魔性の記憶
*『砂炎』と同じヒロインですが一応設定を載せておきます。
転生ヒロイン
【衛宮士郎の義姉。その縁からいくつか前の世界でエミヤのマスターをしていたヒロインは、殺生院キアラに執着された末に死ぬ(これによりエミヤオルタが生まれる)。
FGOで再開するも同じ道を辿りそうになったところを、ぐだ達の協力を得て生還。
その後まさかの召喚…っ!という流れです。】
*原作かなり改ざんしています。
*エミヤとキアラは直接の関係はありません。
*普通に百合要素ありなので注意。




一切衆生悉有仏性草木国土悉皆成仏(いっさいしゅじょうしつうぶっしょうそうもくこくどしっかいじょうぶつ)
有情無情の分け隔てなく、これを救うのが我が誓願。たとえ魔性に成り果てようと、全ての命を受け止めてみせましょう。
ですが…ああ、我が主…名前さま…。
あなたさまは私の特別な存在…。
私は全ての人を愛し救う魔性菩薩。でも…いけませんわ…。どうしても、この気持ちを止めることはできないのです。ああ、なんて罪深い…」




どこか恍惚とした色を含んだ柔らかなその声。
まるで少女のそれの如く、ころころと鳴る鈴に似た音色は、名前の肌を泡立てるものでしかなかった。
とろりと蕩けるその瞳は真っ直ぐに名前を見つめ、ほんのりと赤が差すその頬を抑えた白い手に、ぞくりと背中が震えた。

こつり、とそのしなやかに伸びる足が音を立てて近づき、その女は名前の隣に腰を下ろすと、豊満なその体を押し付けるようにしなだれる。
まるで毒虫が体を這うような、緊張感溢れる恐怖。だが逃げるわけにはいかなかった。
何故ならばその女は正真正銘名前の英霊となったのだから。




「そうくっ付かないで頂戴」

「ああ、名前様…。どうかキアラとお呼びくださいませ。あなたさまに名を呼ばれるだけで私…、ああっ、おかしくなってしまいそうですわ…」




カルデアの職員や英霊で賑わう食堂も、ランチタイムが終われば一気にその静けさを取り戻す。仕事が入らなければ人混みを避けてお茶を楽しむ名前は、本来であれば中々無い1人の時間を満喫する予定であった。
何故ならば、いつも付き従うエミヤオルタなどの英霊が、もう1人のマスターである藤丸立香の任務に同行することになっていたから。

だが、此処で計算違いが生じてしまった。
最近召喚したこの女…殺生院キアラという存在が、今まで大人しくしていたから、ついつい気を緩めてしまったのである。




「はあ…」

「まあまあ、名前さま…ため息などお吐きになって、いけませんわ…。
私も今やサーヴァントですが、本来は迷いを聞き、疲れを癒す聖職者ですの。
なので、どうぞ存分に、日々の悩みを告白してくださいませ。
全身全霊を以て、包み込んでみせますわ。」

「聖職者…ねぇ。私貴女に殺された気がするんだけど」

「なんていうことを…。
私が愛する名前さまを手に掛けるなんて、そんな酷いことはいたしません。
ですが…ええ。もし、そのようなことがあるとすれば、そう…あなたさまが、私を見てくれない…なんてことが起きたら、もしかしたら、私…」




この女は歪な純粋さがあり、その歪みが周りを巻き込み、全てを乱すのだと名前は推測していた。かつて名前はこの女…キアラの敵側の人間であった。

キアラは元々、真言立川詠天流というカルト組織で幹部をしており、彼女の欲求から生み出したある魔術が原因で西欧財閥から国際手配されていた。
だが、聖杯戦争に参加する以前は、彼女はその教義のもとで多くの衆生を救い、その救った者たちに裏切られ、それでもなお人間を救おうと手を伸ばしたという記録がある。…これが名前という1人の人間を惑わすことに、なるのだ。

