草原の夢
*注意*
・エミアオルタが獣化しております。
(また別のエミヤ族と思ってもらっても大丈夫です)
・エミヤオルタの名前が出てないです。
・ヒロインはFGOという世界を知る人間という設定。
・さらりと原作設定壊しています。






夜の暗闇こそ、神の世界だという。
夜の闇を越えたその先にあるのは、神の姿だと。
それを人間が理解できるように、神々は光を与えた。
故に、現世では太陽の輝く昼が存在するらしい。

ならば、これは神への冒涜であろうか。
いやむしろ、神聖なる儀式なのかもしれない。
宵闇に紛れて刈られる命は、その闇に抱かれて静かに逝けるのだから。

なんて、この行為に意味を付けようと言葉を探すことこそ、愚かなことなのだろう。
人間が意味を付けたものは全て、人間のエゴなのだ。




「どうやら、食べ残しがあるようね」




一切の光を拒むように生い茂る木々が視覚を完全に奪い、その生命力を象徴するかのように大地を這う太い根が足を掬う。
視覚の代わりに研ぎ澄まされる聴覚と嗅覚が、鮮明に相手の場所を脳へと伝える。
人を拒む森。それは時に人を隠す。
だが、今宵の客人は招かざるものであったようだ。
揺れる葉音、根に足を取られたの大地に倒れこむ音、上擦った吐息…。
異物を早く消してくれというように伝わる森の息吹。
上がる口角は誰にもみられることはないのだろう。




「…そう」




その深い森の、とある場所には木々の恩恵を受けて肥えた水の流れる湖が広がっている。昔から精霊が宿るとされたその湖は、完全に沈黙を守っていた。

唯一といって良い砂地に焚き木を組み、火をつけると、1人の女の姿が浮かび上がる。その白い肌に映る赤は、本来この場所では禁じられたものであろう。
だが、飛んで火にいるなんとやら。
暗闇は時に人を喰らう。
闇に生きる人間こそ、闇を最も恐れる。
摩耗した精神は本能に従い、安堵を求める。

それは即ち、光。




「っ、…く、くるな…っ、」

「やめっ、ぐあああああっ!!」




おびき寄せられた虫たちは、光を得て、自らの背後にある闇を知る。
その女…名前はその目には映らないが、闇の中で1つ1つ上がる哀れな悲鳴に比例して、荒れた息吹が消えていくのを感じた。
再び、森に静けさが戻る。
するとその時…なんの気配も、音もなく名前の傍に、黒い闇の塊が現れた。

名前の背をはるかに超えるその黒い塊は、火に照らされてようやく艶やかな黒を持ち、その瞳は金に輝く、筋骨隆々な獣であることがわかった。
熊のようにもみえるそれは、よく見ると熊よりも細くしなやかである。
名前をじいと見つめるそれは、日本では古来より『なかつかみ』と呼ばれる、豹であった。纏う毛が黒いので、黒豹という部類になるのだろう。
ネコ科であることから、愛嬌のある顔は…一応してなくもないが、この黒豹は己の主にしか懐かない気高い性質で、主である名前からしても不愛想という一言だ。

獣らしく『狩り』のときは、そこに容赦などなく無残な殺戮を、本能のままに為す。

ぐるる、と鳴るその低い唸り声は、
潜むものを恐怖に落とし、
音もなく背後へと現れるその姿は、
誰も死から逃げられないことを悟らせる。

無感情に金の瞳を名前に向けて、ただ命令を待つそれに手を伸ばすと、屈むようにおりて来た精悍な顔に笑みが零れる。
滑らかな毛に覆われた毛を撫で、喉元を同じように撫でると、ぐるぐると狩りの時とは異なる音が聞こえ、金のそれが細められた。

しん、と沈黙を守る森に、消えた気配。
それを合図とするように、どこかに身を隠していたのであろう梟の鳴き声が帰ってくる。
その声に豹の耳がぴくりと動き、ゆるりと細められた瞳が開いた。




「そうね、そろそろ帰りましょうか」




ばしゃ、と持ってきた携帯用の飲料水と砂を掛けて火を消す。そこまで時間が掛からない任務であることを想定していたので、少なめに組んだ焚き木を糧に灯っていた火は、あっという間に消えてしまった。それと同時に、また森があるべき姿を取り戻していく。



闇。



名前の視界は、ただ黒が広がるだけとなり、所々から聞こえ始めた鳥や虫、そして獣の声が不気味に聞こえた。だが、その表情は微塵も変わることはない。
伸ばした手に触れる温かなその熱に身を任せれば、良いだけなのだ。
心得た、というように黒豹がその身を屈ませ、主を己が背中へと誘うと、その俊足を発揮しするすると道なき道を駆けていく。
散々獲物を追い掛け回しただけあり、道に迷うことも、木の根に足を取られることもなく、目的地まで真っ直ぐ走る。

そうして森を脱出すると、雄大に広がる草原が現れた。
丁度その時、まるでタイミングを計ったかのように姿を見せた丸い月が、分厚い雲から漸く抜け出せたと言わんばかりに、その輝きを地上へと解き放つ。
その光により、名前に再び視界が戻ると、まず目にしたのが喉元に穴のあいた人間が森の外へと放り出されるような形で、地に伏せている姿で。




