生と死のワルツ


「お兄ちゃん、ちょっとコレ確認して欲しいんだけど……」

「ああ、どうした。リツカ」

「今日の編成なんだけど、こんな感じで行こうと思うの」

「……ふむ、悪くはないが相性を考えると微妙だな。
ただ戦力のごり押しになるぞ」

「やっぱそうだよねえ、どうもピンと来なくて」

「なら、ヒントをあげよう」


以外にも充実しているカルデア施設は、食堂や研究室、自室の他にも様々な娯楽用の部屋が多く備えられている。その中の一つである談話室にノートパソコンを持ち込んで、仕事をしていた名前は、恐る恐る掛けられた声に顔を上げた。
赤を基調とした質の良いソファーに座る名前の隣に腰を落とした蜜柑の髪の少女…リツカは、手に持っていたタブレットを名前に見せる。それを覗き込んだ名前は、少女が悩みに悩んだであろう次の任務の為の編成欄を見て、良い点と悪い点を丁寧に教え始めた。
名前の話を熱心に聞いてメモを取るリツカに、すぐに答えを教えず考えさせた名前は、うんうんと眉間に皺を寄せて頭を回す彼女が出した答えに、小さく微笑んだ。


「セタンタ」

「わかってらあ」


名前の声に応じるように、ソファーの後ろから顔を出した英霊は、背凭れに青い髪を垂らして名前の首に後ろから腕を回す。ぎょっとして目を見開いたリツカに、片目をぱちりと閉じた英霊は、タブレットに更新された編成を見て、げっと声を上げた。


「これが最善だ、リツカ」

「マジかよ……。あのなあ兄貴、いくら戦力的に相性が良くても、人間と同じで英霊同士も相性があるんだぜ」

「知っているが?」

「……あいっかわらず鬼畜だな」

「問題ないさ。何かあっても、お前がいれば踏ん張れるだろ。
リツカを守れよ。顔に傷でもつけたら……わかっているな?」

「……しゃーねえな、俺に任せな」


それは信頼という名を盾にした脅しに近いニュアンスを含んでいた。
何だかんだ文句は言うが、クーフーリンという英霊が周りとの調和と、一番槍から盾役まで遣り遂げることを、一番良く知っているのだ。
名前の言いたいことを瞬時に理解した英霊は、ぐと言葉を詰まらせるしか出来なかった。


「でも、良いの?お兄ちゃんの英霊二人とも連れて行っちゃうよ?」

「問題ない。少なくとも今はお前が優先だ」


令呪は持たなくとも名前はリツカと同じマスターである。
しかし、立場は同等なようで同等ではないことを、リツカはわかっていた。
いつか並び立つ日が来るのだろうか、と瞳を伏せた彼女を見て、名前は蜜柑色の髪を撫でる。


「セタンタ」

「へいへい、仰せのままにってね。その代わり帰ってきたらたっぷりご褒美もらうぜ」

「成果報酬だ。お前の仕事次第だよ」


言外でランサーである方の英霊を呼びに行けと視線で伝えた名前の耳に、正確に意図を読み取ったらしい英霊はその唇を近づけると、色を乗せた声で囁く。それに表情を変えずに返された言葉に、笑みを深めた英霊はまたなと少女に片手をあげると、談話室を出て行った。


「さて、身支度が必要だろう…リツカ」


いつの間にか名前の手には綺麗な彫刻が成された櫛が収まっており、それに不思議そうな顔をしたリツカに、悪戯な笑みを浮かべた名前は、細かい部分に解れの目立つ彼女の髪を解いた。
さらりと広がる鮮やかな色のそれに触れると、優しく櫛を通していく。同時に普段英霊たちにやっているように、魔力を込めていった。
これは呪い(まじない)の一種であり、守護を意味し、一度だけ致命傷となり得るダメージを無効化できる優れものである。


「あったかい……」


ぽわぽわと、心地の良いあたたかさがリツカを包む。
こうして人に髪を触ってもらえるのはいつ以来であったか。こんなにも優しい指先で触れられるのは、初めてかもしれない、と気が付けば、目を閉じてその感覚に浸っていた。

