羽音の選択
・男主人公
・衛宮士郎の兄貴分であり父親のような存在
・エミヤ及びエミヤオルタにヤンデレ成分が入っています
・いろんなキャラ(男女問わず)に愛され
*SNで死んだ主人公がいくつかの次元を経てカルデアに転生した話です
いくつもの生を繰り返し、いくつもの死を巡った。
男の魂は裁かれることなく、語り継がれていく物語の一部となり、ただ輪廻の導くままにそこに存在した。天国も地獄も知らぬ名前は、ただ現を彷徨い、ただ死を待ち、生を迎える。
男は『こどく』の王であった。長い道のりの中で最早人とは呼べぬほどの力と知恵を手に入れた。しかしその心は、人間のままであったのだ。それが名前が抱える唯一の弱点であったのかもしれない。
「名前、ねえ!聞いてる!?」
「ああ、聞いているさ。買い物に付き合えっていうんだろう?」
「…なんだしっかり聞いているじゃない…
それならちゃんと、反応してよね!」
「お前の声が聞こえないわけないだろう」
快活な少女の声に、そう瞳を細めて笑った名前は、艶のある低音を震わせて軽く笑った。
居間に置かれた座椅子に凭れて座り、本を読んでいた彼は、突然開け放たれた襖に驚きもせず、入ってきた少女を視線で迎えたのだ。そうして「明日買い物に連れて行きなさい!」と相変わらずの調子で言ってのけた少女に詰め寄られることになる。
慣れたように言葉を交わし、自分の隣に腰を落とした少女に、空いているほうの手で自分の膝を指すと「今日は此処じゃあないのか」と笑ったのだ。
「ば…っ、ばかね…!もう子供じゃないのよ」
「そうか」
「で、でも…どうしても、っていうなら…座ってあげても、良いけど…」
「ふふ、そう簡単に兄離れされては寂しいよ、凛」
穏やかに笑うその名前を、昔から少女は慕っていた。
だが、世話役として幼い頃から自分の面倒を見ていた彼のことを、少女は良く知らない。家の関係である日突然やって来た名前は、とても優秀で誰からも信頼されていた。ただそれだけである。
そして、ある日突然に消えたかと思うと、丁度少女が聖杯戦争に足を踏み入れてから再会することになった。『衛宮士郎の義兄』として。
名前の長い脚の間に座り、服の上からではわかりにくい固い胸板に凭れる。幼い頃はこの体勢を何気なく強請って、何気なくしてもらっていた…のだが、いつからだろうか、抵抗を感じるようになったのは。抵抗といっても悪い意味ではない。ただそう馬鹿みたいに騒ぐ心臓と、じわじわと熱くなる頬や体が、いつ名前に知られてしまうのかと考えると、気が気ではなかったのだ。
その現象から推測される答えを、少女は知っていた。そしてそれを素直に口に出すことは出来なかった。優しい瞳が、少女を妹以外の女としては見ていなかったのを、敏い少女は見抜いていたから。
「今度は何が欲しいんだ?」
「えっ!…え〜と、そうね…そろそろ寒くなってくるし、マフラーと手袋と…あと、スカートが欲しいわ。それにニットのワンピースも良いわね」
お年頃、というのだろう。
暫く落ち着かなそうに、でも幸せそうにその大きな瞳を動かしていた少女は、名前の問いかけに指を折りながら欲しいものをあげていく。高校生ともなるとお洒落に気を遣うようになる。少女に、優雅であるためには、身嗜みも大事だと教えてきた彼の影響か、少女は美的センスも中々に良い。
「あとね、…香水も欲しいわ」
「香水?」
「ええ、名前のような素敵な香り、私も欲しいの」
「…ふむ。俺のは男物だしな…。わかった、明日見てみよう」
くるりと体を反転させて、その細い両腕を名前の胸に巻き付けた少女は、上目遣いで見上げた。
乱れた少女のスカートに、さり気なく炬燵の布を被せた彼はその頭をぽんと撫でると、香水を扱っている店がある場所に思考を回し始める。ちっとも自分を見ない淡白な彼に頬を膨らました少女は、その胸板に顔を埋めた。
「凛?どうかしたか?」
「なんでもないですよーだ」
「…そうか?それならy「兄さん?…げっ、遠坂…来てたのかよ」」
「げっ、とは何よ。それはこっちの台詞でしょ?アンタいたの?」
「俺の家なんだからいるに決まってんだろ!それに兄さんから離れろ!!近い!」
「いやよ。此処が私の席なの」
良く響く少女の声が聞こえたのだろう。奥にある台所から、1人の少年が顔を出した。
この少年は名前の血の繋がらない弟であり、彼もまた彼を誰よりも慕っていたのだ。
