恋する少年少女は初々しい!

 時計を見ると短針は9をさしている。ちなみに長針は6。つまり現在時刻は9時30分。窓から外を覗けば雲一つ見当たらない青空が広がっている。天気は快晴。外へ遊びに行くには絶好の日である。
 そんないい天気の日に自宅に引きこもっているなんてもったいない! でもきっと彼のことだからこの時間はお布団の中に丸まってすやすやと気持ちよく寝ている頃なんだろうな。などということを考えながら音羽は足音をたてぬように細心の注意を払ってゆっくりと目的の部屋へ向かう。その部屋の戸の前で耳をたて、物音ひとつしないことを確認するとやっぱり寝ているなと確信を得てそっと開ける。隙間から覗けばベッドにある丸い膨らみが見つかる。カーテンは閉め切られていて部屋の中は薄暗い。音羽は床に散らばるものを踏まないように気を付けてベッドに近寄る。

「…………」

 近寄って見れば丸まった布団は上下に動いていることが分かる。布団の下で気持ちよさそうな寝顔を浮かべているであろうナードを思い浮かべて音羽は微笑ましく思いながらも、いったい何時ごろに寝たんだろうと首を傾げる。

「なーったん」

 ひそひそ声で呼んでみる。返事はない。これは揺らさないと起きないのかな、そこまでして無理矢理起こそうとは思わないけど。そんなことを考えながら息をひそめてゆっくりと顔まで覆った布団をめくれば、長い睫毛に縁どられた瞳は閉じて影を落としていた。綺麗な寝顔だなあとため息をひとつ零す。

「……そーだ」

 起きるのをただ待っているのも暇だけれども、部屋にあるゲームを勝手にやるのは怒られるだろう。幸風の子相手ならそんな遠慮もなんのそのと勝手に使うけれど、さすがになったんのはなあ。と、寝顔を眺めながらぼんやりと考え、名案だとひとつの考えが閃く。そして思いついたらすぐ行動な音羽はいそいそと布団をめくり、ナードを起こさないように自分も布団に潜る。

「ん、あったかい」

 ぴっとりと密着して頬を緩める。すぐ傍から聞こえてくる寝息は落ち着くもので、ここ最近の疲れも安らぐ。起きたら驚くかな、驚くだろうな。そんなどきどきを胸に抱いて自分も眠気がやってきた頃。

「……ん」
「あ、起きた?」
「ん、……ん゛、音!?」

 ふるりと長い睫毛が震える。ようやくお目覚めかな、お寝坊さんだなあと小さく笑いながら覗き込むと、最初は寝ぼけ眼を擦ってぼんやりとした様子だったが、すぐに音羽との近い顔の距離に気付き、後ろに下がる。その勢いで寝癖のついた頭を壁にぶつけ、手で覆って身を縮める。

「〜〜っ」
「わ、大丈夫!?」
「だいじょ、ぶ……というかなんで音がいるの!」
「今日お休みだったからなったんと遊ぼうと思って!」
「そこじゃなくて! というか近い!」

 痛みに悶える様子を心配して更に距離を縮めると顔を逸らされる。首を傾げてしばらく、ほんのり赤くなった表情を見て「照れてる?」と問いかければ「照れてない!」と怒られる。その反応は音羽からすれば照れてると肯定されたようなもので、にやにやとしながら「なったんってば照れ屋さんなんだから!」と抱き着いた。

「だから!」
「なんでなったんのお家にいるか、っていう質問だっけ? んとねー、ヘアピンがあれば鍵なんて簡単に開けられるぞって希温に教えてもらって」
「またあいつ!」
「この時間はなったんは眠ってるだろうし、やめた方がいいかなあとも思ったんだけど……早く顔見たくてやってみたの」

 いっそ清々しい程の笑顔で一歩間違えたら犯罪行為、否ナードが訴えれば勝てるような行動をとったことを伝える。そういうことはしてはならないと注意すべきところであるが、「……勝手に上がったこと怒ってる?」としょんぼりと表情を曇らせて問われてしまえば「怒ってないから」と答えるしかなくなり、結局何も言えなくなるのだ。

「えへへ、ありがとう。なったんだーいすき!」
「わ、ちょっと、抱き着かないでよ」
「やーだ。起きたらたくさんじゃれつくって決めてたんだもん!」

 嫌がる素振りをみせられてもなんのその。ナードの腰に腕を回してぎゅうと抱き着き、胸に顔を埋める。細い腰羨ましいなあ、いい匂いするなあ。などと音羽があれこれかんがえながら無防備にひっついてくることに、ナードは鼓動を早める。

「お、音っ」
「なあに?」

 きょとりとした表情で見上げて首を傾げる。音羽の顔に目を向ければ、相変わらず背中がぱっくりと開いて胸元もゆとりのある衣服で目のやり場に困る。そんなナードの様子に「なったん、顔が赤いよ。熱?」と心配して、自分の額をナードの額にこつりとあてて熱を測る仕草をとる。

「熱はないみたいだねー」
「……音、」
「なーに、んっ」

 息がかかるほどの至近距離。それに加えて音羽が意識しているはずもないが絡められた素足。健全で思春期な男の子には耐えがたいものである。結果、ナードは顔を近づけた音羽にそのまま口づけることになった。
 音羽がキスをされたことを自覚するのは長い睫毛に縁どられた茶色い瞳とかち合い、唇に柔らかいものが触れていると感じたとき。じわりじわりと顔に熱が集中し、ナードから目を逸らすようにぎゅっと瞑る。その時間は一瞬かもしれないが、音羽にとっては長く感じられた。

「〜〜っ、僕まだ眠いから静かにしてて!」
「は、はい」

 この後、お互い負けず劣らず真っ赤な顔をしながらもうひと眠りつこうと目を瞑るが、自分のものか相手のものかも分からなくなるほど早まった鼓動のせいで眠れずにいたことは言うまでもない。

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