お兄ちゃんと呼ぶようになってから、すっかりリツカは名前へと懐いた。
優しくて時に厳しい兄の存在は彼女の救いとなった。何よりも嫌味を言われることがなくなったのだ。これは名前が彼女に勉強を教えるようになって、段々とコミュニケーションが取れるようになり、議論が成り立つことが可能となったからである。
その代わり、とある英霊二人との口喧嘩も増えたが、完全に兄妹喧嘩と同じ扱いとなっているため、周りからすると微笑ましいものでしかない。
不安と恐怖で閉ざされていた視界が一気に明るくなった日を、彼女はずっと忘れないだろう。

綺麗に結い上げられた髪と、見慣れない髪飾りに顔を輝かせて笑ったリツカに、名前は優しい微笑みを向けた。





****************





リツカ達が無事にレイシフトを完了し、任務先へと辿り着いたのを確認した名前は、麗しの笑みを浮かべる英霊にそろそろ召喚でもしたらどうだい、と部屋を追い出された。
カルデアの権力を握る一人である英霊と仲が悪いわけではない。過去に色々あったことが原因で、彼女が拗ねているのだということはわかっていた。ちゃんと時間を取って話し合った方が良いと毎回思ってはいるのだが、お互い多忙な日々であるので、中々実現出来ていないだけである。

取り敢えずそのことは置いておくとして、言われた通りに召喚室へと向かう名前を止めるものは不在である。また弟が増える可能性もなくはないだろうことを考えると、足が重くなるが、カルデアの現状を考えると、戦力はあるに越したことはない。


「今いるのは、キャスターに、ランサー。
次はセイバーかアーチャーあたりに来てもらえると助かるが…」


召喚される英霊は、様々なクラスに分けられている。
リツカは『エクストラクラス』と呼ばれる特殊枠と相性が良いようで、彼女のもとに集まる英霊は、どちらかというとそちらに偏っていた。
今カルデアに存在する英霊たちの顔を思い浮かべた名前は、バランス的には三騎士のうちの剣か弓のどちらかだなと呟くが、全ては運次第、聖杯の導くままである。

召喚室に足を踏み入れた名前は三回目の召喚を行うために、虹色の石を投げ込んだ。
部屋に弾けた光に手で顔を覆うと、ゆっくりと光が引いていき、一人の英霊が姿を現す。


「サーヴァント・アーチャー。召喚に応じ参上した」


ランサーと同じぐらいの身長だが、彼よりも筋肉質なその体に赤い衣を纏った英霊。
どこかで見た記憶がふと脳裏に浮かぶ。そして揺れる腰布に過去のそれが重なり、名前は目を見開いた。





ーーー浮かんできたのは、とある砂漠の地。
血濡れた赤い衣は酸化して黒に染まりゆく。
これはいつの記憶であったか、と名前が思考する余裕を与えずに、その記憶は怒涛の勢いで雪崩れ込む。

ふらりと立ち寄った砂漠の町は殺気立つ反面お祭り騒ぎの真っ最中であった。
つい最近まで戦火に巻き込まれていたらしいその町で、戦犯が捕らえられ処刑されるという話を、町人から聞いた名前は、あまり長居をすべきではないと判断した。
だが運の悪いことに、その話を耳にした直後に町の出入りは完全に封鎖されたのだ。
どうやらこの辺りを治める国の王が直々に、処刑を見学に来るらしい。余程その戦犯とやらは王の怒りを買ったようだと、この時までは完全に他人事であった。

あくまでも名前は、人間である。不運にも不老不死という呪いを掛けられた、ただの人間に過ぎない。
自分の目的とすること以外に首を突っ込む気もなかった。

町の中心に建てられた処刑台の周りには多くの人間が集まっている。
それを町で一番高い建物の上から見下ろした名前は、血走った町人の顔を見て、ため息を吐いた。
どういう経緯で戦争が起きたかは知らないが、国同士の戦いなど一番上のものが勝手に始めるもので、巻き込まれ命を取られるのもそれよりも大事なものを奪われるのも民であることを、名前は永い人生の中で見てきた。だからこそ、民たちが歓声を上げて賛美する自国の王にも、その責任の一半はあるだろうに。と取り出した煙草に火をつけた名前は、無感情に吐き捨てた。

