月下の密会
今、この瞬間。
新たな物語が、貴女の手により開かれた時。
宴の始まりを告げる鐘が打ち鳴らされる、その時。
密やかな逢瀬が、天空の園で行われていた。
「純潔の乙女…月の女神の目を盗み、、
目覚めを告げる、鐘が鳴り響く前に、この私に逢瀬のお誘いとは…。
中々大胆な方ですね、麗しき女王様」
「噂通りの方で安心したわ、月下の奇術師さん?」
煌々と輝く月が、風に流れる雲に覆われ、一時の闇が地上を染める。
とある建物の屋上に現れた2つの影は闇に飲まれ、その場は周囲から切り離された空間となり、緩やかな夜風だけが纏う衣を揺らす。
「手短に言うわ。
貴方に送られてきた、招待状に記されたものを見せてほしいの」
「ほう?…その意味をお聞きしても?」
「…それが、貴方を殺すからよ」
「それは物騒なお話ですね。
だが、貴女は私がどういう男か知っている筈…」
「ええ。勿論。
そう簡単にやられるような男ではないことは、把握しているわ」
「ならば、失礼ですが…貴女の手をかりなくても問題はありません」
「そういうと思ったわ。
でもね、その『特別』招待状が送られているのは16人。それを解析した結果が、これ」
「…っ、…これ、は…」
月という光源を失い、広がる闇の中ではお互いの顔すら見えない。だが女が『女』をこの場所に呼び出したことは、話の流れからわかった。
スレンダーな体に深い紫色のドレスを纏った『女』は頭にベールのような薄い布を被っており、その口元しか見えない。それが『彼女』の纏うミステリアスな雰囲気と良く似合っていた。もう1人の女は、うつくしい顔(かんばせ)をそのままに、用意していた一枚の紙を『女』に差し出した。
警戒するような動作をみせつつも、それを確認した『女』はさ、と顔色を変えた。どこか妖しげな雰囲気を一変させ、きりりとした瞳が薄い布越しに女を見る。その瞳にどうやら話を聞いてくれそうだと、満足げにほほ笑んだ女は、『女』の瞳のその奥に隠されたものを見据え、協力してくれるわよね?と静かに囁いた。
「…ああ、わかった。
どうやら普通の人間じゃ、ねぇようだし。
俺だって命は惜しいからな」
「頭の速い人間は、好きよ。
それにそんなに警戒しなくても、貴方にやってもらいたいことは1つだけ」
しっとりと落ち着いた『女』の声が、艶やかな男の声へと変わる。それを理解していたかのように女は表情を変えることなく、今宵の共演者に、とある企みを打ち明けた。
考え込むように神妙な顔を見せた『女』…の格好をしたその人物は、一拍置いて頷いたのだ。
「わかったぜ、言う通りに動いてやるさ。
その代わり…俺は高いぜ?」
「報酬は、そうね…成功報酬にしておきましょう。欲しいものがあれば言ってちょうだい」
「欲しいモンは、自分で手に入れる主義だが…。いいさ、考えといてやる」
「腕の良い魔術師の紹介でも、してあげるわよ」
「…それは興味深い」
花をいたずらに散らし過ぎるのが難点だけど、意外と相性良いかもね。と脳にとあるヒトデナシを描きながら軽い口調でそういうと、女は華奢な背中を向けた。
密会の終わりを悟ったように徐々に顔を出し始めた月が放つ光は、誰も照らすことはなく、静かに屋上の無機質な地面に落ちたのである。
細いヒールが綺麗に舗装されたコンクリートを叩く。それを合図としたように、姿を見せた男たちの精悍な顔には、不満という表情がはっきりと浮かんでいる。
2人の長身を見上げ、浮かぶ眉間の皴を確認した女は、楽しそうに微笑むと、立ち塞がるように並ぶ間を擦り抜けて歩き出した。
「待ちたまえ、名前。
何度見てもどうもいけ好かん男だ…。
あの男に協力を頼むなどと、愚策ではないのかね」
「…俺にとっては、アンタも同じようなモノだが。その考えには同感だ、名前」
「貴方たち、相性良いのね」
「なっ、…そ、そういう話はしていないだろう!
