「さっちゃんは物好きだね」
などということを昔ひーちゃんに言われた。一度や二度じゃない、事あるごとに。その度においらは「ひーちゃんのいいところ知れるなら物好きでもいいよ!」と返していた。でも今ならこう言いたい、ひーちゃんの方が物好きだよって。
*****
ぴぴっとタイマーが鳴る。その音は次第に大きく鳴り、テーブルに突っ伏していた山茶花は「んん……」と唸り、目を擦る。ぼやっとした視界の焦点があうのにしばしの時間を要し、はっきりしてきた頃には頭も覚醒する。
「今何時……って、は!?」
壁掛け時計を見て慌てて立ち上がる。勢いがつきすぎて椅子が倒れ「あ、床に傷ついちゃう、じゃなくて時間、やばいやばい!」と右往左往してから未だなり続ける冷蔵庫に貼り付けたタイマーを止めに行く。
「急いで夕飯作らなきゃ」
エプロンの紐を結び直してから時計を再度確認し、燧が帰宅するであろう時間を考える。それから昨日の晩から寝かせておいた鶏肉に火を通して皮を焼く時間があるだろうと判断し、鍋に水をいれて沸騰させる。
「それにしても嫌な夢見たなあ。変というか、懐かしいというか」
あれはひーちゃんに物好きだと度々言われていた頃かな、懐かしい。と、記憶を探る。あの頃は散華で弱音も涙もこぼせない毎日で追い詰められていたため、今はこんな風に燧と暮らせるなんて思ってもいなかった山茶花は、連れ出してもらえた日のことを思い出してはふふっと幸せそうに笑う。
「でもやっぱりいい子なのも物好きなのもひーちゃんの方なんだよなあ」
散華の仕事を全部打ち明けたときも汚れているとか罵ることはなく心配してくれたし。しかも自分の身におきたように顔を真っ青にしてまで。重荷になったときは捨てていいよと言ったときは本気で怒った様子だったしなあ。うん、ひーちゃんの方が優しい。と、まだそこまで月日が経ったわけでもない出来事を懐かしみながらジップロックにいれたまま沸騰した湯で火を通した鶏肉を取り出す。次は皮だけを焼こうとフライパンに移動させる。芳ばしい香りを漂わせて焼けてきた頃に、玄関の鍵が開く音がした。
「ひーちゃん、おかえりなさい!」
「ん、ただいま」
燧が帰ってきたことに気付くと火をとめて駆け寄る。自分よりも低い燧に勢いをつけて飛びつくと転倒して怪我を負わせる恐れがあるからと気を付けながらぎゅっと抱き着き「お仕事お疲れ様」と触れるだけのキスをする。ほんのりを頬を染めて照れながら「さっちゃんもお疲れ様」と額に唇を落とす。
「夕飯とお風呂どっち先にする? 夕飯はもう少しでできるけど」
「じゃあご飯先にする。いい匂いしてお腹空いてきたし」
了解。じゃあ手早く作っちゃうね! とへらっと笑って離れる。あとはお肉を盛り付けてジップロックの中にたまってるオリーブ油をソースにしてとこれから行う手順を描きながらキッチンへ戻ろうとすると「さっちゃん、」と燧に呼び止められる。
「何かあった?」
「へ、何が?」
「えっと……なんか元気ないなあ、って?」
きっと根拠のない、感覚で捉えたものだからなんでもないよと笑えばあっさりと誤魔化されてくれるだろうなと考え、山茶花はいつも通り大丈夫だよと言いかける。が、開きかけた口を一度閉じてから「ちょっとね、嫌な夢見たんだ」と苦笑いを浮かべた。
「嫌な夢?」
「うん、ひーちゃんに物好きって言われてるときの夢」
「え、え……」
ごめん、俺が夢に出てきて嫌だったよね。とおろおろとして謝る燧に山茶花は「違う違う! ひーちゃんが夢にでてきてくれるのはいいから、幸せだから!」と慌てる。昔と比べたら卑屈さも和らいで正義感の方が勝る様子だったけど、今の言葉だとそっか自分を卑下しちゃうような発想に結びついちゃうよねと反省して言葉を選び直す。
「ひーちゃんと会って楽しく遊ぶんだけどね。最初の頃はどうせすぐに会わなくなる人だろうから適当に楽しく過ごそうって考えていたことを思い出させられるような夢だったから」
「そうなの?」
「うん。おいら、仕事以外は楽しくいたいなと思って、その場しのぎで思ってないこと話していたところあるからさ」
実はひーちゃんと初めて会ったときとかもあまり覚えてなかったり。と、眉を下げて笑う。
それから多分当時から好きとか綺麗とか言ってたんだろうけどそれもあまり記憶になかったりするから、ごめんね。としゅんとする。さすがにこれは怒るかなあと不安になって様子を窺えば、燧は「……今は?」と首を傾げて問う。
「え、今? うん、全部覚えてるよ! ひーちゃんに外連れ出してもらってね、初めてすることもたくさんあるし、何よりひーちゃんが隣にいるだけで幸せな気持ちになるんだあ」
「ん。俺もさっちゃんが隣にいてくれると幸せになれるよ」
ふわりと柔らかく笑い、背を丸めた山茶花の頭を撫でる。ああ、やっぱりひーちゃんの手はあったかいし落ち着くなあと思いながら手にすりよると「さっちゃん、くすぐったいよ」と小さな笑い声を漏らした。それから「怒ってないよ」と優しい声色で続ける。
「これからもずっと一緒にいるって約束あるし、だったら思い出もたくさん作れると思うし」
「ん……」
「楽しいこともいっぱいあるから……だからそんな泣きそうな顔しないで」
しゅんと、先程の山茶花のように眉を下げて見つめる。左右で色の違う優しい目に、一人でいたときに抱えていた漠然とした不安が和らいだ気がして、山茶花は「へへっ」と顔を綻ばせて抱き着く。それから「やっぱりひーちゃんのこと大好きだなあ」と胸に顔を埋めて呟いた。
「ちょっとね、ひーちゃんとの大事な思い出忘れてることがあるんだなと思ったらショック受けてたんだ」
「だから元気なかったの?」
「うん。あと腹空いたのもあって」
「さっちゃん、お腹空くとしょんぼりしてるもんね」
「え、そんなにしてる!?」
「してるよ。……だからご飯食べて元気になろ?」
顔を見合わせて表情を和らげあっていると、タイミングを見計らったかのように2人の腹の虫が鳴き始めるのであった。
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