昼食を終え、洗い物をしているとシャンシャンと遠くから鈴の音が響いてきた。インターホンなどという現代的かつ洒落たものは我が家にない。代わりに玄関前に設置した鈴を鳴らしてもらうようにしているので、これはそれを知る誰かが訪れたのだろう。そして音を聞くなり畳の上で転がっていた水島が起き上がったことから、おそらく鳴神くんあたりだろう。
「スズメちゃーん、鳴神くんが来た!」
「おじゃましまーす!」
「いらっしゃい……と、貴方も来たんですね。昼食は食べたのですか?」
台所から顔を出せば予想通り鳴神くんがいた。にぱにぱと愛らしい笑顔を浮かべ、水島とお喋りする姿はとても賑やかで可愛らしい。そして数歩後に部屋に入ってきたのは鳴神くんのトレーナーである彼であった。彼の手持ちが何人か揃って来るとき、一緒にいるのはよくあることだが、鳴神くんだけのときに来るのは珍しいような、そうでもないような。
「ん、食べた。これお土産」
「気を遣わなくても良いのに……あ、違いますね。鳴神くんにねだられて買ったのでしょう」
「せいかーい」
袋に入ったケーキの箱を見て納得をする。確かここケーキ屋は久愛くんと紗綾くんがバイトをしているところだったはず。ということは、選ばれたケーキは期間限定ポケモンケーキだろう。久愛くんが提案したとどや顔して語っていた記憶を思い出しながら、「お茶も淹れてくるので待っていてください」と声をかける。くつろいでいてください、なんて言わずとも鳴神くんは水島と遊んでいるだろうし、彼の訪問も何度目になるか数えるのをやめたくらいには多いし好きにするだろう。
「お茶と言ってもうちに紅茶なんて洒落たものはないし、緑茶でいいですよね」
* * * * *
家事も一通り片付き、手が空いた頃には室内は静かになっていた。お昼寝でもしているのかと部屋を見てみるがどこにもおらず。見つけたのは縁側でぼんやりと庭を眺めている彼の姿であった。その背中はまるであの子に……と、思い浮かんだ考えを払うように頭を振ってから「あの子たちは?」と声をかける。
「名前なんだっけ、ミミッキュの袋を頭からかぶった女の子」
「祈雨ちゃんですね。エンの妹さんのところの子です」
「あの子が外を歩いているの見つけて、追いかけに行った」
「……祈雨ちゃんにあとで謝りに行っておきましょう」
突然遊びたい盛りのやんちゃな2人に捕まり、絡まれたことに困惑しているであろう祈雨ちゃんを想像して小さくため息を吐く。駄目とは言わないし、微笑ましいことではあるが、彼女の方が人見知りが強いから少々ストレスになったことだろう。
「で、お前は何してんの」
「今日は白髪なんですねと思って」
「銀髪と言ってくださーい」
「白髪の方が好きなので却下します」
ここに緑色がはいっていたらなどと、先程隅に追いやった考えがすぐに戻ってくるから嫌になる。せめて口にはしないようにと気を付けながら、もふもふと触り続けた髪は何度も染め直しているくせに指通りはいいし、枝毛もあまり見つからなくて憎らしい。将来薄毛になってしまっても自業自得だと鼻で笑ってやりましょう。
「ケーキ食べた?」
「後で食べます」
「と言って前回他の奴にあげていたという話を聞いているからな」
「誰がばらしたんですか」
「お宅の甘宮ちゃん」
「そういえば最近、甘宮が将来はお姉ちゃんが2人も増えると嬉しそうに話していましたよ」
「しれっと話しを逸らすなよ。しかも寂しくなるような話題で」
髪をいじるのをやめ、隣に座り直す。ぶつぶつと「もとから可愛いから、嫁入りの姿なんてそりゃあ可愛いに決まっているけど、でも」などと呟いている彼に「子離れできていない父親ですか」と呆れつつ、先程まで彼が眺めていた庭の花に目を移す。今年も綺麗に咲いたあの子の好きな花。お墓にちゃんと供えられそう。
「親心としては白無垢もドレスも見てみたいよな」
「話しが飛びすぎです」
「でもまだ嫁に出すのは早いと思う」
「だから飛びすぎと言っているでしょう。釘を刺されなくてもうちの子たちが1番それを考えていますからね。むしろ待たせかねない勢いですから」
貴方たちが思っているよりも我が家の事情は複雑なんですよ。などと重たくなりそうな言葉は飲み込んで「あの稼ぎでよその子をお嫁さんにもらおうとする無責任な男には育てていません」とだけ返す。
