闇夜の密会
かちゃ、と軽い音が波紋のように部屋に広がった。
分厚いカーテンから覗く月の光が映し出すそれは、無機質な黒を纏う、拳銃。
人の命すら手軽に刈り取る銃弾は、あまりにも軽い音を立てて腑へと飲み込まれ、放たれるその時まで、眠りに落ちていく。

とあるホテルの一室。お互いの吐息すら感じるほどの静寂は、気だるげに椅子に凭れた名前が手元の資料をテーブルの上に投げ捨たその音で破られた。
それにも表情も変えずに、名前の背後に立ち、命じられた任務を執行する男が1人。
闇に溶けるような浅黒い肌をしたその男は、夜の海に揺れる月の光を思わせる艶やかな髪を、見かけとは裏腹な優しい手つきで掬い、櫛を通していく。
流れ落ちるその細い糸は、まるで蜘蛛の糸のようだと男は思う。

名前は、ひとをすくう側の人間であった。
とある名高い看護師が掲げる信念が『殺してでも治す』という、
苛烈とも呼べる人類愛であるのならば、名前は『殺してでも救う』ものだ。
ただし、名前の場合は頭に『他人を』が付くけれども。
表の顔は、臨床心理士と呼ばれるカウンセラーであった。
健康とは、病気でないとか、弱っていないということではない。肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることと定義されている。
彼名前は、精神的に人を助けることに長けていたため、カルデアにいたときは、ナイチンゲールと共に施設内の医療従事者として、皆を支えていたのだ。これによりカルデアの健康管理は完璧に保たれていたのである。
そして、今。
此方の世界に来ても、同じように働いていた。
ただし…場所は病院などの医療現場ではなく、現代社会という大きな闇の中で。


「大きな仕事を受けるつもりは、あまりないのよね…」

「退屈な仕事も御免蒙るがね」

「…そりゃ、貴方にとっては派手に撃ち合えるような仕事が良いでしょうけれど。この世界は色々厳しいのよ。法律的に」

「だから、こうして裏で鼠のように動いているのだろう?」
「ええ、それにこの町は事件が多いから…あまり目立たないけど。
でもねぇ…厄介な人間たちがいるの」

「…この前の頭の黒い鼠のことか」

「あと、その周り。
この町は事件が多いけど、その分優秀な人間が多い。
まるでホームズのようだわ」

「ふん…。確かに、この前の男は俺達と同類の人間だろうな。
だが所詮は人間。アンタを煩わせる程ではないよ」


事細かに書かれた文字がぎっしりと並ぶ資料に貼りついている何枚かの写真と、その写真に写る人物が関与する、とある組織の存在。
『黒の組織』と称されるその組織は、暗殺やら裏のプログラムソフト、裏の薬の開発などなど、その名の通り真っ黒な活動を行っており、世界各国に活動拠点が存在するらしい。その組織に、今回の任務に関わる人物がほぼ全員関わっているのだから、本当に今回の任務は外れと言って良いであろう色んな意味で。
だが、それを寧ろそちらの方が面白いじゃないかと嗤う男をみて、名前はただため息を1つ零すのみであった。


「そんなこと言って、FBIとか公安とか、国家的権力に喧嘩売らないで頂戴よ?」

「俺は、アンタに従うだけさ」

「その台詞の信頼度はゼロよ。
単独行動のスキルランク落してから言って」


酷いマスターだ、とくつりと喉を鳴らし笑う男は、基本的には名前に従順だ。だが…その根はとある赤い外套の英霊と同じ、正義という名前にすれば厄介なものが植わっている。そして、その正義は時に暴走するので、マスターとしての苦労は絶えない。
余談ではあるが、何で片方だけじゃなくて、両方来てしまったのだろうと、赤と黒を見て頭を抱えたあの瞬間を名前は忘れていない。そのくらい、他の個性豊かな英霊に比べれば穏やかな方にみえるこのエミヤという名の付く英霊は、実に扱いやすく扱いにくかった。


「あのお爺様の依頼として動くのは良いけど、否な予感しかしないのよね」

「なら破棄すれば良いだろう。アンタの感は気色悪いほど当たるからな。
なに、依頼人ごと破棄してしまえば大したことにはならないさ」

「取り敢えず、褒めるなら褒める用の言葉を使うことね」


相変わらず大胆不敵な男だと呆れたように名前が再度ため息を吐くと、櫛を置いた男が丁寧に梳かれた髪を撫でて、その白い耳に唇を寄せる、鍛え抜かれたその上半身を惜しげもなく晒した男の背中が、黒豹の如く曲がり、怪しげなうつくしさが夜の闇に浮かぶ。


