手に入れた武器
*エミヤオルタは最終再臨の姿で召喚されています。その後オリジナル展開です。



放たれた光に目を焼かれ視界が正常に戻ったのは、それから暫くしてからのことだ。

どこからか吹き荒れた風が床に乱雑に投げ出されていた本を捲り、軋んだ天井からはぱらぱらと細かな埃が舞う。

ぶれる視界で、先ほどの魔法陣の上に何かが立っているのが見えて、黒い手袋をした手で目を拭うと、もう一度目を凝らすと、それが…酷くゆっくりとした動作で、顔を此方に向けた。




「…っ」




ーーそれは、黄昏の色であった。
昼と夜の間。光と闇の間。
虚ろに見えたかと思えば、時折ふと何かが宿る。不思議な瞳。
肌は浅黒く、筋骨隆々とした体。長身で白い短髪…。
何よりも…全身を覆う肌に刻まれた、黄とオレンジの中間色のような亀裂が、暗い室内に浮かんで見えた。

名前は突然現れた得体の知らない男を、見る。交じる視線に、緊張が走るのを隠せなかった。





「…問おう、…アンタが俺のマスターか」





薄い唇から放たれた言葉を、名前は上手く飲み込むことができなかった。
彼女は偶々地下を訪れ、良くわからない魔法陣を発見し、無意識にそれを行ったから。故に彼女はその男が何であるかも、知らなかったのだ。

深い深い闇を覗くような、緊迫感に苛まれる自分を一度目を閉じて落ち着かせる。





「それが、貴方を呼んだ…という意味であるならば」


「随分曖昧な言い方をするな。…意図したものではないということかね」


「ええ。悪いけど、さっぱりだわ。
…でも、そうね。これも何かの縁だと思って、情報交換しない?」


「…ああ。そうだな。少々面倒だが、どうやらその必要がありそうだ」




やれやれとでも言うように男がそう言った次の瞬間。

…どおん!!と何かが爆発するような轟音が1つ響き、先程よりも大きい地響きが足元を、そして部屋全体を揺らす。
そして何かが雪崩れ込んで来るような音と、無数の足音が名前たちのいる地下の丁度上の部屋から聞こえた。

家に『奴ら』が侵入したのだと、反射的に自分の武器を構えた彼女はその男を再度見上げた。





「取り合えず、場所を移すわよ。戦えるかしら?」


「愚問だな。生かすよりも殺すことの方が得意でね」


「そう、なら1つよ。自分は生かしなさい」





その瞳の、強い光に…男は思わず目を細めた。
名前はその男を知らないが、この戦場を知っていた。長年に渡り様々な戦場を経験した彼女は、そこで起こる戦いを見てきたのだ。それは決して敵と味方の戦いばかりではない。味方と味方。そして自分と自分の戦い。戦いに暮れる人間がどうなっていくのかを、良く理解していたから。

彼女の武器は改造された銃。これは特別製で知り合いの『魔女』と称される研究者に作ってもらったものである。どういう構造かは知らないが、マシンガンやショットガン、ガトリング、キャノンの四種類の機能を持ち、彼女の魔力を通して切り替えを行える優れものであった。ただしその長さは彼女の身長よりも少し短いくらいである…まあ彼女は軽々と片手で持ち運んでいるが。

みしりと地下の入り口が軋む。どうやら居場所を特定されたらしい。
『奴ら』には様々な種類がいることが確認されているが、基本的に生きた人間の匂いに敏感である。
蠢く気配と、醜悪な呻き声が一か所に集まっているのを感じた名前は、くるりと銃を回してガトリングへと切り替えると、ばきっという破壊音と共に銃弾を放った。

出来るだけ音は抑えられるように造られてあるが、銃弾の雨を放つのだ。それなりの音は出る。
その音につられて街中のゾンビが集まる前に脱出するのが目的となるので、入口に群がり銃弾に倒れたそれらを蹴り飛ばすと、彼女は外へと飛び出した。





「中々やるじゃないか。
いきなりガトリングをぶっ放す物騒なマスターは、初めてかもしれん」


「あら、怖気づいた?」


「冗談。…此処から脱出すれば良いのだろう?」





名前に追随して地下を出た男は、此方に群がって来るそれらを見て眉を顰める。
腐り落ちた体、青白い皮膚、それがもう人間ではない存在である、ということは一目瞭然で。

これは話を良く聞く必要がありそうだと、このような状況でも平然としている彼女を見て思う。だがその前に、限りなく押し寄せてくるそれらをどうにかしなければ、と彼女の細い体に触れると一気に横抱きにした。





