血の追跡者
*ホラーゲーム「DbD」が舞台になっております。
*原作を知らなくても読めるように書いてありますが、取り合えず殺人鬼(斧を持った大女)から逃げて、脱出を目指すのが目的だと思ってもらえれば。
*エミヤとエミヤオルタ夢




鬱蒼と茂る木々が四方に広がり、何処からか煙る霧が視界を遮る。
しとしとと降り注ぐ雨粒が聴覚を濁した。
自然は決して人の味方にはなりえない。
むしろぬかるんだ大地や張り巡らされた木の根が、まるで人の足を捕ろうとしているようで。

灰色に近い薄っすらと青みのある空が、おどろおどろしく広がる怪しげな黒い雲に覆われているが、森を成す木々によりそれすらも隠され、薄暗く不気味な世界が完成していた。


ふ、と息を吐く。

その音すらも、酷く気を遣う。




「…撒いた、ようだな」





遠ざかった気配に、囁くように小さな低い声が落ちる。
それにゆるりと頷いた影は、警戒するような仕草のまま身を乗り出した。










****************










今回のレイシフトは本当に外れだと、令呪をその手に宿した名前が嘆いたのは、この森に飛ばされてすぐのことである。
どうやら他のメンバーとは離れてしまったようで、名前の傍には2人の英霊しかいなかった。だがそれは想定内のことで、前にもこのような経験をしていたこともあり、動揺はなかった。1人でも味方が傍にいるだけ運が良いといえる。

しかし、その後が問題であった。
耳を劈くような高い悲鳴…あれはきっと女性のものであろうが、それが聞こえた。瞬間に警戒モードに入った3人は、己の身長よりも背の高い草花に隠れつつ、様子を見に行くと、そこには巨大な釣り針のような形をしたなにか…まるで処刑器具のような、禍々しいそれに胸を貫かれ、ぶら下る人間の姿があったのだ。


そして…その、人間の前に、それはいた。


2m以上はあるであろうそれは、どこかの御伽草子に出てくる巨人のように名前の目に映った。
それほどまでにその図体は大きく、破れた服から覗く腕はまさに山男のものである。
吊るされた人間、それをどこか満足げに見つめる大男…。
これが示すことは1つだけである。

背中を伝う冷たい汗に、反射的に息が潜まる。
どくどくと脈打つ心臓はその勢いを増したが、思考は回るようだ。
なんて、自己分析できるくらいの余裕はあったようで、此方に視線を送ってきた英霊に霊体化するように指示を出した名前は、足元に細心の注意を払い、その場を後にした。

その時、後ろから聞こえてきた『旋律』
それを聞いた時、初めて名前は理解したのだ。
ゆるりと緩慢な動作で振り返るそれは…大『女』であったことに。



体を屈めたまま、近くにあった廃屋の裏に回り、ぼろぼろに朽ちた窓枠を跨いで中へと潜入した名前は、その先で蹲っていた人間を発見した。傷だらけの体を引き摺る男に声を掛け、男が持っていた治療キットを使用して手当を行う。
落ち着いた男に、話を聞くと…どうやら此処は『閉鎖された空間』のようで、脱出するためには『殺人鬼』から逃げつつ、『発電機』というものを修理し、『出口』を開けなければならない。というもののようだ。

何故か殺人鬼は直接殺すことはできないようで、先ほどの処刑器具のような釣り針に吊ることで、処刑を行う。
助けることはできるが、3回その針に胸を穿たれると、死が確定するという。

此処にいる殺人鬼は、斧を手にした大女で、鼻歌を歌いつつ移動しているらしい。
一定の距離離れると、その斧を投げてくるようで、男の傷もそれが原因のようであった。





「こんな森で、鬼ごっことはね…しかも殺人鬼と」


「やれやれ…。君といると飽きないよ、名前」


「あら、私の所為だと?」


「違うのかね」


「……貴方の運のなさが、移ったのかもよ」


「それはご愁傷様、と言っておこうか」


「認めるなら責任取ってよね」


「ふ…。それは勿論だとも」


「…貴方…楽しんでいるわね…」


「嘆いていても、どうにもならないだろう?
それに君に呼ばれてから、狂気染みた世界は慣れてしまったよ」


「それは心強いわ」





もはや小屋とは呼べないほどに、朽ちて穴の開いたその場所を探索しつつ、交わされる軽口に名前はため息を吐いた。
自分に付いてきた英霊を見上げると、この緊張感溢れる場所でも変わらず浮かぶ、憎らしい笑み。
数々の戦場を経験してきた英霊だからこそなのか、元々の性格なのか…と考えるがその答えを名前は知っていた。