「俺は、アンタの正義を執行するだけだ。精々上手く使え」


薄暗い部屋に置かれた、アンティーク調の机の上。
滑らかにコーティングされたその上には、封筒から覗く一枚の紙があった。
【We will have a standing anniversary party because our company founded
one hundred years ago.】と流暢な筆記体で綴られたそれは、どうやら招待状のようで。
参加を示すその単語にペン先を這わせたものは、果たして…招かれるべきものと、招かれざるもの、どちらであろうか。






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「No date…か」


屋敷という名が付くほど大きな家の一室では、明るい髪の色をした青年と、黒い髪をした少年がソファーに向かい合うように座り、考え込むように目を伏せていた。
パソコンには、なにかのデータベースの検索結果に表示されており、no dateという単語が淡々と映し出されていた。


「ねえ、本当に記憶にないの?」

「ああ、今までに見た記憶はないな」


細められた瞳が、薄く開かれる。
そこに見えた色は、あの時窓に映し出されていた緑のそれであった。
その青年は2つの顔を持つ謎に包まれた男であり、少年もまた同様である。そして2人は協力者であり共犯者という関係でもある。


「それって、組織の?」

「いや。あれだけの腕があれば、否でも耳にする筈だ。
だが一切その話は聞いたことがない」

「赤井さんがそこまで言うなら、相当なんだね…」


とある任務で赴いた先に青年と同じように潜んでいた男名前。
あの金の瞳をした男は青年よりも遥かに距離が離れた場所から、的確に標的を撃ち抜いたのだ。しかも銃口を標的に向けて、すぐに引き金を引いたのを青年は見てしまった。
スコープも無しに、あの距離から、精密に標的を撃ち抜くなど、人間のなせる業ではない。生態学的にも、如何なる訓練を積んだとしても、人間の目視できる範囲を大幅に超えていたのだ。スコープですらぎりぎりであろう。


「でも、そんな顔してるってことは…諦めてないんでしょ?」

「ああ…隠されれば隠されるほど、見つけたくなる性質なんでな」


にやりと不敵な笑みが、その青年としての顔には似合わないそれが浮かぶ。彼らは探し当てるものとして、卓越した推理力を持つ。そして厄介なことに、謎を知り謎を暴くことに餓えているのだ。すらりと伸びるその長い足を組んだ青年は、忙しなく動くその優秀な頭で、何度もあの夜を繰り返す。金の瞳の男が守るように『隠していた』、1人の名前。顔は見えない。だが長年の感が青年に訴えるのだ。なにかが、あると。


「まあ、いいさ。
そう簡単にピースが集まっては、つまらん」

「そ…そう。
そういえば、赤井さんもこれ…行くの?」

「ああそれ、か。仕事なんでな」


悪い顔としか言えないような、悪い顔で笑う青年に冷や汗をかきつつ、少年はそのテーブルの上に広げてあった封筒に気が付いた。少年の仮宿に同じものが届いていたのを覚えていたからである。そして、その封筒は少年が懇意にしている博士にも届いているのも知っていた。


「We will have a standing anniversary party because our company founded one hundred years ago.」


耳当たりの良い低い声が流暢に読み上げたそれは…。


「創立100周年記念の立食パーティーなんて、良くやるよ」

「体裁も大事というワケだ」


ざわり、と窓の外の木々が夜風に揺れて、声を上げるように葉と葉を擦り付ける。

その封筒に入っていたのはどうやら招待状であるようで、それはとある大企業から送られたものである。前々から黒い噂が流れており、一般的にもあまり良い印象がない企業ではあるが、どうやら背後に強力な権力があるようで、誰にも崩せない要塞となっていた。
そして、その企業には各国の警察関係にも通じているらしく、各分野での著名人をはじめ、世界中の有名人のほかに、青年のもう1つの顔が所属しているFBIにも声が掛かっているらしい。

ふと金の、それが頭を過る。
感情もなにもない、無というべきそれはとても冷たく、青年の背中を冷やす。
なにかが…動く気がした。


『飛んで火にいるにならなければいいがね』


そう動いて、嘲笑うように弧を描いた口元を、脳が覚えていた。
それはどちらに向かっていった言葉なのか、と考えなくてもわかってしまう。
そのまま思考を続ける青年がふと窓の外を見ると、同じ色をした月がそこにあった。
まるで蔑むように、あの時のように歪な光を放つそれに、青年も口元にそれを…浮かべたのである。






*終わり*

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