傾く秤、隠れる我欲

「彼、相当重たいんだねぇ」

 いつものように突然訪問し、戸惑いの声をあげる叔父様たちをいないものとして扱って私の部屋まで訪れたあきちゃんは前触れもなくこのようなことを言い始める。あきちゃんの視線を辿れば窓から見てる臣の姿。恐らく彼のことを話しているのだろう。

「主として扱ってくれるけれど、それでも軽いくらいよ?」
「礼節とか忠義とかそういうものではなくてぇ。はるちゃんにとって彼の価値がだよぉ」
「臣の価値?」

 はて、そのようなことは考えもしなかった。終冬みたいなことを言い始めるのね、と首を傾げて返せば、あきちゃんはゆるりとため息をひとつこぼす。それからサラサラと手のひらから砂をあふれさせ、ひとつの天秤を作り上げた。そしてその傍らには複数の分銅。

「このあいだねぇ、なつちゃんと話してたの。どうしてはるちゃんは現状を甘受しているのかなってぇ。望めばそこから掬い出そうとする手はいくらでもあるのにぃ」
「それは」
「どう見てもはるちゃんを不幸にする家。どうあっても春式を没落する行為。利益がないんだよ。以前までのはるちゃんならば迷わずそうしていたでしょう。正しすぎるくらい潔白で、他の色も塗り潰せるくらい純白なはるちゃんならさぁ」
「……買いかぶりすぎよ」
「正当な評価だよぉ。だってはるちゃんがシロと言えば私たちの中では白になるんだからさぁ」

 それを過剰評価だと言うのだけれど、何を言っても訂正してくれる様子はないので苦笑を浮かべて受け止める。私自身に特別な力があるわけではないのにと思うところはあるけれど、あきちゃんたちからしたらやはり特別なのだろう。

「春が始まらないと他は続けないんだよぉ」
「……でもやっぱり私自身は普通よ」
「そうは言ってもみんなはるちゃんのことが大好きなのが現実よぉ」
「それはありがとう」
「でねぇ、どうしてはるちゃんがこの状況から抜け出さないか真剣に考えたのぉ。」

 ゆったりと話を続けながら、分銅をひとつふたつみっつと天秤のお皿に乗せる。カクンと音をたててお皿が傾き終えると、今度は反対側にひとつだけ分銅を乗せた。すると、数が少ないにも関わらず、あっさりと天秤は反対側に傾いた。分銅の大きさや見た目は全て同じなのに。

「彼の存在が重たいんだろうなぁってぇ」
「……臣がいるからこの屋敷に身を置いていると言いたいの?」
「違うのぉ?」
「それは」

 違うと言えば嘘になる。でも、そうだと頷いても真実にはならない。そう言い切りたいのに上手く言葉にできない。じゃあ何で?と聞かれたとにの返答が思い浮かばないから。どう答えればいいのか悩み、眉を下げているとあきちゃんは「はるちゃんは自分のために嘘をつけないからねぇ」と納得した。
 この話題嫌だな、胸のあたりがちくちくと刺される感じがして気持ちが沈んでくる。そう思い始めた頃に「別にね」と、あきちゃんは口を開く。

「別に悪いとは言ってないよぉ。良い傾向だなぁって思ってるのぉ」
「じゃあなんでそういう話をしたの?」

 頬杖をつき、ふてくされた顔で分銅を倒す。倒れた分銅はその衝撃でさらりと砂に返った。全部の分銅を砂の山にしてから、あきちゃんは酷く寂しそうな声で呟く。

「ただのやきもちだよぉ」

 付き合いの長いアキたちが束になっているのに、選ばれるのは彼なんだものぉ。
 寂しさが混ざった声に、私は「選んでもらえた、という方が正しいのになあ」と呟いた。

* * * * *

 カチャリ、カチャリ。陶器同士が当たる音が心地よい。お喋りをしすぎて疲れた私には子守唄のように聞こえてきて、眠気が誘われる。椅子に深く座り、ずるりと身体の力を抜いていると丁寧な手つきで食器を片付けていた臣がふはっと笑い始めた。