「…まあ、因果応報ってやつね」




人理修理を目的として動くカルデアという組織。
数々の英霊のマスターとなる資格を持つものは、現在2人だけであった。
名前と、もう1人…藤丸立香という少女である。
2人が担う人理修復は、簡潔に言うと特異点と呼ばれる修復すべき地点を巡り、原因を突き止めて解消するという、この少人数では考えられないほどの大きな任務であり、それを多くの英霊たちの力をかりて進めているのだが、実はマスターの間でも与えられる任務は異なっていた。

名前は裏マスターだ。
この人理修復という大きな『物語』のメインが、誰であるかを知っていたから、その役目を請け負い、あくまでもサブとしてメインマスターとなるリツカを支えることを選択したのだ。その役目は『人理崩壊により生じた歪みの排除』である。
一言でいえば汚れ仕事であり、ただの人殺しである。

任務内容は、リツカには言っていない。影に落ちた英霊を駆逐し、時には素材を集め、時には情報収集をし…というサポートを行っていることだけ告げていた。
全てを告げることだけが、円滑に任務を行うために必要なことだけではないと考えたから。だが、名前に引き寄せられるように、この英霊は現れた。
そして当然のように、その仕事を共にし、絆を育んだ。
どうやらこの英霊は反英霊の部類であり、名前と考えやら生き様やらが良く似ていたようで、気が合ったのだ。

それ以来、名前の相棒として必ずこの黒い英霊の姿が傍に在った。




「帰ったら、シャワー浴びないとねぇ。
ほら…葉っぱついているわよ」




太い首に名前の細い腕が回ると、ちらりと金の瞳が動く。それでもその足は止まることなく、己の意志というよりも名前の意志の通りに帰るべき場所へと、只管草原を駆け抜けるのだ。

ぽっかりと浮かんだ月の、煌々とした光により『2人』が照らされてその影が落ちる。

遠くで鳴く梟の声すら、近くに聞こえるほどの静かな夜。

見えざる風が2人を追い駆け、追い抜くように吹き、
香り立つ草の青々とした匂いに、ちかちかと輝く星々。




「ねえ、知っているかしら。
あの星はもう存在しないのよ。
目に見えているのは、あの星にとっては過去の輝き。今、私たちは存在しないものを見ているの」




名前が見上げた一粒の星は、月の輝きに負けずと一層その身を光らせている。
だがそれは地球の外…宇宙ではもうその星は、もうただの屑となり存在すらしない可能性もある。
人の時間と、人ならざるものの生きる時間。
その差がそこに現れているような気がして、名前はただそれを見上げる。

彼女は人だ。
人という生き物は、時間を持つものである。
この世に生きることを許されたその時間は、与えられた猶予と同じ。ならば、いつか、




「…ん?…なあに」




ぴたりと、不意に黒豹の足が止まった。
任務内で主の指示無く動くことはほぼ無いに等しい彼の、その行動に驚いたように目を瞬かせた名前は、思わずそう声を掛ける。
すると、いつも彼が名前を降ろす時と同じように座ったので、彼女は素直にそれに従う。

月のように温度を感じない、冷ややかにすら思えるその金の瞳が、何かを告げるように名前を見る。獣である彼は、時にその表情で彼女に話しかけることがあるから、名前は首を傾げつつ、その顔を同じように見つめた。




「もしかして、慰めてくれているの?」




幻想的、と言っても過言ではない、この風景に飲まれるように、考え込んでしまっているのが彼にはわかったのだろうか。いつか来る別れの時が不意に恐ろしくなってしまった、名前の心を。

人に対しても、何に対しても、その機微を見せることがなかったはじめの時とは違い、今の彼は主を重んじる。その表情を読み、言葉は扱えなくても、傍に在ることで名前の心を癒すのだ。




「なら、少し…休憩しても、いい?」




もしかしたら、自分も無意識の内にあの森の闇にやられていたのかもしれないと、心地の良い風を感じながら息を吐いた。

名前が座り込んだ場所は、草原の中でも花が咲き誇る場所であったようで、足元に広がる花々にふとその唇が綻ぶ。

草原に咲く花々は、当然だが、温室で育つそれよりも豪華さもないし歪さが目立つものだ。だが、自然で生きる強さと、潔さを持ち合わせた、その生命力は何よりも心惹かれるもの。

動物は自分の足りないものを理解する知恵を持っている。体のミネラルやビタミンが足りないと感じると、それを含むものを求め食すのだ。
それは本能の中にきっとあるのだろう、と名前はその花に手を伸ばした。それは彼女が欲するものであったのかもしれない。

ぷちり、ぷちりと無心に花を手折る名前の姿を黒い豹が見つめる。彼もまた体を伸ばして名前をぐるりと後ろから囲うように寝そべり、彼女の背凭れとなった。もふりと後ろに倒れた彼女を、柔らかな毛皮が包み込む。




「もう少し長い方が、いいわよね」




くるりくるりと、長い指が踊りその手に花が咲き誇る。
時間を忘れて、そして今までの思考も全て中断して、ただ『そのため』に想いを込めて編んだそれは、1つのリースのように太い、花冠であった。

花嫁のつけるそれよりも華やかさなどない、派手さもない、でもどこか力強く逞しいそれは、彼の首によく似合ったのである。




「ああ、良く似合うわよ」




くすりと、穏やかに笑う主をみて、まさか自分につけられると思ってもいなかった黒豹が微妙な顔をしつつも、どこか嬉しげな鳴き声を1つあげる。




そして暫く2人はその場所で、ただただ、月を見上げていた。







*終わり*
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