だが、豪奢な外套を引き摺りながら現れた随分恰幅の良い男にそのヘイトが向くことはないのだろう。
王たちはそれを利用しているのだ。今から姿を見せる戦犯とやらに、全て責任を押し付ければ良いのだと。

そうして、飛び交う怒号がはち切れんばかりのものとなった時、それは姿を現した。
灰色にも見える白い髪の男は、予想外に年若い。
体中につけられた傷からは血が絶え間なく滴っており、遠目から見てもそれはぼろぼろであった。

名前は、ふと表情を変えた。褐色の肌を持つ男は顔を伏せるどころか、堂々と前を向いていたのだ。
真っ直ぐに向けられるその視線からは、悔いも後悔も、見えない。まるで漸く訪れる終わりを望んでいるかのようであった。
絶望に絶望を重ね本物の深淵の底を見たものだけが、成し得る瞳であることを、名前が鏡に映る度に目にするそれと同じであることを察した瞬間に身体は勝手に動いていて、屋根を思いっきり蹴り上げて身を宙へと躍らせていた。

そこからはあっという間であった。
処刑台に降り立った名前は、周囲を叩きのめして、その青年を拘束していた鉄を引き千切り担ぎ上げた。
唖然とする群衆を背に、その場から逃げ出したのである。

広大な砂漠の隅々を知り尽くした名前からすれば、やっと我に返り追い駆けてきた人間たちを撒くことは非常に容易いことなのだ。吹き荒れる砂嵐が視界を奪い、足を絡め捕る砂の大地が体力を奪う。
もうじき凍える夜が訪れる時間でもあるので、深追いをしてくることもないだろう。そう考えた名前は、とある場所にある朽ちた遺跡の中へと身を隠した。



固い石で造られたそこは、長いこと放置されており人が訪れることは滅多にない。
それに、周囲に術を施してあるので、名前が招かざるものはこの建物を見つけることすらできない。
まさに恰好の建物であったのだ。

やけに静かだと思った青年は、案の定気絶していた。
部屋の隅に置かれた簡易的なベッドの上に青年を乗せると、改めてその姿を見る。
酷い傷であった。中には相当深いものもあるだろう。寧ろ傷がない部分が見つからないくらいだ。
一通り傷の状態を確認すると、血濡れの服を脱がせる。
砂漠の夜は恐ろしく寒いので、術を唱えて火を起こすと、ついでに所持していた水を沸かすことにした。

均等についた筋肉質の体は、相当の鍛錬を積んだ賜物であろう。古傷も数えきれないほどだ。
回復の術を唱え、深い傷を塞いでいく。新しく出来たであろう傷の治療を終えると、布を取り出して沸かした湯で濡らし、体を拭いてやる。

表情を和らげた青年は、名前が思っていたよりも年若いように思えた。
顔つきが若い、童顔というやつだろうか。
血濡れの服に術を掛けると、あっという間に新品の姿を取り戻す。取り合えず必要最低限の服を身に着けさせると、その上から大きな布を掛けた。


「……さて、どうするか」


勢いで助け出してしまったのだが、この先をどうするかと頭を悩ませた名前は、穏やかな寝顔を見せる青年の髪をそっと撫でる。なんとなくそれが手にしっくりと来たので、名前は夜が明けて青年が目を覚ますまで、ずっとそうして傍にいたのであった。


「…………、此処は」

「目が覚めたか。気分は?」


その日青年は、いつ振りかもわからぬ穏やかな目覚めを迎えた。
見慣れない場所に、身を起そうとするが体は自由に動いてはくれなかった。
開いた灰の瞳に気が付いた名前が、警戒させないように穏やかな声音で尋ねると、驚いたように目を見開いた彼は小さな掠れた声で、お前は…。と呟く。


「……私は、確か……」

「死ぬ運命にあったようだな、若いのに気の毒なことだ」

「お前が……助けたのか」

「気が向いただけさ」

「……何故?……」

「そうだな、同じ目をしていた……。それだけだよ」


もう少し寝ていな、と青年の髪を撫でると、催眠にでも掛かったように、彼は素直に眠りに就いた。
それを確認すると名前は、立ち上がり奥の部屋へと向かう。
この遺跡は一見、人に見放された石の塊なのだが、内部は名前が生活しやすいように改造してある。
キッチンと食材も備えてあるので、暫くは食べるものに困らないだろう。