「な…っ!…ちょっと、何をする気…?」


「この匹数を相手にするのは、無意味だ」






剥き出しの胸板が頬に当たり、浮いた足と体が心許ない。
突然のその行動に動揺を見せる彼女に構わず、男はそのまま近くにあった窓を突き破り外へと飛び出した。
がっしゃん!と割れたガラスの音は聞こえた。しかし飛び散ったガラスから彼女の目を守るためだろうか、固い胸板に顔を埋めさせられたために、視界が塞がれてしまい、どうなったのかはわからなかった。

そして、気が付けば名前は街の外れに立つ、廃墟の中にいたのである。







*****************







一度戦地を訪れると、清潔なベッドや部屋で体を休められることは無い。
どこもかしこも荒らされ、人がいた痕跡すら腐り果てた、最悪の環境の中での生活を余儀なくされる。
そのような場所に比べれば、埃の積もった倉庫などまだ良い方である。問題はいつでも脱出出来るような造りであることが重要なのだ。

此処は、街のシンボルとしても聳え立つ王宮の秘密の部屋である。
要するに『王宮の闇』が詰められた、関係者以外立ち入り禁止の地だ。

故に頑丈な造りをしており、隠し通路が幾つもあることは確認済みであったので、名前が指定して男に連れて来てもらったのだ。どうやら男の方が足が速く、彼女を抱き上げた状態でも、速度は落ちない。寧ろ高いところから飛び降りても怪我一つ負わないために、ショートカットが容易だ。なので渋々彼女は横抱きにされたまま大人しくしていたのであった。





「酷い世界だな、此処は」


「…もうどこもこんな感じよ。無事なところなんてなにもない」


「……聖杯、という言葉に聞き覚えは?」


「聖杯…?」





白い大理石だろうか石の素材で出来た固い床に、違う足音が2つ響く。
中の状態を確認しつつ、お互いの情報共有といこうと言ったのは男の方であった。

街の状況と、街中を彷徨う人間だったものを嫌というほど見た男は、この場所…いや世界が、己のいた世界ではないのではないかと、ほぼ確信していた。聖杯のもとに起こる戦争はいつだって英霊とマスター同士の戦いであり、一般の人間同士で戦うことはない。第一、あのようなゾンビなど見たこともないのだ。





「そうか、…それならまず、俺という存在について話そう」





静かにそう言った男は、己の世界について語り始める。
英霊、聖杯、聖杯戦争…魔術師、一つ一つを噛み砕き説明されるそれらに、彼女は意外そうに内心驚いていた。
彼女が初め男に抱いた印象は、機械のような無機質な人、であったから。
どこか遠くを見る虚無の視線に、淡々とした話し方。感情を見せないその端正な顔はどこか冷たい。





「…英霊、という言葉は聞いたこともない、聖杯に関することもね。
でも…魔術師や魔術という言葉はあるし…」



「……?」



「一般の人は信じていないけど、私は少し訳ありなのよ」





倉庫、といっても管理システムまできっちりと備わっているようで、制御室にはパソコンやら監視カメラのモニターといった機器が備わっていた。鍵は途中で調達したので難なく中に入ることが出来た名前は、キャスター付きの椅子に腰を下ろして、銃を抱く。





「私は日本で…魔女の血を引く家系に生まれたの。でもそんなことは関係なく普通に育ったわ。
だからそんなこと、忘れてた。
…いつだったかしら。学校を卒業するときにね、ある事件が起こったの。
アメリカから渡ってきたウィルスによって人間がある日突然化け物になる。まるで映画の中の世界の話ね」





ぽつりぽつりと語り始めた名前の話を、男は黙って聞いていた。






「それはね…最悪なことに私の学校で起きたの。同級生が突然発症して、学校中がパニックになった。
逃げて逃げて逃げ惑って…運が良いのか悪いのか、生き残ることができた。
でも、その時私…噛まれていたのよ、あれに。体液からもウィルスに感染する。だからその時はもう終わりだと、思った」





恐ろしい記憶は、何故消えてはくれないのだろう。
今でも鮮明に思い出す忌々しい、あの現実から到底かけ離れた一夜は、彼女に修復不可能な傷を刻んだ。
幾度も幾度もなぞったその傷は、眠る度に夢という刃に抉られ、塞がることを拒むようであった。それは彼女の潜在意識から来る、忘却への抵抗であるのか、それともあの夜に死んだ者達の生者への呪いか。