「笑うなんて失礼だわ」
「あまりにも気の抜けた顔をしているからつい」
「たくさんお喋りをして、いっぱいお菓子食べたら眠くもなるものよ」
「遊び疲れた幼児みたいなことになってるな」

 この屋敷にいるとお話相手が臣しかいないし、疲れるのも仕方がないでしょうと頬を膨らませて見せれば、「そう拗ねるなよ」と頬をつつかれる。ぷしゅうと息を吐きだしてから、じとりと見上げて「罰として残ったマカロンを食べるなら許す」と伝える。あきちゃんがたくさん持ってきたうえにマカロンでタワーを作りないなんて言い出し全て開封しちゃったから余りの扱いに困っていた旨を付け加えれば「それなら遠慮なく」と、先程まであきちゃんが座っていた向かいに椅子に座り、宝石箱をぎゅっと詰め込んだようにカラフルで綺麗なマカロンたちに手を伸ばしていた。
 臣のこういう一度許可を得れば無遠慮にも乗ってくれるところが一緒にいやすいなあ。なんてしみじみと思いながら、頬張る姿を眺める。

「それにしても、はつの周りって唐突の来訪が多いよな」
「あれでも相手と場所は選んでいるのよ」
「選んだうえでなのか」
「落ちぶれた春式なんて最底辺すら下回るのだから自分たちがわざわざアポイントメントをとる必要がないって考えているのよ」
「お貴族様の考えそうなことだな」

 それは否定できない。あきちゃんもだけど、終冬も夏々もその意識は強い方だと思う。その分、自分に課せられた役目を果たしていると自負しているからだろう。だからあんな風に価値だとか、天秤で計るとかするのだろう。
 ふうと溜め息をひとつ吐き出して、あきちゃんとの会話を思い出す。それから「さすがお高そうなものだけある」なんて美味しそうにマカロンを口にし、頬にマカロンの屑をつけている臣を「ねえ、臣」と呼ぶ。


「ん?」
「これまで付き合いのあった人と、その後に出会った私。どちらかしか選べない状況であったら、どちらを選ぶ?」

 臣のことだからきっとこう答えるのだろうと、なんとなく分かっていた。それでも臣の口から聞いてみたかった。
 じいっと臣の目を見つめて返答を待っていると、彼は少し考える素振りを見せてからにっと少し意地悪な笑みを浮かべた。

「なんて答えてほしいんだ?」
「前者」
「だろうな。はつならそう言うよな」
「私の希望を通してくれてもいいのよ?」

 ぽん。と、頭に手をおかれる。初めて出会ったときに触れた手よりも大きく、そしてごつごつした手。臣と過ごしてそれなりの時間が経っているのね、と考えながら柔らかく微笑む臣を見つめ返す。
 それから臣は予想通りの言葉を口にする。それは分かりきっていた言葉であった。そう、いつからか私のことを最優先に物事を考えるようになっていた彼がそれ以外の答えを口にするわけがなかったのだ。
 ……私のことを最優先に考えているというのならば、私の希望している方を選んでくれたら良いのにと思わなくもない。

「だから……、……なのよ」
「何が?」
「ううん。なんでもないわ」

 あきちゃんは言った。付き合いの長い自分たちよりも後から来た彼を選ぶんだね、と。
私は答えた。選んでもらえたという方が正しいのだ、と。

 そう 、臣はいつだって私を選んでくれる。私の希望を無視して、私の期待を叶えてくれる。
 口で何と言っていようと、それが嬉しい。単純だと言われようと、呆れられようと、私にとってそれは縋って、手放したくないものとなる。あきちゃんの言う通り、それは誰のためにもならない。上辺だけ積み重なる幸の裏側に救いようのない不幸が溜まっていると知っていても、現状を甘受してしまう。
ああ、もしも。

「ねえ、臣。たまには休暇でもとらない?」
「そりゃいい。屋敷のことは何もせず、はつに付きっきりになれるな」
「休暇の意味ないじゃない」

 もしも、この浅ましい我欲を露わにしたら臣は幻滅して離れていくのかしら。そうだといい。そうしてくれたら汚れたこの家の巻き込まなくて済むのに。

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