「鶏肉と卵と……、そろそろ使い切らないとな」


食糧庫を覗き込んだ名前は機嫌良くそう呟くと、調理器具を手にキッチンへと立った。
それから時間が立ち、照り付ける太陽が昇り切った頃。青年は再び目を覚ました。
周囲を警戒することもなく充分な睡眠を貪った名前は、怠い体をやっとの思いで起こすと、部屋に満ちる食欲を擽るような匂いに喉を鳴らす。
すると、図ったようなタイミングで現れた名前が、青年の顔を見て眉を顰めた。


「熱があるな」


青年に近付いた名前は、ベッドに膝をついてその額に手を当てる。
何故か警戒も抵抗もする気が起きない青年は、そんな己に驚きつつも、ひんやりとした心地の良い手に、思わず瞳を閉じる。


「食欲は?」

「……問題なさそうだ」

「今のお前にとって、気の利いたものじゃないぞ」


なんとなく気分で作ってしまったものを思い浮かべて、苦い顔をする名前に、大丈夫だと告げた青年は申し訳なさそうに眉を下げる。回らない頭で流れるがままに返答を行っているが、見ず知らずの人間に、此処まで助けてもらっているのだ。礼をしなければと、再び隣の部屋へと姿を消した名前の背中を見て思った。

再び現れた名前は手に少し大きめの皿を持っていて、その上には黄色い塊が乗っていた。
それを一度置くと、青年の背中にクッションを置いて体を楽にさせる。


「治療はしたが、腕は暫く動かさない方が良いだろう」

「……そうか。まあ…あれだけ派手に潰されれば、くっ付いているだけマシ…か」

「ということで、口を開けろ」

「……は?」

「食わせてやる。可愛い女の子じゃなくて悪いがな」

「ちょ、…ちょっと待ってくれ、それくらい自分で「できねえから言ってんだろ」」


武器を使えなくするためだろう、確かに腕は千切れかけていた。だが名前はそれ以上何かを言うことはしない。その代わり手にしたスプーンで、黄色の塊を掬うと、青年の唇に押し付けたのである。思わず口調が乱れてしまったのはご愛嬌だ。


「とろふわで、お子様たちに評判が良いんだ」


青い髪の弟分が特に好んで食べていた姿を思い出しながら、名前は青年に微笑む。
作り置きして保存をしておいた、デミグラスソースは名前が拘りを以て煮込んだ特級品である。
卵の焼き加減もご飯の味付けも、全て弟分の反応を見ながら研究を重ねた至高のもの。
名前にとっては自信の一品であった。
一つ計算外だとすれば、青年が熱を出していたことであろうが、そこは妥協してもらうとしよう。


「病人にオムライスとは……中々良いセンスをしているじゃないか」


皮肉を言う唇が、押し当てられたスプーンを食んで、やがて沈黙した。
素直に咀嚼する青年に、タイミング良くスプーンを運ぶ名前は、思わず笑い声を零す。
青年となった青い髪の子も同じような顔をして、食べていたのを、また思い出したのだ。その姿がはっきりと重なってしまったのだから、仕方ないだろう。


「人は絶望の中で足掻く。足掻いて、足掻いて。そこから抜け出していく。
時には救いの手があるだろうが、伸ばした手を鞭で叩かれることだってあるさ。
それでも、そうして足掻いたものが、人を救う権利を得るんだ。
そうして……疲れ果てた時は、美味いものを食べるのが一番さ」


名前は何かを噛み締めるように、黙々と頬張る青年を知らない。
幼い頃から料理を覚え数多の人に振舞って来た青年が、こうして人の手料理を口にしたのは記憶に久しいことであった。舌に沁みるあたたかな味、ふわりと包み込む柔らかな食感。そして何よりも傍で己を見守る、優しいその瞳。
それを噛み締める度に、青年は麻痺していた己という存在が甦っていくを感じた。
頬を伝う何かあたたかなものが、その証でもあったのかもしれない。


