序章
いつ振りかと思うほど、
記憶に薄い休日。

人理修復という大義を背負い、
いくつもの特異点を駆け回り、時には英霊のために素材を回収し…
気が付けばマイルームとは寝るためだけの部屋となっていた。

それが、日常となってしまったある日。
いつも通り濃い隈を拵えたドクターロマニから、今後のためにも休めるときに休んでという、ありがたきお言葉を頂戴した。


「…休み?」

「ええ、今日はお休み。
今日のお仕事は体を休めることでーす」

「ふむ…。
それなら久しぶりにトレーニングルームを予約しようか、マスター。ここに来てからというもの、運動量が足りていないだろう」

「貴方…今の話聞いてた?
今日の仕事は、体を休めること!
何もしてはいけない日!いいわね?」


多種多様な英霊で賑わう食堂。
今日も今日とて、爽やかな朝に欠かせない朝食が用意され、食事を必要としない英霊もその時間を楽しみに訪れる。

当然のように後ろにくっ付いて来た自分の英霊が、よく似た英霊に顔を歪めつつ持ってきてくれたトレーには、彩りと栄養が良く考えられたメニューが並んでいた。
(私はなにも言わないが、何故かいつも持ってきてくれる)

白いテーブルに向き合うように座り、温かなスープに口をつけつつ、一日のスケジュールを確認し合うのが日課となっていて、次に彼の大好きな戦闘効率について話し合うのが常、だが今日は違う。

自分自身も口にしていて慣れない言葉ではあるが、この英霊の頭には休暇という文字はないのかもしれない。
まあ、彼の生き様を考えれば、納得はできるが。


「ふむ、…休日か。
まあ…いいだろう。
俺のマスターは、無駄な一日を過ごしたいしないだろうからね」

「………(取り敢えずベットでごろごろしたいなんて言えない)」


味覚を【取り戻した】その舌で、
料理を吟味するかのように味わいながら、その金色をのせた瞳をこちらに向ける英霊。
最初の頃と比べると、随分柔らかくなったものだと再度スープに口をつけた。


「名前姉さん、おはよう!」

「ん、…おはよう、リツカ」


どたどたという慌ただしい足音が後ろから聞こえるのが先か、目の前の褐色の英霊がため息を吐くのが先か。
さらりと流れる蜜柑色の髪が所々跳ねているのは、今日が休日であるから…だと思いたい。

花開く笑みと共に現れたのは、このろくでもない私を、姉と慕ってくれる女の子。
藤丸立夏…彼女もまた、いや彼女【こそ】人類最後のマスターの1人である。


「…騒がしい女だ。」


この世の闇を煮詰めたような色をしたコーヒーを優雅に啜り、相変わらず単調なそれを口から吐き出した彼に、蜜柑色の少女が頬を膨らませる。
そして、なにかを反論しようとしたその淡い唇に、ふわりと柔らかな卵焼きを一欠けら押し当てると、すぐさま頬を赤らめてかぶりつく。


「なにこれ、すごいおいしい…っ」

「でしょう?」


ころころと表情を変える少女は今日も元気なようである。
彼女の明るさと前向きさは、このカルデアの太陽のようで、好きだ。(太陽、という単語を迂闊に口にすると面倒なことになるので言わないが)


「せんぱい!
もらってきました!

あ…っ、名前姉さん…おはようございます!」


「おはよう、マシュ」


朝日を受けて淡く輝く紫を揺らし、両手にトレーを持って現れたのは、マシュ・キリエライト、藤丸立夏の英霊である。
彼女もまた、私を姉と呼んでくれる1人だ。

自然に私の隣に立夏が、
エミヤオルタの隣にマシュが座り
これもまた、いつからか忘れてしまったが、朝の一コマとなっている光景である。


「そういえば…
いつか聞こうと思っていたんですけど、」

「…私?」

「はい!…あの…名前姉さんって、カルデアに来る前、なにをしていたんですか?」


きらりと光った、蜜柑の瞳は
興味深々という感情を映し出し、
いつもならば時間がないと掻き込む朝食も、サラダにやっと箸をつけた程度である。

普段はそこまで会話する時間を確保できないので、今日という日は絶好のチャンスといえばチャンス。

ぴくりと震えた彼の眉間に笑いつつ、私は軽く息を吐いた。


「そうねぇ、そんなに気になる?」


「気になります!」


「…そんなに面白い話ではないわよ?」


「構いません。
…私は、名前姉さんのことが知りたいだけです」


はっきりと言い放った彼女と、
遠慮しがちにちらちらと此方を見る彼女の英霊。
そういえば私のことは、ドクターとダヴィンチちゃんにしか話していなかったし、そこまで気にするものではないと思っていたが…。


「…なら、食事が終わったら…ね」

「本当ですか!!!いただきます!」


興味深そうにこちらに視線を投げる瞳がいくつあるか。
何かを言いたげな目の前の金色の瞳に、微笑みをかえし、慌ただしく食事を始めた少女に、食事前の方が良い内容だったかもしれないと心で思った。


「……名前」

「良いのよ」








(さて、また長い旅に出よう。
今から語るのはもう終わってしまった物語だけど、

きっと、この少女は【答え】を求めているのだから…少しばかりのヒントにはなるでしょう。

そのためならば…古傷を抉るぐらいなんてことはない)」





*続く*
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