言葉を口移して

「抱く女としては優良物件だけれど、恋人とするには最悪だし、連れ歩くのも躊躇うからな、普通は」

 などと、少々を通り越してかなり失礼なことを悪びれもなく言ったのは友人の音色だった。自覚はしているのもの、あまりにも直球で言われたことが悲しくて「もう少しオブラートに包むことを覚えてほしいわぁ」と嘆いた。ちなみに「包んだところで和らげようのない事実なんだよ」と鼻で笑われたので、更に傷ついたのはもう懐かしい話。

「……正論なのよねぇ」

 自分を客観的に見て、納得しかできない。
 稼ぐために誰に声をかけられどのような内容であったとしても悩むこと1つせずに身体を売ることをするような女を恋人にしたいなんて思わないだろうし、服が重たいからという理由で身に纏う布は1枚だけの娼婦の隣を歩いて恥ずかしいなんて思わない子なんてほとんどいないだろう。で、あるならば。

「何も考えていないのか、物好きなのかなのよねぇ」
「え、何が?」
「なんでもないわぁ」

 私を足の間に座らせ、後ろからぎゅっと抱きしめて満足気にしている顔を見て「こんな私を」なんて否定的な考えが薄れる。物事を深くややこしく考えることが苦手なこの子は「きれいだから」、「好きだから!」と、分かりやすい言葉で素直に教えてくれるのだろう。だからその点を疑うつもりはない。……というより、こんなに幸せそうな顔をされたら疑う気力すら持てないのよねぇ。

「穂波ちゃん、難しいこと考えてる?」
「どうしてそう思うのかしらぁ」
「考えごとしているとき、眉毛がこーんな風に下がるから」

 人差し指を自分の眉に添え、くいっと下げて見せる。私、そんな顔してたかしらぁ? と真似をしながら、彼の目に映る自分の顔を確認すると確かに困ったような、弱々しい顔をしていた。
 何も考えていないようで、よく見てるわぁ。などという失礼なことは頭に浮かべるだけにとどめ、癖のついた髪を撫でる。それだけで彼は嬉しそうに目を細め、ふにゃりと笑う。その表情に胸の内をくすぐられ、髪から目元へ、そして頬、口角、唇、顎とするすると撫でおろしていく。

「んっ、くすぐったい」
「……若いわよねぇ」
「子どもってこと?」
「子どものわりには大人よりも大人なことを言うし、大人と言うにはまだまだ子どもねぇ」
「つまりどっちなのさあ!」

 お腹に回された腕の力が強まり、うりうりと頭を押し付けられる。くすぐったくてふくふくと笑いを零すと「あ! ようやく笑ってくれた!」と、にこにこ嬉しそうに声をあげた。

「人を良く見るというのは大人子ども関係なく難しいってことよぉ」
「よく分かんないけど……穂波ちゃんのことならいくらでも見るよ!」

 恥ずかしげもなく、こちらが照れたくなるようなことを言い切る。本当に敵わない。考えることを放棄したくなる。もうしてもいいかしら。ぽすんともたれ、肩の力を抜く。私がこうして寄りかかるのは珍しいからなのか、「へっ!?」と声をあげていた。あ、身体が少し強張っているわぁ。
 その反応が面白くて悪戯心が芽生える。最初はすり寄るだけ。それだけでは物足りなくて態勢を変えて正面に向き合い抱き着く。頭を胸に押し付けてみると、鼓動が速くなっていることに気付いた。どうしようもなく可愛く見えて、真っ赤になった頬に唇を落とす。

「穂波ちゃん!」
「はぁい」
「あのね!!」

 背に回っていた腕が解かれる。そして肩を掴み、ばっと押される。引き剥がされるなんて思いもしなかったので、驚いた。目を丸めて「気に障ること、しちゃったかしらぁ?」と、顔を覗き込む。すると更に驚いたことに、ミソラくんの顔が真っ赤に染まっていた。たらりと汗がにじみ出ている。

「お、俺も男だから! っ、その!」
「反応しちゃったぁ?」
「これは、だって!」
「……私、おさめてあげようかぁ? それとも抱いてみる?」

 真っ赤な顔のまま動きが固まる。視線が右往、左往と忙しなく動いてから「俺は、穂波ちゃんに自分のことを大切にしてほしいから」と首を横に振られる。きっとそう言うのだろうと思っていたけれど、実際に断れると新鮮な気持ちになる。身体を売っているだけあって、その流れで抱かれることの方が多いからかしらぁ。

「これでも大切にするようになったのよぉ。ミソラくんに出会ってからぁ」
「でもやめてないじゃん!!」
「私にとってお金を稼ぐ手段がそれしかないからぁ」
「そうだとしても、でも! って……あれ、今」

 ぴたり。今の彼に音をあてるならまさにこれだろう。分かりやすい反応に思わず笑ってしまった。そういう反応も当然なのかもしれない。だって私は彼の名前をほとんど呼んだことがないのだから。それは抵抗に近かったし、壁を作る目的もあった。
 彼のような、ミソラくんのような純粋で若い子を私みたいなろくでもない奴に捕まってしまうのは良くないと思っていたから。でも、この子にはそういうの関係ないのよねぇ。だから、諦めた。

「少なくとも、私からそんな風に言うのも、触れるのもミソラくんだけよぉ」
「そうなの!?」
「自分から誘っておいてお金をとるなんてできないでしょう?」

 私を情欲の目で見る人は多くあれど、恋情の目で見る人はほとんどいないであろう。かつて音色が言っていた通り。そういう子が現れたら離れてもらおうと決めていた。私は故郷を復興させるためにお金を稼ぎたいし、そのためには身体を売ることをやめられないだろうし、その気持ちに応えられないだろうから。
 でも、ミソラくんは何度それを言っても聞き入れてくれなかったし、惜しみなく好意を向けてくれた。それを振り切るなんて無理な話だったのよね。

「そういうこと関係なく、私がミソラくんを欲しいと思っただけよぉ」
「俺を」
「ミソラくんのこと、諦めるの無理だったみたい」

 ぽかんとした表情を浮かべ、私の言葉の意味を理解しようとしている間に1つ、口づけを落とす。目が真ん丸にし、何かを言おうと唇が開かれる度に口づけを繰り返して塞ぐ。

「だからもう少し待っててちょうだい。貴方と私も同じくらい、言葉で伝えられるようになるから」

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