細い腕を組んで淡々と語る彼女に、男は無感情にも見えるその瞳を向ける。
恐らく己を呼び出したこのマスターが、初めて得た主人であると思う。やけに静かな女だと思った。己の醜い姿を見ても何も言わず、己の存在を拒絶ではなく把握しようと言葉を交わした。この異常な状況が彼女をそうせざる負えないものにさせたのか、それとも元々の性分かはわからない。だが何かを悼むような、彼女の瞳を見て、ざわりと騒ぐ何かがあった。






「貴重なサンプルとして、でしょうね。
私はそのまま研究所の地下に収容された。毎日血を取られたり、皮膚を削がれたり、散々な目にあったわ。まあ…そうするしかなかったのは理解できたから、大人しくしていたけれど。
けどある日、対生物災害組織から声が掛かった。

『君は特別な存在だ。その力が我々には必要なんだ。協力してくれれば世界が助かる…君は正義の味方になれるんだ』

なんて、口説かれたけど、正直どうでも良かったわ。
研究所に缶詰めにされて、いつか来るのかわからない感染に怯える日々に限界だったから」





当時、名前には知らされていなかった。彼女にはもう感染のリスクが存在しないことを。
怪我をすれば即座に塞がり、身体能力の向上や外部及び内部の環境的変化に対応できる、最早人間離れした力が彼女に宿っていた。だからこそ、国は彼女を武器として鍛えることにしたのだ。

『化け物と罵られるよりも、正義として賛美される…。君にとっても良い話だろう?』

彼女を売った、研究所のボスは、何故か誇らしげに笑った。それはそうであろう、名前を実験素材として使用し、数多の論文を生み出したそのボスは、今ではその業界のスターに成り上がったのだから。その男は名前をどう見ていたのだろうか。世界に一つだけの貴重なサンプルか、自分が暴き立てた作品か…わかることは1つ。誰も彼女を自分たちと同じ人間として、見てはいなかったのだ。





「それから、また違う地獄の日々が始まった。
戦うための術を、殺すための方法を学び、そして実戦に出たの。
正義の味方になれ。とか都合の良いことを言った癖に、私が出る戦場の作戦は全て『殺戮せよ』だったわ。
そもそも…救う方法なんて教えてくれなかった」



「………っ」





抑揚の押さえられた、感情のない言葉。
ざわりと、男の胸が波打つ。そして体中の亀裂が疼くように痛んだ。




「それで、そう…ある日ね、戦地で『魔女』と呼ばれる少女を助けたの。
表向きだけど、技術士としても優秀だった彼女に会って、思い出した。自分の血のこと。
一通りのことを教えてもらって、そしてこの銃を貰った。
魔女でいう箒と同じ、私にとって最高の武器…」





銃に触れながら、そう呟いた名前は口を閉ざした。
暫く流れた沈黙に彼女は余計な話をしたかと、男に目を向け、そして目を見開いた。





「……貴方…」





闇を見据える金の瞳は、相変わらず感情を映さない。
だが、彼のその目から1筋の涙が流れ落ち、頬を伝っていた。その感情無き涙を目にした彼女は、ゆっくりと立ち上がり、男に近づく。そして、自分よりもずっと背の高い男に、ぐっと背伸びをして手を伸ばした。

ぎこちない手つきで彼の頬に触れた彼女は、何も言わずその涙に触れる。





「私の傷は、今話した通りよ。
……今度は貴方の番」


「…俺は…。記憶を、持たない。だが自分のことはある程度わかっている。
記憶が維持できず、味覚を失った…ポンコツだよ。マスター。アンタが何故俺を呼べたのかは知らん。だが、外れを引いたな」





ふと歪に上げられた口角。だが彼女にはそれが笑みとは思えなかった。
男は戦いに関する記憶以外持てないのだと言った。そして、味覚も欠如しているだと。
英霊である以上、マスターを忘れることはないだろうが、話し相手にはなり得ないだろうよ、と言う。
その様子を見て、彼が自分の瞳から流れるそれに、気が付いていないのだと、彼女は目を細めたのだ。





「…それなら、安心ね」


「………安心、だと?」


「この世界は、どこにいっても戦場よ。
貴方が忘れる暇なんてあると思う?」





それは、静かな…そう、月のような笑みであった。
声を立てて快活に笑うのではなく、ただ穏やかでどこか遠いその笑みと言葉に、思わず目を見開いた。
その時、じわりとした熱が丁度彼女が触れている頬の部分に感じ、同時に名前も驚いたように声を上げたのだ。





