今日も道に迷うことなく、風に攫われるわけでもなく。フウから渡されたリストに載っている人への配達を無事に終えた帰り道。小春はサインをもらった紙とそのリストを見比べながら「うんうん、今日は珍しくどじすることもなく平和に終わった」と満足して笑う。
新しいことが始まる春の月はお祝いの品やら引っ越しやらで彼女が勤める運び屋も繁忙期を迎えていた。365日24時間いつでもなんでも以来の品を運ぶのをモットーにしているから当然と言えば当然だけれども、やっぱりこの季節は大変だなあ。と、あとどれくらいこの忙しさが続くのかを考えながら日々の疲れで凝り固まった肩を回す。
「そろそろ休暇ほしいかも」
誰もいないことをいいことにぽつりと呟く。ここに諒や灯流がいたら鈍臭くて仕事が遅いやつが何贅沢をいっているんだというようなことを言われるのだろうが、今は一人。日の入りは段々遅くなってきているとはいえ19時を過ぎればもう暗い。街灯も少ない道を選んで徒歩で帰る小春の独り言は誰も聞いていないことをいいことに自然と大きくなっていた。
「優楽と春物見に行くって話していたのに行けてないし、新商品の桜味や抹茶味のお菓子も見てないなあ」
帰りにコンビニでも寄ろうか。ああ、でも配達は終えたとはいえ勤務中だから寄り道なんてしたらマスターに怒られる。それは絶対ダメだから我慢我慢。などと意味も終わりもないことをぐるぐると考える。少しでもいいから春らしいことしたいなあ。ぽつりとそう呟いたとき、ひとひらの薄いピンクに塗られた花びらが目の前を通る。
「あー、桜散り始めてる」
花びらにつられて目線を上げると満開を終えて散り始める桜の木が目に入る。今年はお花見もできなかったなあ……マスターが祭りごとをそこまで好んでいないからやるほうが珍しいけど。しゅんと寂しい気持ちになって地面に落ちた桜の花びらを拾う。
「桜かあ……お花……」
そういえばと最近は想我への配達をしていないことを思い出す。運び屋なのに方向音痴という致命的弱点を抱えているため届け先は慣れているところを中心としている優楽を通して近況は聞いているけれども、と久しぶりに会いたいなという気持ちに駆られた。
「あ、いいこと思いついたかも」
ベッドに放った読みかけの本に挟んだ栞を思い浮かべて閃く。そして「そうとなったら善は急げ」と立ち上がる。小春の中ではここ最近で一番の名案だと自画自賛して軽くなった足取りで帰宅するのであった。
*****
あれから忙しさがようやく落ち着き、休暇をもらえた小春は待ってました! と胸を躍らせ優しい花の香りに歓迎されながらひょっこりと店に顔を出す。あ、新しいお花がはいっている。春になったんだなあと改めて実感をしながらお目当ての人を探す。
「こんにちは」
「あ、実結ちゃん。こんにちは」
ふんわりと柔らかい笑みを浮かべて「いらっしゃいませ」とカウンターに座る実結の姿を見つけ、小春はぱっと嬉しそうに頬を緩めて駆け寄る。むろん、他にお客さんがいないことを確認して。
「お仕事の方は落ち着いてきたんですか?」
「うん。今日は久しぶりのお休みだから実結ちゃんの顔見たくて」
「それは嬉しいですね」
ふふっと笑う仕草を見てやっぱり綺麗で可愛いなあと見惚れる。ほうっとしていると「小春ちゃん?」と優しく声をかけられはっと我に返る。男の人だと分かった今でも実結ちゃんが可愛い女の子に見えちゃうと以前までしていた勘違いを思い出しながら「大丈夫だよ」と赤くなった頬を両手で押さえながらへにゃりと笑う。
それから今日の目的を果たすために「ねえねえ、少しの間でいいから目瞑って?」とお願いをする。突然のお願いにきょとりとした表情を浮かべる実結に「早く早く」とそわそわ落ち着きがない様子で促す。
「わたしがいいよって言うまで瞑っててね」
「ふふっ。分かりました」
分かりやすい小春の態度に、きっと何か彼女なりにサプライズのようなものを考えているのだろうと微笑ましくなりながら言われた通り目を瞑る。小春はじいっと実結の顔を見つめた後、いそいそと傍に寄って手を伸ばす。
なんだか髪をいじられているな。そう考えながらしばらくして「もういいよー」と満足した様子で声をかけられる。さて彼女は何をやってくれたのか。確かめようと髪に触れてみると固いものが手に触れた。
「やっぱり似合う似合う!」
「これは……簪ですか?」
「この間お仕事の帰り道に桜が散っているの見つけてね、お花見したかったなあって思ったの」
用意していた手鏡で見せながら「実結ちゃんいつもお団子でしょう? だから絶対似合うと思ったの」と誇らしげな顔をする。鏡を通してクリーム色の髪に薄ピンクの桜が綺麗に咲いているのを見て、「ありがとうございます」とお礼を言えば、小春は「どういたしまして!」とぱっと嬉しそうにする。
「お花がよく似合う実結ちゃんが桜の簪つけたらとっても綺麗だろうし、ぷちお花見ができるなあと思って」
「私でお花見ですか?」
「うん。あとねー」
がさごそと鞄をあさる様子にまだあるのですかと首を傾げる。お花見と言っていたからまさかお菓子でも持ってきたのだろうか、そういえば春が近付いてきた頃に「春は抹茶味とさくら味のお菓子の発掘が楽しいんだよ!」と意気揚々と語っていたことを思い出す。しかし小春が「じゃじゃーん」と実結に見せたのはラミネートされた桜の花びら。
「小さな春をお届けしてみたいなって、小春だけに」
「可愛らしい栞ですね」
「実結ちゃん、いつも綺麗なお花くれるから今日はそのお礼」
あ、でもお花屋さんだから春をお届けなんて今更かな……。と、言ってから気づいたよううで、途端にしゅんとする。意気揚々と話している間は元気に揺れていたアホ毛もみるみるうちに元気をなくす。本当に分かりやすい子だと笑いそうになるのを我慢して「いえ、とても嬉しいです」と頭を撫でる。
「そうだ小春ちゃん。この後お時間ありますか?」
「この後? んー……うん、暇してるよ?」
「じゃあもう少しで休憩入るので少しお散歩しましょう。この近くでまだ桜が咲いているところあるんですよ」
その提案を聞いて数秒後、先程まで落ち込んでいたのはなんだったのか。すぐに顔を綻ばせて「お花見だ……!」とはしゃぐのであった。
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