夕陽の色をそのまま映したような髪に、少し暗い金の瞳、少女と同じくらいの年であろう少年は、不機嫌そうに少女にそう吐き捨てる。そんな少年とは真逆の表情を浮かべた少女は、べーと赤い舌を出すと、ぎゅうと名前に抱き着いた。
それに更に怒りを強めた少年に、更に噛み付く少女。喧嘩する程なんとやら、とのんびり様子を見ていた彼は、まあまあと彼らを宥めると、少年に視線を向けた。
「士郎。そろそろ夕食にしよう」
「…っ、…兄さんが、そういうなら」
「さあ、凛。お前はどうする?」
「まさか私が此処で帰ると思っているの?」
「…だそうだ、士郎」
「はあ…わかっているさ、こうなることぐらい」
「そういえば、凛…。お前のサーヴァントはどうした?」
「………さあね。またどっか行ったわよ」
少女の英霊…。赤い外套の弓兵は、今日も不在らしい。と名前は少し視線を動かす。始めてその英霊を見て以来、その姿を見ることも声を聞くことも少なくなった。
何故か『彼』は名前を避けるように、突然いなくなるのだ。主人である凛がこの屋敷に来ても、彼は名前がいる時は必ず姿を消している。
それが何故か、とは問わない。名前はその理由を解していたから。ただそれを周りに言うこともしない。それを語るには少し…、非現実的であるから。
名前は隙があれば口論をはじめる2人を宥めつつ、夕食の支度を始めるために立ち上がった。
*********************
それからはいつも通りであった。
少年と少女の賑やかな声と、少年の英霊がその食欲を存分に満たす姿、そしてそれを穏やかに見守る名前。その暖かな食卓は名前にとってとても大事なものである。今日は不在だが、少年の先生であり保護者の1人である女性も混ざると更に賑やかさを増す。
そうして、あっという間に過ぎた時間の後、夜遅くに女性を帰すのは心配だからと、少女を泊めることにするのはもう日課となっていた。人数が多いと風呂のタイミングに気を付けないといけない。女性が2人もいるので、出来るだけ遅い時間に入浴することにしている名前は、この日も、風呂を出たのは深夜のことである。まあ、大抵本に集中し過ぎて気が付けばその時間になっているので、決して女性陣の所為ではないのだが。
そろりと襖を開けて、それぞれの部屋で寝ている士郎と凛そしてセイバーと呼ばれる青の女騎士の様子を確認すると、名前は自室の方へと足を向けた。
冬の匂いが混ざる夜風が、名前の寝間着代わりである着流しを揺らし、澄んだ空に広がる月が嫋やかに浮かぶ。自室からはそれが良く見えるので、ついつい縁側に出て、夜風を楽しむのが癖になっていたのだ。
「ああ、来たか…。今宵も良い夜だな」
月から視線を外さずに、告げたその言葉は名前しかいない空間に静かに響いた…と思ったが、ギィと木の板が軋む音が1つ返されたと思うと、とある影がそこに現れた。
明るい月明りに照らし出され、夜風に赤い外套を揺らした男は、すとその瞳を細めて己を見ない名前に近づいていく。
「体を冷やすだろう、中へ」
「ふふ…お前も相変わらずだね」
男が開け放った障子に漸く視線を動かした名前は、素直に部屋へと入る。すると伴うように入って来た男が、また障子を滑らせて閉めた。外と中を隔てる薄い障子。だがそれは結界のように2人を守るもの。
敷かれた布団に腰を落とした名前は、少女の英霊である彼に視線を向ける。すると赤い外套と腰布を取った英霊はゆっくりと名前に近づいて、膝立ちになると、掻き抱くように抱き締めた。
「お前に嫌われているのかと思ったが、嫉妬とは可愛いものだねぇ」
「……俺が名前を嫌うわけがないだろ。
それに名前の前だと、俺はどうしても、『俺』に戻ってしまう」
「俺からすれば、嬉しいことだが…。
まあお前の選んだことだ。口は出さないさ」
「…だが、苦しい…。苦しいんだ、名前」
「………」
「名前に触れる…自分のマスターも、未熟な自分も、嫌で仕方がない…っ。名前は…、俺の、兄さんなのに…」
褐色の肌に包まれた、固い体。正義の味方になりたいと少年が願ったその日から、名前は少年を鍛えた。鍛えられ打たれぬいた『剣』のような体と、精神は、最後までその少年を支え続けることになる。だが…英霊となった青年は、失ってしまったのだ。目の前の彼にとって全てと言える大事な存在を。
故に、英霊は毎晩のように名前を求める。全てを救うために、なくした1人の最愛を。
