「────ッ、」
酷い夢を見た。満月と再会し、フウ様の野望も破れ、後継者争いも一段落し。そしてらしくない平穏な時間に慣れてきてからは見なくなった夢だ。
鮮明に思い出せる悪夢の内容に深い溜息を吐き、気怠い身体を起こす。寝汗のせいで肌に張り付く着流しが気持ち悪い。ぱたぱたと扇ぎながら暗い部屋を見渡す。さすが、誰の手持ちだろうと関係なく大広間に雑魚寝させられているだけある。寝息やいびきは喧しいし、密集しすぎて暑苦しい。今が冬の季節でよかった、きっと夏場ならもっと寝苦しかったことだろう。と、諒は再度溜息を吐いて立ち上がる。
夜目の利かない諒にとって布団が敷き詰められた床を歩くのは難易度が高く、最初は踏まないようにと慎重に歩いていたものの、途中から面倒臭くて蹴り飛ばすのもお構い無しにずかずかと進み、部屋を出た。
「さすがにこんな無茶ぶりには応えないかな」
以前、彼はずっと追っていた漫画がアニメ化決定して深夜に放送するというようなことを話していた。興奮して騒ぎ、諒しかいないことをいいことに語る(そして諒は9割聞き流していた)姿を思い出し、ならばまだ起きているのだろうと予想して携帯をいじる。
反応するかどうかはさておき、と呟いて送信完了の画面になったのを確認して携帯をポケットにしまい、汗で湿った着流しを着替えることもせずに目的地へ足を運んだ。
*****
幸風の拠点はどの地方においても必ず空気の良い土地に建てる。そのため夜の、しかも冬には満天の星が鑑賞できる。拠点から少し離れた場所にある公園のベンチに座り、ほうと白い息を吐きだし、その星々をぼんやり眺める。
鳥ポケモンたちならあの星に手が届いたのだろうか。などと、少し羨ましさを抱きながら手を伸ばす。同時に袖がするっと下がり寒気を覚えた。
「諒さん!」
「うわあ、本当に来た」
「あんなメールをされたらそりゃ、じゃなくて! なんでこんな真冬に薄着なんですか!?」
「着替えるのが面倒だった」
「せめて何か着てくるとかですね!」
身体が冷えてきた頃、息を切らした瑠璃千代が到着した。丑三つ時に呼び出されて律義に来るとは……と小馬鹿にするように笑う。すると瑠璃千代は「呼んだ本人がそんなこと言いますか!」とぷんすかと怒るポーズをとりながら、諒に勧められるがままに隣に座った。
「よく場所が分かったね」
「腐男子の特定力なめないでください」
「ワア、スゴイ」
「……というのは冗談で。来いの2文字で送られてきたメールの30分後に添付されて届いた写真で分かったわけですけど」
「僕が言うのもあれだけど、よく最初のメールで来ようと思ったね」
「そりゃあ、なんだこれとは思いましたけど……諒さんからメールしてくること自体が珍しかったので」
何かあったのかと。
と、心配そうに諒の顔を覗き込む。ぽんやりとした橙色の瞳に情けない顔のした諒の顔が映っていた。それを目にしたくない諒は「邪魔」と一言だけ返して額を叩く。呼び出しておいてお礼の一つもなく、更にはこの態度。なんて自分勝手な! と怒ってもいいところだが、瑠璃千代はそういう反応をする元気はあるようで良かったと安心したように笑った。
ささくれだった気持ちも、毒気も抜くような緩い笑顔に力の抜けた諒は瑠璃千代の肩にぽすっと頭を乗せてか細い声で伝える。
「……嫌な夢を見て怖くなった」
「諒さんでも怖いものあるんですね」
「……、……君が前言ったんでしょ。弱音を吐いてくれてもいいとかなんとか」
「本当に捌け口にしてくれるとは思いませんでしたよ」
「君は笑わないし、茶化さないでしょ」
諒は人に褒められるような性格をしていない。意地悪は多いし、時々度の過ぎた嫌がらせもしてくる。そして愉快そうに笑い、人を見下す。人のことを悪く言うことのない瑠璃千代にすらそれは理解していた。
そんな諒が夢見が悪いから怖くなった、なんて弱音を吐きだせば面白がる者が多数だろう。諒の性格を抜きにしても、彼の周りはそういう類が多いのだ。自業自得とも言えるし、類は友を呼ぶとも言える。
「いいから肩貸して」
「なんならぎゅーとするのでもいいですよ。どーんと甘えてください」
「……ん、そうする」
そんな彼に嫌な顔を1つも浮かべず、時々怒る程度で拒絶をすることはなく受けいることをお人好しだと呆れる人も多いだろう。諒自身もそう言って小馬鹿にするように笑うのだから、その認識は誤ってはいない。だが、瑠璃千代は思う。
「瑠璃千代」
確かに普段は暴君で人に嫌がらせをする男だ。だが、悪夢1つでこんな風に弱々しくなり、縋るように名前を呼んでくる。
そしてしがみつくように、離れられないようにと腕に力を込めて自分を抱きしめ、弱った顔は見られまいと肩に顔を埋めて嗚咽を噛み殺しきれずにいる。
「慰めて」
そして、こんな風に助けを求めてくるのだと知って拒絶なんてできるはずがないだろう。と。
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