「…傷が、」





男の額から頬にかけて伸びる裂傷、そのうちの名前が触れている部分が消え失せていた。傷の痕すら残らない、その肌を見て彼女は思案する。そしてあることを思いつき、男を見上げた。





「ねえ、ちょっと座って頂戴」





自分の頬がどうなっているのか、確認できない男は、戸惑ったように瞳を揺らす。初めて男が感情を顔に出したのを見たと、内心で思いつつ、彼女は男の大きな手を引いて、先程まで自分が座っていた椅子に座らせた。
マスターと英霊は魔力で繋がる、と彼女はこの男から聞いた。それならば魔女と称される友人から教わった、銃を使うのと同じように、魔力を巡らせれば…もしかしたら、と思いついたのだ。

名前はその生い立ちからか、それともウィルスの影響か、その身に宿す魔力は膨大で、何よりもそのコントロールに長けていたのだ。緻密に細部まで、行き届くように魔力を操ることはとても難しい。それが彼女には容易なこと。





「…目を、閉じて」





昔から、彼女には悪い癖があった。頭の回転は早いのだが、その考えを相手に伝えることが下手くそであったのだ。基本的に説明不足なので、相手からすれば突拍子のないことをされるので、戸惑ってしまう。自覚はあるが、ひらめいたことは直ぐに試さなければ、気が済まないその性格もあり、修正は出来ていない。

男もまた、彼女の行動を不可解そうにしていたが、短い付き合いでも何となくその性分を見抜いていたので、大人しく言われた通りに目を閉じた。





「……………」





名前は、男の額にそっと人差し指をあてると、彼女もそっと目を閉じた。
そうして浮かんで来る『線』に集中した。その線は人に流れる『気』のようなものらしい。故に個人差があり、一直線であることは少なく、複雑に絡み合い、波打ち、まるでその人間を表しているかのようである。
その線を解すように、力を流し込んでいく。力を入れ過ぎてはいけない、でも弱すぎてもいけない。絶妙な加減が必要とされる。これは、名前が友人から教わった、曰く治すための魔法…らしい。

針に糸を通していくように、緻密に、彼の途切れたものを繋ぐように。





「……」





体が…溶けていくようだ。と男は巡る熱に、小さく息を吐く。
まるで、そう『過去』に味わった、『中身の消失』と『外身の腐敗』と同じ感覚に、脳がぼやける。そうして心地よいとすら感じたその感覚が、1つ1つまた繋ぎ直されていくのを感じ、どこかぼんやりとしていた思考が、鮮明になっていくのがわかった。『糸』により、己がまた…戻っていく。閉じている視界に、浮かんできたのは男が無くした過去の記憶で。





「………ああ、…そうか」





額に汗を浮かべながら、懸命に繋ぐ…彼女に感じたもの。それは己と同じ結末を辿ろうとするものへの…。だが彼女の場合は違う。守られるべき存在である筈なのに、戦場へと吐き出された…女性なのだ。
蘇るはいつか未熟な己が憧れた『青』。しかしその面影は重なることなく消える。

名前の清廉な魔力が男の体を巡る。男のものであって男のものではない、それらを流すかのようで。





「…もう、充分だ。よくやってくれたなマスター」





先程までは感じなかった男の声に乗せられた、はっきりとしたもの。
名前がその目を開けると、虚無を滲ませていた金のそれは、確かに意志を湛えそこにあった。
朧月が煌々と輝く満月に姿を変えるが如く、男は確かにそこに存在した。





「マスター、名は?」


「…名前よ」


「そうか。…俺は、そうだな…オルタとでも呼ぶが良いさ」


「オルタ…ね。良くわからないけど、成功したようで良かったわ」


「ああ、感謝しよう。
自分という存在が融けていく、あの感覚も悪くはない。
だが…それではアンタの役に立てんからな。夢を惑う時間はもう終わりだ」





汗を拭いつつも疲れを滲ませた名前に向けて言ったその言葉には、様々な意味が含まれていることはわかった。
過去との決別。自分ではない自分からの離脱、そして自分という存在の確立。
虚ろである自分を殺し、自分という存在に組み替えたのは…最悪の世界で足掻く、正義の味方にされた名前というマスター。悪くない…いや、最高の気分であった。





「前言撤回をしよう、名前。
アンタはこの腐った世界で、あたりを引き当てたのだよ」





電源の入っていないパソコンのモニターに映された男の姿。
そこには…あの禍々しい傷はもう1つもなかったのだ。








*終わり*
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