「落ち着け、今この時間は…俺とお前以外、いないさ」
否定も、肯定もせずにただ静かにそう囁いた名前は、そっとその大きな背中を撫でた。
すると端正な顔立ちが、名前の視界を埋めたかと思うと、灰の瞳がぐと近づく。存在を確かめるかのように、名前に触れる褐色の手が、頬に触れ苦しげに細められた瞳が、救いを求めるように名前を映した。
「…俺だけの…名前」
きっとこれは自分の所為なのだろう。と名前は冷えた頭で思考する。名前は、衛宮士郎という幼い子供を広い育てた。そして目一杯の愛情を注ぎ、父親代わりにも兄代わりにもなって来た。そして自分の理想を叶えるために必要な力や知恵を与えつつも、その優しい性根を失わないように強く育てた。
だがそれが逆効果となってしまったのだ。
…名前が姿を消したと同時に、少年の心は壊れた。
名前の過ちは1つ、少年が抱く感情に気が付いていなかったことだろう。
「………ごめんな、……」
ぽつりと呟いた懺悔の声は、その夜も届くことはなく、冷えた風に消えていったのだ。
*********************
視界を舞う、青い蝶を名前は頬杖を付きながら、目だけで追い駆ける。
「そんな熱っぽい目を向けて、どうかしたかね…マイキング。
さてはついにこの私のすんばらしい魅力にメロメロになったのかなァ?
それは素晴らしいことだよ、マイスイート!!解かれたことのない数式がある日突然、天啓の導きの如く、答えを得た、あの瞬間のように尊いものである。さあさあ、解が分かったのならば後はその口で、照明するだけさ!さあ!!」
「バタフライエフェクト…」
ひらひらと瞬く、透けるような青い羽根に、黒という色が存在感を付けている。
まるで蝶をモチーフにしたようなその男は、すらすらと台本でも読むような、だが熱の籠った…そう講義でもするように、薄い唇から言葉を零していく。だがそれを軽く受け流した名前は、涼やかな瞳を、蝶のそれのように瞬かせると、ぼんやりとした瞳でぽつりと呟いた。
「バタフライエフェクト、それはとある気象学者が講演した題名から来る概念。
力学系の状態に微かな変化が加わることにより、どれだけ微細な変化であったとしても、それの有無により結果が大きく異なる現象のことだ。これはどんなに初期の誤差が少なくとも、時間の経過及び組み合わせによって大きな影響となる。そしてそれがどんな未来に繋がっていくのか…誰も知りえない。
それで、それがどうしたのかな、名前」
「これまでに、いくつもの選択肢を選んできた。その状況に合わせた最善なものを。
常にとは言えないだろう。俺だって人間だ。時に誤差は生じるさ。…それでも…一度その選択をしてしまった。それがまさか此処まで響くとは」
「ふむ…君が言いたいことはわかるさ。しかしそれを今悩んで何になるかね。壊れたものはもう直らない。ならば直さなければ良いのさ。僕の助手である君ならもう答えは得られているのだろう」
「…助手になったつもりは、ないが…。
まあ、お前に認められていると思って、素直に受け取っておくさ」
「ちょっとーっ!きみたち、この私を無視してなぁーに良い雰囲気になっちゃってんの…!?」
「無視はしていないさ、教授。あまり興奮すると腰を痛めるぞ」
カルデアの談話室の片隅で不定期に行われるようになった推理ゲームは、中々に楽しいものであった。実際に解いて来た難解な事件を基に作り上げたストーリーを、語り手役として語り、残りの2人がそれを暴く。犯人を間違えるごとにペナルティ、そして全ての謎を解いた方の勝ちとなる。勿論ストーリーは全て聞かなければならないし、早く犯人を見つければ良いというものではない。このゲームは以下にしてトリックを早く見破るか、である。
神憑ったとしか言いようのない頭脳や洞察力などを持つ探偵と、数学教授ながらもその卓越した脳で巧妙な犯罪計画を生み出す悪の父を相手にするとなると、相当骨が折れると名前は語る。だが、こうして2人が時間を割き、不定期ながらも頻繁に開かれることからしても、英霊である2人もこのゲームを楽しんでいることが伺えるだろう。実際に、この探偵や教授はこの時間を何よりも大事に思っていたのだ。
「…今日は、調子が良さそうだ」
「ほう、それは楽しみにしておくことにしよう。
君の勘は素晴らしいものだからね」
「また英霊(ヒト)が増えるのかァ…。まあ、構わないけどね!
