくなる。同時に今年? 来年? も要さんと初詣はいけなかったと残念な気持ちでいっぱいになる。

「初詣行きたかった!」
「はい、次の患者来るよ」
「ねえ、紅羽も手伝ってよ!」
「やだ、めんどい」
「というか紅羽にやらせたら怪我人増えるからやめて」
「志寿さんってところどころ紅羽に甘いよね? 何もしないならユアくんのところでも行ってなさいって! 邪魔」

 運び込まれてきた患者のバイタル測定を行いながらくつろぐ紅羽を叱る。これならまだ恋人の家に行ってくれた方がましだという気持ちでいっぱい。だというのにその本人はというと「おせち食べてから行く 」などと言い始める。そのおせち誰が作ったと思うんだ、毒でも盛るぞ。という意味を込めて使用済みの点滴パックが入った金属トレーを投げつける。

「バカでもできる廃棄物の仕分けしてくんない?」
「毎年のことだけど年越しの度にそんなキレてたら皺増えるよ」
「誰が原因だ、誰が」
「年末年始の浮かれ雰囲気に乗せられて乱闘を起こしては怪我をして運ばれてくる裏稼業の輩」
「残り6割は紅羽なんですけど?!」

*****

 運ばれてくる怪我人も落ち着きをみせはじめ、夢子さんから休憩をいただいた。とはいえ、1度目のピークが過ぎたと言うだけの話。また明け方くらいになれば増えるだろうから初詣なんて遠出もできるわけもなく、診療所の屋根の上でお酒を煽るくらいしかできない。

「あ゛ー、もう! 志寿さんは闇医師であって休日診療所や救急外来なわけでもないんだからさあ!」

 酔っ払いで喧嘩をして大怪我。怪我のわりに意識ははっきりしているから酔いに身に任せてのセクハラ。怪我をもう1つくらい増やしてもばれないのではないかと思ったところを踏みとどまれた自分を褒めたい。

「初詣、というか年越しを要さんとしたかったなあ」

 去年もできなかった。今年こそはと思ったけれどやっぱり忙しくなってきて抜けるなんて言えなかった。悲しい。クリスマスとか他のイベントは一緒に過ごせたのに、年越しだけ……と、考えているうちに気分が落ち込んできてごろりと屋根に寝転がる。夜風と屋根の冷たさがお酒で火照った身体にちょうど良い。
 こんなだらしない格好は絶対見せられないなと目を瞑ると、「ふはっ」と笑い声が聞こえてきた。

「…………ひ」
「ビール飲んでるの珍しいね」
「ひぎゃ!? な、は、え、要さん!?」

 紅羽らしかぬ笑い声。志寿さんや夢子さんの声でもない。じゃあいまの笑い声は? いい予感、嫌な予感半々な気持ちになりながら恐る恐る目を開けば、にこにこと楽し気な笑顔を浮かべている要さんがそこにいた。動揺しすぎて身体を起こし、そしてずるっと滑りそうになる。咄嗟に手を伸ばした要さんの手に腕を掴まれ、なんとか屋根から落ちることは回避したが、ビールの缶は中身を散らばして転がって行ってしまった。が、今の私はそれどころじゃない。

「くくく、また派手な悲鳴を」
「なんでここにいるの……今、こんな格好だけは見せたくないと思ったのに」
「紅羽くんから面白いもの見れるから来てみればって」
「決定。今日のおせち料理のメインはファイアローの丸焼きだ」

 いつの間に連絡をいれたのだろうか。私が仕事中であればあの怒鳴っている姿を、休憩入ってからならだらけきった姿を見られることになる。要さんが来たタイミング的に仕事中に送ったんだろうけれど、許さん。

「おせち、雨藍ちゃんが作ってるの?」
「うん。毎年恒例でね」
「ふうん」

 青い瞳からぐさぐさと視線を刺さる。鋭いというより、何かを訴えるような。その何かがどういう意味をもっているのか……は、聞くまでもなく察せた。恥ずかしい姿を見られて目を合わせずらかったけれど、そんな目で見られたら無視もできないというもの。そっと目を向けて「……要さんも食べていく?」と聞けば、嬉しそうに目を細めていた。どうやら当たっていたらしい。

「雨藍ちゃんの作ったご飯、結構食べてるけどおせちは初めてだなあ」
「お正月は一緒に過ごせてないからねえ」
「初詣とか好きそうなのにね」
「……そうですよー。要さんと行きたかったのに例年通りお仕事で誘うことすらできないから拗ねてたのが私ですよーっだ」

 などと、唇を尖らせて言って見せる。要さんは困ったように笑って「随分素直にぶっちゃけたなあ」と頭を撫でてくれる。それが嬉しくてきゅっと目を瞑って、その手の感触に身をゆだねる。

「ああ、でも雨藍ちゃん。初詣は難しくてもあれは見れそうだよ」
「ん?」
「ほら」

 なんのことだろう。要さんのさした指を辿ってそちらを見る。そして「あ、」と声をあげる。それからととっと前に出て身を乗り出す。
 視界いっぱいに広がるのは橙色の日がゆっくり、ゆっくりと空を昇っていた。真っ黒に塗りつぶされていた空はオレンジ、白と染まり始めていた。それはとても、とっても綺麗な光景で。

「初日の出!」
「あまりはしゃぐと落ちるよ」
「大丈夫、っとわ」

 お約束のように足を絡めて転びそうになる。それを予想していたかのように要さんは驚くこともなく、私の腰に腕を回して支えてくれた。心臓にきゅっときた。「期待を裏切らないなあ」なんて言う穏やかな顔なんてかっこいいのなんの。いつもなら心臓止まるから! なんて叫ぶところだが、今日は一味違う。何故ならお酒を飲んだ後だからね!
 なんて意味の分からない理由を作り、「要さん、要さん」と呼んでそのまま勢いよくぎゅっと抱き着く。そしてそのままバタンッと大きな音をたてて倒れこむ。要さんの背中を打ち付けるような形になって大変申し訳ないとなりながら、ちうっと吸い付くように唇を重ねる。

「!」
「あけましておめでとうございます。今年も大好き!」
「……雨藍ちゃん、実はちょっと酔っててテンション高い?」
「へへ、その通り。今なら大きな声で叫んで愛してると言ってもいいくらい気分が良いかな」

 と言ったが、この後とても大胆なことをしたと恥ずかしくなり、要さんの胸に顔を埋める形になって動けなくなるのである。

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