それにマスターである名前は、召喚される英霊と同じくらい…いやそれ以上に運がないようで。
担当するレイシフト先では、まず第一に必ず英霊たちと逸れ、その次に幽霊だの化け物だのと呼べる異質な存在に必ず追い掛け回されるというオプション付きの旅が約束されていた。ジンクスを通り越してもはや予定調和である。呪われているんじゃないかと、女神様や聖女様に憐れみの目でみられたのはつい最近のことである。

そうなることを予想しつつも、毎回付いてくるこの世話焼きと、情報収集に赴いているであろうもう1人の英霊は、もうすっかりその立ち回りが身についているようで。先ほどの大女改め殺人鬼をみて、臨戦態勢とならなかったのは、今までの経験の賜物であった。…無暗に攻撃して追い掛け回された、記憶が名前の脳裏を過ったのはまた別の話としよう。





「…おっと、お出ましのようだぞ」


「貴方のその服装も目立つわ、霊体化してて頂戴」


「ふむ…。そうだな、
他に人の気配もある、此処で戦闘となっては巻き込んでしまうだろう。君に従うさ」




雨音に交じり聞こえてきた鼻歌に、げんなりしつつも素早く指示を出した名前は、再度息を潜めて身を屈めると近づいてきた気配とは真逆の方から脱出する。どうやら居場所は完全にバレているようだと、走り出してた名前のすぐ横を何かが通り抜けた。
それが、血のこびり付いた斧だということに気が付いた名前は、慌てて木々の間を蛇行し只管走る。

所々に視界を遮るような板や、木箱などが点在しており、まるでこのために置かれているようだと思いつつ、飛んでくる斧を躱しぬかるんだ地を掛ける名前の、足跡を追う大女は息1つ乱れる様子はみられない。

それに対して、はっはっと徐々に名前の息は上がってくる。
いくら英霊にいじめのように鍛えられている彼女であっても、人間なのだ。限界はある。
それに、大女の方が走る速度が速いようで、詰められた距離と近付く嫌に穏やかな鼻歌が精神的に彼女を追い込んでいた。





「…っ、は…ぁ…なんで、毎回…こんなめにっ、」


「名前、ペースが落ちているぞ。
もう少しだ…死ぬ気で走れ」


「…ああ、もう…っ、」


「あの男…クー・フーリンに追い駆けられている時を思い出せ」





近くで聞こえる英霊の声に、なんとか足を動かし続ける。
広いこの森を蛇行しつつ飛んでくる斧を避けて、しかも凸凹した地面を走る名前は、肺が軋むを通り越して裏返りそうだと、痛み始めた喉をそのままに、ペースを上げる。

そして、修行と称して名前を追い駆けまわした槍を持った青い髪の男2人と、杖を持った同じ顔の男と、黒い頭巾を被った男の顔が頭を過り、ぴきりと引き攣った口元に、笑みが浮かんだ。





「…そうね、あの時に比べれば…、たった1人、…大した事、ないわ…っ!」





粗大ごみでも積んであるのだろうか、視界が遮れるほどのものではないが廃れた大きな箱が並ぶ地帯へと逃げた名前は、その中に動かせそうな板をみつけると、それを思いっきり力を込めて倒した。
すると…後ろから追っていた大女に、タイミング良く当たったらしくその場に停止した姿を確認できた。


その間に大女と距離を取った名前の前に、赤い衣を纏った男が姿を現す。





「此処なら良いだろう、名前」


「……っ、は…、は……。
貴方に抱えて貰えば良かった、」


「だが、キミでもある程度は逃げられることが証明されただろう?」


「まあ、…確かにね」


「ならば。行きたまえ、名前。
此処からは私が、このレディのお相手をしよう」


「………大丈夫、なの?」


「勿論だ。どこに不安な要素があるというのだね」


「…わかった。お願いね…エミヤ」





斧という近接武器が相手では、弓は完全に不利な武器である。
それを見越して、構えたのは対となる2つの剣。

振り返ることなく告げた言葉に、頷いた名前は心配そうに彼を振り返りつつ、発電機という機械を探しに先へと進んだ。





「此処から先は行かせないさ」





ふわりと、風に揺れた赤い腰布に向けられた剣先、木箱を踏み台にして跳躍し、飛んできた斧を剣で弾いた英霊は、そのまま大女に向けて、2つの剣を振り下ろした。


濁った月に照らされた、
その背中はただただ…強く、逞しい男の、それであったのだ。










******************










どうやら発電機というものは、素人でも弄れるように『つくられている』らしい。
機械にそれほど明るいわけでもない名前でも、なんとか見ただけでも修理できそうであることがわかり、早速修理を始める。