でもマイキングは面倒見が良すぎるからナー。あまり放っておかれると、何するかわからないよ?なァーんてね」
洞察力や観察力に優れた彼らだからこそ、なせる会話なのだろう。
名前の視線や瞳孔、そして仕草から、彼が何をしようとしているのかを読み取った2人は、それぞれの反応をみせる。そうして席を立った名前は、また次を楽しみにしていると軽く微笑むと、その足を動かした。
「冗談、ではなさそうだな『教授』」
「はっはっは…なんのことカナー?」
去っていくその背中を見送った2人は、悪い笑みをその顔に浮かべると、それぞれの思考を回し始めるのであった。
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カルデアという組織の中で、人類最後のマスターの1人として時には職員として奔走する名前は、もう1人のマスターと異なり、あまり英霊を多く持たない。その理由として挙げられるのは、通常時に召喚を行っても、英霊が来ないことにあるだろう。むやみやたらに引いても、概念以外のものは得られないということである。
では通常時以外というのは、いつか。それは彼が『何かしらの予感』を感じた時のみであった。言葉を変えると先程の青い蝶の紳士が言っていた、天啓の導き、というやつなのだろう。
談話室を出た名前が召喚部屋へと歩いていると、カルデアの数多の英霊に声を掛けられる。ご武運をとか幸運を祈るなどの言葉が飛び交うあたり、もう名前がどこに行こうとしているのかは周知のことなのだろう。広く長い廊下を歩く。白い壁と床に囲まれた施設内は何処か現実味がないように思えて、初めの頃は息が詰まる思いがしたと、すっかりこの施設の一員となった名前は少し目を遠くした。
「…にいさん。…名前…」
「ああ、オルタか」
そんな白に覆われた廊下の先に、浮き立つような黒が佇んでいた。
黒い肌を覆う黄色い亀裂と、どこか虚ろな金の瞳、その顔が宿す面影を名前は良く知っていた。かの赤い弓兵よりも高めの声。この声を聞く度に言い知れぬ罪悪感と、愛おしさに胸が締め付けられるのだ。
そう…この英霊は、誰よりも、名前の愛する『弟』に遠く、近いのだから。
「召喚か?…俺も、同行しよう」
虚ろなそれは、名前の姿を映す間だけはっきりとした光を宿す。
記憶と味覚を失くし、己の正義を亡くした男。朧げな記憶に存在する『最愛の家族』であり『死んでも恋焦がれた』名前に、このカルデアで再開した英霊は盲目に名前を求め続ける。英霊は恐れたのだ。己の中に点在する淡い蛍のような光…即ちその名前の記憶が、消えてしまうことを。
緩めた表情で英霊を見上げ、頷いた名前は彼を伴い部屋へと入った。
…バタフライエフェクト。
脳裏に浮かぶのは先ほど探偵がより詳しく説明した、1つの言葉。
昔名前が燃え盛る町で助けた少年。もしも自分が…あの時、手を差し伸べなかったのならば…。もしかしたら、このエミヤオルタという、存在は此処にはいなかったのかもしれない。これは傲った考えだろうか。だがもしもこの物語に自分が存在しなかったのならば。
「にいさん」
「…ん?」
「どうか、したか?」
「いや…なんでもないさ」
良く磨き上げられた剣を滑る、鋭い光。それを連想させる瞳が、名前を射抜く。
英霊もまた知っていたのだ。目の前のマスターであり義兄であり最愛である名前が、何故痛ましそうに愛おしそうに己を見るのか。その理由をよく知っていた。
「…お前にとって、何が一番幸せだったのだろうな」
「知れた、こと。俺は名前…アンタの傍にいる時が、心地良い。
感情が記憶が混ざり合い溶けていく、それがなんとも甘美で堪らないのだよ」
「違うさ、違うんだ…」
「……名前。何を悔いている?何を嘆いている?