偶には真剣に私の話をだな…」
軽やかにドレスの裾を揺らし歩みを進める女を、その長い足で追い掛ける男たちは、完全に彼女のペースに巻き込まれている。やれやれとため息をついた黒いネクタイを締めた男は、その手を伸ばして、前を歩く女の細腕をぐいと掴むと、急に後ろへ引かれたことにより、軽くバランスを崩した女を鼻で笑った。
「どんなにめかし込んでも、じゃじゃ馬はじゃじゃ馬だな…名前。
エスコートではなく、手綱を握る、の間違いだったようだ」
「こんな性質だが一応女性なんだ…。
少しは言葉に気を付けたらどうかね」
「…ああ!もう!そんなに私が交渉したの、気に入らなかったってわけ?」
「ああいう類の男は、後々面倒な要求をしてくることが多い。
アンタは懐にいれた人間に甘いからな。
だから、俺がやるといっただろう」
「貴方に任せたら、鉛玉が飛ぶでしょ。
あくまでもこの世界のルールで動かないといけないの。
使えるのは、倫理と論理と理屈…。所謂頭脳プレーね」
「…名前。
帰ったら、日頃の行いを振り返ってみることをおすすめするよ」
両側に並び立つ男たちと言い合いながら、パーティー会場となる館へと足を進める。そろそろ開始の時刻を迎えるであろうその場所は、記念すべきパーティーの開幕を祝う鐘を鳴らす準備をする使用人らしき人々が慌ただしく動き回っていた。
「…それにしても、この何百人もいる中に『16人の選ばれし人間』を見つけられるのかしら」
「ああ…『特別な招待状』の届いた人間か」
「この宴の後にどうやら当主サマ直々に、お呼び出しがあるようだ。
場所や時間も不明、手に入った情報はその選ばれた人間のリストだけさ」
「まあ、そのリストから協力者になり得そうな人をピックアップ出来たし、良いじゃない」
「…仕事が遅いぞ、名前。
交渉や接触が当日になるとは…大丈夫なのか?」
「う、うるさいわね…。
仕方ないでしょ。向こうも向こうで事情があるし」
す、と視線を逸らした女は、結果的に受けてくれたんだからそんなに言わなくても良いじゃないと、相変わらずの毒舌を発揮する己の英霊をにらむ。
1人でも大変なのに2人相手だと更に疲れる、とため息を零すが、読んだのは自分なので、それは心の奥底に留めておくことにした。留めておける範囲で…だが。
このパーティーには裏がある。と女の仕事の伝手で届いた招待状を調べた、彼女の英霊から情報を得たのは、2週間ほど前のことであったか。
女の表向きの仕事はカウンセラーで、その評判は良く、所謂VIP患者も多く彼女の元を訪れる。会社や企業などの組織ではその肩書が重ければ重い程、孤独であるからか、精神的に参ってしまう人間も多くいる。その患者のうちの1人が、このパーティーの主催者であり、彼女を招待した人間であった。
彼女が受け取ったものは『普通の招待状』、大半の人間もそれと同じものを受け取ったという。だが…その中の16名が、『特別な招待状』を手にしたらしい。
そして、その16名の招待状に書かれていた、とある文字と、届いた順番を調べたところ、不穏な言葉が浮かんだのだ。
それだけではなく、女の『この世界の任務』に関わる男が1人その中に入っていた。それを受けて、今回は仕事と任務の両面から、このパーティーに参加することに相成ったというわけである。
「受け付けは必要ないとのことよ。行きましょう」
その言葉に従うように、女の前に出た男たちは、会場へと続く大きな扉を開ける。
眩暈すら感じる装飾品やシャンデリアの輝きに包まれたその場所に、足を踏み入れた彼女に、無数の視線が突き刺さった。
***************
「……あれは、」
大人はシャンパンが、子どもはジュースが入ったグラスを片手に持ち、それぞれが会話を楽しむ時間。もう会場に入って来る人間はいないと考える時間であったので、不意に開かれた扉に、思わず目がいってしまった。そして、入って来た3人の男女のうちの2人に既視感を感じて、沖矢…もとい赤井は、浅黒い肌を持つその男を注視する。
すると、赤井の視線に気づいたのか、その男の視線が動く。
…交差する、金と緑の瞳
その瞬間。脳裏に浮かんだ、とある日の夜。
スコープ越しに見た、夜の闇に光る金の瞳。
そして…その隣で揺れる、艶やかな女の髪。
あの日と同じように、自然に喉が動く。
見つけた。と無意識に動いた唇に、らしくもなく高揚する心臓が、どくりと大きく音を立てたのを聞いた。
たった数秒のことであったのかもしれない。
だが、それはお互いがお互いの記憶を呼び起こすのには十分過ぎる時間であった。
「……」
す、と金が緑から外れ、再び女の方をみる。
足を踏み入れたその瞬間から、目が肥えている参加者たちの視線を浚った女は、稀にみる美人であった。上品なうつくしさを惜しげ無く輝かせ、ドレスから見え隠れする豊満もその魅力の1つであろう。だが、その容姿ではなく、纏う雰囲気に興味が沸いた。
あの男を付き従えるように歩く、その女はこちらの世界の人間であることは想像がつく。黒の組織でもみたことはないが…警戒しておくに越したことはない。
そう思考を巡らせた赤井の様子を見て近寄って来た少年に、あの3人に気を付けろと警告する。必要があると判断すれば、少年が安室にも声を掛けるだろう。
早速、至る所から声を掛けられ、囲まれてしまった女に観察するように視線を送ると、あの男が女を隠すように、赤井の視線から庇う。後ろに控える男たちは、どうやら女のボディーガードのような存在なのだろうと理解した。
基本的に女と参加者の会話には入っていないようにみえるし、芸能界きっての女好きと称される男がさり気無いボディータッチを仕掛けて来たときは、さり気無く阻止しているのがみえた。
その時、赤井と同じような視線を彼女に送っていた男…安室透が、流れるように人と人の間を擦り抜けて彼女の方に向かっていくのが見えた。確かに、彼の方が女性への対応も慣れているし、情報を聞き出すのは簡単であろう。
先のその先を読もうと凄まじい速度で回転する頭で、思考を続けながらも、何かが引っかかるような気がして、赤井は眉を顰めた。…面白く、ない。自然と込み上げたその言葉に、思わず、思考が止まる。
「皆様、お待たせいたしました。
この度はお集りいただきまして、誠にありがとうございます。
そろそろ式の方を始めようと思いますので………」
ざわざわと賑わう会場に響いた、透き通るような声。
司会を務めるのは、歌手としても声優としても活躍するアナウンサーであるようだ。徐々に静まりをみせる中で、さり気無く女の隣に肩を並べる安室に、赤井はため息を吐いた。
*終わり*
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