カルデアという組織に入ってから一番初めに召喚したあのエミヤという英霊は、限界まで強化された腕の立つ男であるから、きっと大丈夫だろうと、機械に触れる手を速めた。
この機会は弄る所を間違えると、大きな音が立つらしいとの情報を、先程まで此処にいた生存者から聞いたので、慎重に慎重を重ねた動きで、少しでも早く修理を進めていく。

そして、かちりという音が響くと、今まで触っていた発電機から光があふれた。
どうやらこれが修理完了の印らしいが…これでは居場所がわかってしまうだろう、と急いでその場を離れることにした。

残る発電機は3台らしい。これも生存者から聞いたものである。
何故こんなところに人間と、殺人鬼と呼ばれる存在がいるのか…。
それは良くわからない。だが、取り敢えずこの場所を出ないことには、情報収集もできないと、静まり返る森を走る。


遠くで甲高い金属のぶつかる音がして、時折爆発音のようなものも聞こえた。
どうやら彼が戦ってくれているらしい。ということは、殺人鬼は完全にエミヤに集中しているようである。
ならば、これほどのチャンスはないと、急いで走り回ると再び森の中に放置された黒い塊をみつけた。
それに駆け寄ったとき…。その奥に何かの影を見た気がして、名前は木の影となっているその場所を注視した。



生い茂る木の1つ…その根本に、何か…いる。



感じる慣れた魔力に、名前はそれがなにであるかはわかった。
だが、頬を撫でる生温い風に混じる血の匂いに、体が強張り息が詰まるのを禁じえなかった。




「……オルタ…?」




掠れた声でその名を呼ぶと、その影が微かに動くのを感じて、名前は飛びつくような勢いでその影のもとまで走った。
するとそこにいたのは、浅黒い肌を赤く染めた、もう1人の英霊の姿で。

袖を通した短い衣と腰に着けた布は斧で裂かれたのだろう、ぼろぼろであった。
剥き出しの胸や腰、足にも傷を負っているらしい、流れ出る赤が地面までをも赤く染めていた。
根に腰を下ろし、木に凭れている男の前に屈み、瞼が下りたその顔を覗き込む。
今、足止めをしている英霊と似た端正な顔を見つめ、頬に手を伸ばすと、しっとりとした肌に触れる。




「オルタ、…オルタ、…起きて、」




普段英霊は力尽きると、カルデアに戻される仕組みになっている。強制避難という形で戻されてしまうのだ。だから、こうしてまだこの英霊…エミヤオルタが此処に形を残しているということは、そこまでの致命傷を負ったわけではないということである。

ひょっとして魔力が足りないのか、と再度顔を覗き込んだ時。
ぴくりとも動かなかったその筋立った太い腕がぐるりと、細い腰に回ったかと思うと、瞬く間に名前の体が引き寄せられ、急なことに反応できなかった体がバランスを崩す。
伸ばされた男の長い脚の上に腰を落とした名前が、動揺した素振りでその顔を見上げると、ごく自然に唇に触れた柔らかな感触にかちりと時が止まった。





「不意を突かれた。…次は、無いさ」


「……そのセリフ、私が今、貴方に言いたいんだけど?」


「生娘の真似事かね」





じとりとした目で男を睨む名前の、恥じらいに赤らんだ頬を見て、その英霊はくつりと喉を鳴らし笑う。
彼女の魔力が英霊の体に染み渡るように、胸や腰の傷が消え、その後腕や足の傷が跡形もなくなった。つるりとした浅黒い肌に、密かに安堵の息を吐いた名前は、その大きな瞳を釣り上げた。