数奇な運命の元に名前はいくつもの生と死を繰り返してきた…聖杯戦争と共に。
その何度も経験した戦争の1つに、ある世界のある国に起きた新興宗教が絡むものがあった。そこは、世界を変えるだけの知識と技術を持った才人が集まったために、多くの先進国が危険視したが、その組織には悪の理念というものが存在しなかったのだ。そう…教主の女を除いて。

切っ掛けは、ほんの些細なこと。
女の感とそれまでの経験が、名前に告げたのだ。その女の持つ、魔性という人類悪のそれを放っておけば、やがて世界は滅ぶことになるだろうと。
こうして、その宗教を壊滅させるために動き出した名前は、女と何度も対峙する中で、相手のことを知っていく。そしてその女も名前を酷く気に入り、取り込もうと数多の手を使ってきた。




「別にね…貴女のこと嫌いではないのよ?
例え貴女に殺されたって、それはその世界の1つの結末にしか過ぎないし」

「まあ…。まあまあ!名前さま…いま、なんと?」

「でもね。…貴女私にしたこと、覚えているでしょ?」

「ええ、勿論ですわ。私…ずっと名前さまのことを、想っておりました。
あの時、そうあの場所でお会いしてから…ずっと。
その時の気持ちは今も、ああ…この胸の中に、そしてこの胎内にも…。
ですが私…このようなことは初めてでして、どう接したら良いのか…皆目見当も付きませんでしたの。ええ…この燃え上がる想いを、あなたさまに知って頂きたくても、どうしたら良いのか…悩みましたわ」

「…だからといって、無理やり勧誘したり、無理やり修行させようとしたり、呪いの手紙を何十、何百も送ってきたり、は…違うわよね?」

「の、呪いの手紙などと…。そんなものは送っておりませんわ。
この殺生院キアラの、あなたさまを想う…苦悩は…。まるでそう八熱地獄に落ちたような、苦しみ…そして、快楽…。うふふふふ…」




名前の腕にその蛇のような白い腕を絡めると、水晶のような瞳をつるりと光らせる女。自己愛の塊ともいえるこの女が、自分に執着する理由がいまいち良くわからないのだ。故に名前は彼女が恐ろしい。
向けられる、コイビトをみるような甘さを含んだ瞳の、その更に奥の…その先に、潜む何かがいつ牙を向くのかと、ただただ肝が冷える一方だ。

だが、それを表情に出さないのには1つの理由があった。

この魔性の女を、名前は憐れんでいる…いや、どこか自分と重ねているのだ。
天から与えられた才があるのならば、それを人の為に惜しみなく使うのが道理。彼女も始めはそのような気持ちがあり、それを悪と見做す周りの人間に蔑まれ、裏切られてきた。

このことが、目の前の女を『ただの病弱な少女』にみせ、名前の目を曇らせる。




「ああ、もう!」




考えれば考えるほど、蜘蛛の巣にでも掛かっている気分になった名前は、それらを振り切るように勢いよく立ち上がり、突然の動作に困惑するキアラを此処で待つように言うと、食堂の奥のキッチンへと消える。
手際よく茶器を用意し、今日という日の為に楽しみにしていたものを冷蔵庫から引っ張り出すと、トレーに乗せて再び彼女の元に戻ると、不思議そうに瞬くその長い睫毛に覆われた瞳が、ぱあと花が咲くように見開かれた。




「話し相手になってくれる女性に、何も出さないというのは落ち着かないし」




このような性格は赤い外套の弓兵に通じるものがあるのだろう。
桜の花が彫られた和風の皿には、黒くてぽってりとした丸いものが乗っており、それに合わせたように用意された茶が、適切な温度に調節され、可愛らしい湯飲みへと注がれた。

