数年先の願いを込めて

 好きな人の誕生日は特別な日で、それを祝いたいと思うのは当然のことで。


「あー、なんかそれ重いよな」


 と、1番付き合った期間の長かった元カレに言われて以来誰かの誕生日を積極的にするということをできずにいる。恋人相手ならなおのこと力を入れて祝う準備をし、いざそういうことを言われてしまうと軽いトラウマとして心に刻まれてしまうのだ。もう何年も前のことだというのに引きずっていることがいい証拠。

「小鳥遊さん、難しい顔してどうしたの?」
「ちょっと考え事をしていまして」
「考え事?」
「わたしの今後を大きく左右する重大事項です」

 5月1日。元号が変わった記念すべき日だとか、前代未聞の10連休真っ只中だとかわたしにとっては些細なことであった。それよりも重要なのは今日が武藤くんの誕生日であるということ。しかも恋人になって初めての。祝いたいに決まっている。好きな人の喜ぶ顔を見たいのは当然のことだし。
 武藤くんのことを考えて準備をするのは楽しかった。けれど、その度にあの言葉がちらついてうきうきした気持ちが曇り模様になってしまう。そしてそのまま当日を迎えた。せっかく大型連休にも関わらず2羽揃ってお休みをとれたというのに、まだ祝えないままでいる。

「眉間に皺を寄せる程重要なことなの?」
「はい……その、武藤くんのことで」
「えっ、俺?」

 眉間の皺を伸ばそうとする武藤くんの手が止まる。見上げれば首を傾げて不思議そうな表情を浮かべていた。ええい、ここまできたら腹をくくるんだ! と、自分の頬を数度叩いてから武藤くんと向かい合う形に座り直す。それから深呼吸を繰り返し、「あの、ですね」と話しを切り出した。

「今日、武藤くんの誕生日じゃないですか」
「うん」
「すっごく祝いたいのに、いろいろなこと考えこんじゃって。そうしたらこの時間までおめでとうすら言えなくて」
「うん」
「でも今日祝い損ねたら、絶対今後も同じこと繰り返しちゃうと思って」

 前置きが長くなりそうなうえ、要領を得ないわたしの話に相槌を打ちながら真剣に聞いてくれた。話している途中で目が熱くなり、視界もぼやけてきた。やっとの思いで言い終えた頃には、ぽたぽたと零れた涙がスカートにしみを作っていた。
 そんな情けない自分が恥ずかしく、隠すように武藤くんの胸に頭を押し付ける。それから少しの間を置いてから、ぽすっと頭に手を置かれた。恐る恐ると見上げれば、お月様のように綺麗な目と合った。わたしでも分かるくらい愛おし気な目が照れくさくて、「……あの、わたしにとっては大事件と言ってもいいくらいのことなのですが」と俯いてしまった。

「すみません。小鳥遊さんがいろいろなことを考えてくれてるなあって」
「考えすぎて身動きとれなくなってしまったのですが」
「そういうところを含めて可愛いんだけどね」
「……武藤くんは定期的にそれを言わないといけない縛りプレイでもしているんですか?」
「縛りプレイは望むところだけど……小鳥遊さんは1人で考えすぎちゃうし、なら1つでも多く不安の要素は潰しておくべきかなって」

 ぐうの音も出ないというのはまさにこういう状態な気がする。武藤くんの言っている通りで、思ったときにぽんぽんと口にしてくれるものだから恋人になってから1度も武藤くんからの好意を疑ったこともなければ、不安になったこともない。だから安心しきっているし、1晩くらいなら武藤くんが帰ってこれない日でも泣かずに過ごせるようになった。それと同時にもしも武藤くんがいなくなったら生きていけないだろうという気持ちが強くなっている。
 でもだからって、あまり言われすぎると恥ずかしくて顔を見れなくなるからもう少し控えてほしいという気持ちもあり。我ながらわがままだなあなんて考えていると、武藤くんの手が頬に添えられ、顔をあげることとなった。

「あ、泣き止んでる」
「恥ずかしさが勝って涙が引っ込みました」
「それはよかった。……あのね、小鳥遊さん。俺は小鳥遊さんが俺のために考えてくれたことならなんでも嬉しいし、もっと俺でいっぱいになればいいなって思っているからね」