俺は、随分昔から『こう』だった。アンタが気が付かなかっただけのことさ」
「………」
「なあ、名前…。アンタは、誰を見ている?」
どろりと濁った、闇。澄んだ金の瞳を翳らせたそれが、名前の背中をぞくりと震わせた。
顔と剥き出しの上半身に走る亀裂のような傷、名前はそれが自分の犯した『罪』だと思っている。だからこそ名前はこの英霊から目を逸らせないし、放っておかないのだ。時にはあの腐っていない自分よりも優先してくれる。歪んでしまった英霊にとってはそれが愉しくて仕方ないのだ。『漸くこの名前が自分だけを見てくれる』その為ならば腐り落ちた己を歪なまま保つことも厭わない。
それが目の前の酷い男を、苦しめたとしても。手に入れるためならば。仄暗い笑みを刻んだ英霊に背を向けた名前は答えを口にすることはしなかった。
「……召喚の時間だ、オルタ」
「お望みのままに」
召喚台に聖晶石をセットし、自分の魔力を流し込む。
カルデアの補助がなくとも名前には数多くの英霊を維持できる程の魔力を持っていた。だが郷に入れば、という言葉もある。それにもう一人のマスターとも共有できるという利点もあるので、名前はいつも通り詠唱を省いて召喚を行った。
すると、一斉に召喚装置に電気が走り、ぱちぱちとした白い光が部屋に弾け視界を奪う。
強烈なそれから目を守るために腕で顔を庇うと、やがて光が落ち着いて1つの影が姿を現した。
「よっと。…やーっと来れたぁ!!良くこの私を呼んでくれたわね…ます、た……ぁ」
金と白の衣が空を揺蕩う。
ふわりと遊ぶ艶やかな漆黒の髪とその性格を表すような強い瞳が、名前が妹のように大事にしていた少女と重なり、思わず息を飲んだ。それはその英霊の方も同じであったらしい。赤い瞳を見開いたかと思うと暫く硬直した後、空に浮いたその体を滑らせて勢い良く名前に飛び付いた。
「…っ、この…ばかばか、!ばか…ぁ!
なーんで!!この、私を!!置いていくのよ…っ!馬鹿名前!!」
「…ちょ、ちょっと待て、…お前は「そう、だけど違う。でも…今は」」
どんどんと胸を叩かれ掠れた声で責め立てられた名前は、困惑を隠せないまま、その細身を支える。口調も仕草も、そして『香り』も…全て少女のもので。それを認識した脳がくらりと揺れるのを感じた。
「それくらいにしておけ」
「なによ!アンタだって、あんなに私が、全部に始末を付けていたら最期には必ず燃え尽きるんだって、あれだけいったのに、愛しのお兄様と同じ末路辿ってんじゃないわよ!言っておくけど私認めていないんだからね!」
「死んでもじゃじゃ馬は治らない…か。成程。
それにアンタに認めてもらおうとは思っていないさ。にいさんは昔から俺のものだ」
「その言葉そっくり返してやる!!
この私が来たからには、あんた達の好きにはさせないんだからね!」
衛宮士郎が巻き込まれた聖杯戦争に所縁あるものしか、どうやら自分は呼べないらしい。と懐かしいその口論を流しながら、眩暈のする頭でそう結論を出した。
その時の戦争で名前は、確かに彼らの前で死んだ。それも『最悪の死に方』であったと思う。簡単に言うと、弟を含めた全員を裏切って、死んだ。
その後また輪廻が巡り、カルデアに辿り着いたのだが…。まさか此処で、エミヤを始め、クー・フーリンやギルガメッシュ、そして挙句にこの少女にまで、行き着くとは思わなかったのである。
「……イシュタル」
「なあに、マスター。あら…お兄様の方が良いかしらね」
「勘弁してくれ」
「ふふふ…はいはい、名前」
流石は女神に名を連ねるだけある、とそのうつくしい微笑みを見て、名前は思った。
それがどんなに意地の悪いそれであろうとも、どこか…可愛らしくみえてしまうのは、あの少女の、形を成しているから…なのかもしれない。
「にいさん、気は済んだろ。行くぞ」
「…し…、いやオルタ、待て…」
「待たん」
「あらぁ…いっちょまえに、私から名前を離そうっていうの?」
軽やかに浮く体をそのままに、名前の肩に白い手を置いた女神は、依り代とした少女が強く出てきているのを感じて面白そうに笑う。これは退屈しなくて済みそうねぇと暢気な言葉を呟いた彼女もまた、彼が織り成す、『蝶の羽ばたき』に巻き込まれていくことになるのだが、それはまた次に語ることにしよう。
*終わり*
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