手作りであろうそれ…おはぎと、茶の穏やかな香りに、キアラの口元が自然に緩む。




「…その顔なら、可愛いのに」

「名前さま…」




可愛らしい顔のつくりをしているのに、浮かぶのは蔑むような妖艶な表情。そのちぐはぐさも不気味な印象を与える1つなのだと、名前は微笑んだ。
顔を俯かせたキアラは、ちらりと名前の顔を見て…。その少女のように滑らかな頬を更に赤らめる。キアラも実は良くわかっていないのだ。何故自分が名前に、こんなにも焦がれているのか。

始めはただ煩い蠅を処理するかのように、自分の手駒としてしまえば良いと思っていた。それが自分の愛する世界の為だと疑いもせずにそう思っていた。

だけれども、この女は…なんだ?何をしても他と同じように、自分をみることはない。
自分と共にある男に、その瞳を向けて、微笑む。
自分にはそんな目をしてくれないのに。
…ならば、此方を無理やりでも振り向かせれば良いのだ。
そうすればこの胸の靄も晴れるだろうと、想っていた。
その感情が何なのかも、考えることはしなかった。
殺生院キアラは人を人としてみていなかったのだから。

それに、気が付いたのは…いつだったか。
それはきっと、目の前の、名前が、そうだ…。




「…?、どうしたの…キアラ」

「いいえ、…とてもおいしゅうございます。名前さま…」




名前が、『自分と』共に死んだとき。
とてつもない、何かが自分の胸へと入っていき、死に向かう体とは裏腹に熱を増す胎内が、ああとても気持ちが良かった。それが満たされることだと、気付いてしまった。
その気持ちを再び味わいたくて、色々なことをしてきたけれど、あの時と同じ衝撃とは、どれも程遠いもので。

あれだけ、疼いていた自分が…1つ、いやひと口のおはぎで、静まっていき、代わりに何か温かなものが流れ込んでくるものを感じた。
ひと口、ひと口と、ゆっくり、味わうかのように、口に含むそれ。
やはり、自分を満たせるものは…。とその答えを導き出した頃には、皿の上には何も残っていなかった。




「名前さま…。この殺生院キアラのお願いを、聞いていただけますか?」

「……変なものでなければね」

「その…今夜、私と同衾してくださいませ。
確か今宵は、あの忌まわしい黒い肌に白い髪の英霊は、いない筈でしょう?…私の、話を、そして名前さまの話を、聞きたいのです。」




先程の饒舌は嘘のように、しどろもどろに視線を軽く彷徨わせてぽつりぽつりと零した、そのお願いは、これまでの女の行いを考えると、危険としかいえないものであろう。
だけれども、名前にいつも付き従う英霊には甘いと怒られるだろうけれど、かつて自分を殺した殺生院キアラという女は、今は名前の英霊なのだ。

もし、この女が自分の周りに害を為したのならば、名前はすぐにでも彼女を座に還していたのであろう。だが、キアラは名前以外を、傷つけることはなかった。それに傷つけるといっても、その裏には哀れな少女の姿がある。

手に入らないから、手に入れようとした少女は、与えられなかった愛を名前求めた。
例え策略だとしても、その姿を忘れることは出来ないのだ。




「いいわよ。少しは…貴女の腹の内を、知っておかないとね」

「はい、名前さま。
私…あなたさまにならば、この腑を全てお見せいたしましょう」




ふわりと桜の花のように笑うキアラに、名前はため息を吐いた。
自分も女であるけれども、どうしても女性相手だと弱いのだ。それはこれまでに出会ってきた少女たちに原因があるのだがそれは置いておいて。
茶をひと口含み、キアラの顔を見る。
穏やかな、その顔は…纏う尼僧服に良く似合っていた。



だが、こうして甘さを許してしまった相手につけ込まれ、一緒に風呂まで入るようになってしまうとは…この時名前は思ってもいなかったのだ。

そして、早めに任務を終えて帰って来た英霊に、こっ酷く怒られることになるのだが、これはまた別の話としておく。






*終わり*
戻る