それから話題を変えつつ雑談をし、時々沈黙が流れを数度繰り返す。時計をチラ見すれば思っていたよりも時間は経っていたが、夕飯の買い出しに行くにはまだ早かった。
「子どもたちが外に出ていくと、やることがなくなるんですよね」
「昼寝でもすれば? あまりしなさそうだし」
「それは名案ですね。昔はここでよくしていましたし」
彼の提案に頷いて、縁側でごろりと寝転がってみる。お客さんの前でなんということをと叱る人はうちにいないし、そもそも彼を客人としてカウントするのも最近は悩むくらい。甘宮の言葉を借りるなら将来義理の娘となる子がいるからだろうか。
「昔は、ね」
「はい」
「それって」
誰のことをさしているわけ? という言葉までは続かなかった。気を遣ってなのか、そこまで踏み込むのはやめたのか、両方な気がする。が、ちらっと向けられた目から聞こうとした内容は察せたので「瓏々がですよ」とだけ返した。
「わざわざ答えてくれるとは珍しいな」
「貴方がそんな髪色で、しかも縁側で庭を眺めていたものだから感傷的になってしまっただけです」
「あー、それで白髪な」
「正確には緑色が混ざった白髪ですけれどね。空純と色合いが似ていたんですよ」
禁句ではないけれど、我が家で瓏々の話しはあまり出てこない。きっと私に気を遣ってのことだろう。それは寂しくもあると同時に、あの子に申し訳ない気持ちになる。だから、ほんの少しだけあの子の話しができたことが嬉しかった。彼になら話しやすいと思ったのは、それなりに聞きつつ踏み込まないで流してくれるからだろう。
「ここで昼寝をすると花の香りと日差しの温もりで気持ちが良いらしいですよ」
「そりゃいいな」
と言って、彼も同じようにごろんと寝転がる。そして天井を見て一言「あの木目とか夜中に見たら怖そう」と呟いた。人の家でそういうことを言うのはやめていただきたい。怖いものはあまり得意ではないのだから。
「縁側って昼寝には最適なんだろうけどさ、泥棒とか入りやすそうだな」
「人の姿をしてる者が相手なら負ける気がしませんね」
「そこは素直に警察を呼ぼうな。戦おうとしない」
「じゃあ貴方を呼べば解決しますね」
「おっと、そうきたか」
「頼りにしておきますね」
ふと、近くに彼の手があるのに気付き、触れてみる。骨ばってもいなければ、痩せ細っているわけでもない。ちゃんと温かくて安心する。……私の手よりも大きく、ごつごつしているところはさすが男の子。指や手の平が硬いのは肉刺が何度もできた場所だろうか。綺麗な見た目をした彼からは想像ができないが、警察官だし意外と武闘派なのだとも聞いたことある。そういうことでできたものなのだろう。
「……意外とスキンシップ多いよな」
「そうですか? そうですね……温もりを感じられることに安心できるのかもしれません」
「ふうん」
嫌ならば触れるのをやめるが、この様子だとそういうわけでもないのだろうと勝手に解釈する。そしてもう少しだけと触っていると、ぎゅっと握られた。様子を見ていると、先程私がしていたように手の甲や指先に触れ始める。くすぐったい。
「爪塗ってるのか」
「保護のためにですけどね。家事をしていると割れやすくて」
「なるほど」
空いている方の手で、そんなに目立つものではないはずなのにと爪を確認する。うん。荒れている手に注目するのではなく、保護のために塗っている透明のマニキュアに気付くところがさすがというべきか。
それからしばらく、なんとなく手はそのままにしてぼんやりと空を眺めて時間が過ぎる。そこまでのんびりした時間が続けば当然眠気もやってきて、欠伸を1つ零した。隣からも欠伸の音が聞こえてきたので、同じような状態なのだろう。
「このままだと本当に眠りそうですね」
「今寝たら夜になりそうだなあ」
「その場合は夕食を余りものの材料でなんとかしましょう」
「起きる気ないな、これは」
「昼寝をしているトレーナーを起こす子がいませんし」
「それもそうだ」
2人分くらいならば余分に作れるだろう。冷蔵庫には何が残っていただろうか。夕食のことを考えながら重たくなってきた瞼を素直に下ろすことにした。
「スズメちゃん、ただいまー……あ、珍しい。お昼寝してる。んー、微笑ましいけど空純くんや星噛くんが見つけたら騒ぎそうだし、毛布でもかけて隠しておこーっと」
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