「生娘ですが?何か問題でも?」





英霊に魔力を供給する手段の1つに粘膜を通した供給方法があり、マスターの持ち得る魔力が少ない場合緊急事態が発生すると、肉体を通した供給が行われることがある。
だが、名前はもともとその身に莫大な魔力を宿していたため、粘膜供給とは無縁だった…筈だが、この英霊を召喚してからすぐに唇を奪われ、俗にいう初キスを奪われた経験を持っていた。唇を通しての魔力供給を好むらしい英霊に、あくまでも魔力供給という名目でならばと開き直った名前は、文句は言うが拒否はしなくなったものの、それ以上はもちろん許していないのだ。




「ほう…。それは結構」




名前のその言葉を、愉しむように細められた金の瞳。
瞳に宿るその光の怪しさに、気づかないふりをした名前は、腰に回った男の腕を外して立ち上がる。
すると追うように立ち上がった長身の男が、もう1人の英霊…エミヤが戦っているであろう方向に視線を移す。




「相変わらず、引きが悪いなマスター。
あれはこちらのクラスに当て嵌めると、バーサーカーといったところか。
面倒な相手だ」


「…オルタ」


「わかっているさ、名前。
足止めはしよう。気に食わんがあの男とな。
だが…別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」


「……深手を負ったら、逃げることが優先よオルタ。
もうあんなのとは鬼ごっこしたくないの」」




浮かんだ不敵な笑みと好戦的な言葉に、一抹の不安が過った名前は高い位置にある顔を見上げる。
ふと、普段の無表情を忘れたように、穏やかな金の目を己のマスターに向けた男はその手を小さな頭に乗せると、その姿を消した。

瞬きの合間に消えた英霊に、ため息を零すと、名前は再び自分の役目に向かって走り出したのである。










**************









がきん、と交差した剣と斧の刃が月明りを受けて鈍く光る。

大女と幾度も刃を交えたエミヤは、その存在を消し去ることは不可能であることに、気が付いていた。
負傷した部位から湧き出る黒い霧のようなものが、直ぐに大女の傷を塞いでしまうようで、切りがない。そして息一つ切れる様子を見せないことから、体力に限界はどうやらないようである。
そうなってしまうと、彼の消耗戦となってしまい、残る魔力の量にじんわりと汗が流れるのを感じた。




「…っ、く…」




持ち得る技や、固有結界ですら目の前の大男の動きを、1分止められれば良いくらいの効果しかない。
だが、赤い腰布を翻し軽やかに着地をした英霊の鋭い瞳には、疲労や諦めの色は見えていなかった。今此処でこの場を離れることは、己のマスターを危険に晒すことになるのだ。例え四肢を裂かれようが、目の前の殺人鬼を止める覚悟は、とうにできている。そう相手を見据えて、再び足に力を込めたのと同時に、突如大女がくるりとその巨体を反転させたのだ。




「なっ!…待て…っ」




そう…目の前の名前は、狂った狩人であり、戦士ではない。
故に相手に背中を向けようが、目的を達成するためならば何をしようと構わない存在である。
それを失念していたエミヤは、すぐに弓を生成し、距離と的の大きさが充分であることから大して狙いもつけずに、矢を放つ。足を狙って放った矢は、大女の足を貫き動きを止めさせることに成功した。



だが、蹲る名前に再び剣を生成したその時、予備動作なしで一直線に飛ばされた斧。

咄嗟のそれに反応が追い付かず、鋭い刃が目前に迫った…。



がうんがうん、…まるで獣の鳴き声のような銃声が2つ聞こえたかと思うと、錆び付いたその斧がエミヤの視界から弾け飛ぶ。耳慣れた音に、体の硬直は直ぐ解けたようで、ばちりと音を立てて生成した双剣を再び手にした。





「無様だな。代われ、俺がやる」


「寝言は寝て言うといいさ。
一度無残にやられた男に、任せられるとでも?」


「ふん。二度はない」





がちゃりと弾丸を装填した英霊は、狙いを定めていた高台から飛び降りて、大女を挟んで赤い英霊と向き合う位置に着地した。鋭い眼が交差し、金と灰がぐと細められた瞬間に、剣と銃が音を立てて大女に向けられる。





「全霊でお相手しよう」


「無能どもが雁首揃えて」





不敵に上げられたその口角。

2人の英霊を取り巻く空気は、森の湿ったそれではなく、まるで砂漠に吹き荒れる砂嵐のように乾ききっていた。












*終わり*
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