 にっこりと浮かべられた笑顔に、この人はどれだけわたしが欲しい言葉をくれるのだろうかと怒りたくもなる。今日は武藤くんの誕生日であって、わたしが渡す側なのに! 
 さすがに、ここまで言われてうじうじしているのは女が廃るというものなので、「少し待っていてください」と言い残し、武藤くんの膝から降りて別室に行く。そして隠していた贈り物を手にとり、武藤くんのところへ駆け足で戻った。

「あのですね。その、用意できたのが本当に些細なものなのですけど、初めてお祝いする誕生日に贈るものなのにどうなんだとも思ったんですけど」
「小鳥遊さんがくれたものってだけで俺にとっては大きいなあ」
「渡す前から嬉しそうな顔されるとハードル高くなるのですが!」

 気が早い! と頬を膨らませる。それでもにこにこと笑顔を浮かべて待たれているので、まったくもうと笑いながら小さな袋を渡す。受け取るなり武藤くんは「中身を見てもいい?」と、期待をした目を向けた。本当に、なんでも喜んでくれるんだろうなあと、その顔を見ただけで嬉しくなり、先程と同じように武藤くんの膝の上に座り、「どうぞ」と頷いた。

「……お守り?」
「……初めてなんです。その人が今欲しいものとか、喜んでくれそうなものとかを贈るのではなくて。わたし自身がその人に渡したいと思って贈り物をするというの」
「それがお守り?」
「だって武藤くん、何があってもおかしくないお仕事だし」

 そのうえ、武藤くん本人がマゾヒストということもあって怪我も多いし、心配は尽きない。わたしではその性癖を満たすことはできないし、だからやめてほしいなんて言えない。……なら、もうお守りを渡すしかないのだ。
 お守り袋は冴咲さんに頂いた星守神社のお守りに使う布なので、それなりに効力はあると信じたい。

「もしかしてこれ手作り?」
「……一応、縫ったので」
「小鳥遊さんからの手作り!」

 大切にしますね! と、今日1番の笑顔を浮かべて、ぎゅっと強めに抱きしめられる。ああ、やっぱりこの瞬間が大好きだなあ。武藤くんにぎゅっとされると、すっぽり全身包まれて安心する。ほんわりと心が温まり、そのまま身を委ねるようにもたれた。

「……あれ、このお守り。中に何か入っていますか?」
「! あ、えーっと……お札の代わりにお手紙を少し」
「なるほど。神社のものとかだとお札が入るし、その代わりかあ……って、え、手紙!?」
「あのね、そのお手紙を読むの、できれば5年後とかにしてくれると嬉しいなって」
「え……小鳥遊さんが言うならそうするけど、なんで5年後に?」

 お守りの中にいれられたら読めないのでは!? などと分かりやすくリアクションをしてくれたので、慌てて釘を刺す。……だって、その手紙の内容は未来に向けてのものであり、わたしの願掛けでもあるから。

「だいたい3、4年を目安にしてるんです。一定の場所に、一定の人といることを。だから、それより長く、5年くらい一緒にいれたら……」

 それより先も一緒に武藤くんと一緒にいれる気がしたから。
 とてもとても小さな声になってしまった。肝心なところで本当に情けない。自分に呆れてため息もでないよ! なんて、自分にお説教をしていると、武藤くんの方が深いため息を吐き、わたしの肩に顔を埋めた。そして本日何度目かの「本当、可愛いなあ」という言葉を力強く呟いていた。呟きなのに力強いってなんだろう。

「小鳥遊さんってほんっとうに俺を喜ばす天才」
「えっ」
「あー、もー。これからも一緒にいる前提でいろいろ考えてくれてるところとか、本当可愛い……うん、可愛い」
「武藤くん、語彙力が失われていますよ」
「こんな可愛いことをされて正常でいられる方がおかしいからね!」

 そういうところ無自覚なのがなあ! と騒ぎながら、ぐりぐりと頭を押し付けられる。髪が首筋をくすぐり、こそばゆい。仕返しとして、ぴょっこりと跳ねている銀色の髪をくしゃくしゃに撫でまわしてみた。それから、ぽそっと耳打ちをする。

「武藤くん、誕生日おめでとうございます。今年もわたしと一緒にいてください」

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