「足掻くことは、絶望ではなかっただろう」

「……だが、孤独だ」

「孤独が絶望か?」

「誰も私を、知らない」

「共感者を望むか?」

「いいや……。例え誰にも理解されなくとも、私には、私の正義を貫くのみ」

「正義とは、なんだ」

「……弱きものを助ける、それが…」

「正義の味方、か」

「ああ、そうだ。そのためならば私はなんだってする」

「ならば問おう。
お前は一人のために多くを殺すか、それとも多くのために一人を殺すか?」

「……っ、俺…は、」

「お前の性分はわかった。ああやって処刑されるべき男でないことも、俺の目に間違えはなかったさ。
だがな、その目は…気に食わないんだ」


全ての温度を振り払ってでも、己の正義のもとに、青年は地の果てまで往くのだろう。
なるほど、馬鹿な男だ、愚かな男だ……だが、それは一番この青年が知っているのだろう。
一筋の光のように真っ直ぐな青年はまさに蜘蛛の糸そのものだと、名前は思った。
その身が千切れるまで、人を救い続ける。悲しいことに青年はその強さを宿してしまった。


「お前が来た道を否定する気はない。お前が往く道を阻む気もない。
しかし、これもまた運命だろう。明日から少しばかり付き合ってくれないか」


綺麗に完食された皿を置いて、一杯の水を飲ませた名前はそう言った。
名前の、深い光を放つ眼差しを見つめた青年は、静かに頷いたのであった。
そんな青年を見て満足げに笑った名前が一度皿を下げるために席を外して、戻って来た頃には、青年はまた眠りに就いていた。余程体力や精神力を消耗して、衰弱していたのだろう。
食欲は問題ないので、もう少し寝ていれば問題ないと判断した名前は、装備を整えて外へと出た。
青年の傍に使い魔を置いておいたので、何かあれば連絡が来るようになっている。

町の様子を見に行くと、まだまだ冷めやらぬ町人たちが殺気立って青年と攫った名前を探している姿が目に入った。術で顔と身長を変えているので、名前の姿を見ても何かを言う人間はいなかった。
国の兵たちも大量に派遣されているらしく、町の出入りは非常に厳しく管理されていた。

名前はその姿を鼠へと変化させると、青年が捕らえられていた監獄に入り込む。
そして、随分と汚れた薄暗く狭い通路を走り、一番奥の部屋を覗き込んだ。
大罪人の処刑を最優先したのであれば、奪い取った青年の武器などはまだ処分されていないだろうと考えたのだ。案の定、青年の魔力を感じる一対の剣と弓がそこに放置されていた。


「……ほう、これは随分良いモンだな」


武器を見ればその持ち主の性質など直ぐにわかる。
丁寧に扱われていればちゃんと手入れが行き届いて艶のある姿をしているのだ。その逆も然りである。
持ち主のもとに帰ろう、と小さく呟いた名前はそれを布に包むと術を掛けた。
すると武器たちの姿が消える。所謂別次元収納術というやつである。

名前はそれ以上目ぼしいものがないことを確認すると、そのまま監獄を抜けて、他の用を済ませると町を出た。町に辿り着いたのが夕方近くであったので、町を出る頃には綺麗な円を描く月が空に浮かんでいたのであった。


「……おっと、…まだ寝ていないと駄目だろう」


潜伏先に戻った名前は中に入るや否や、胸にぶつかったそれを受け止めた。
昼間よりも熱が上がってしまっているのだろう、頬も紅潮していて、息も荒い。
何かを呻きながら名前に縋り付く青年を取り敢えず抱き上げると、そのままベッドへと戻した。


「悪い夢でも見たのか?」


毛布を掛けてやった名前は、虚ろな瞳を見てそう声を掛けるが、返事はなかった。
辛そうに顔を歪める青年に、薬と冷やすものが必要だと立ち上がろうとした瞬間、伸びて来た褐色の腕に腕を取られてバランスを崩しかける。
驚いて名前が青年の方を見ると、縋るように水の膜を浮かべた瞳と目が合った。


「………っ、……い…、かないで…、くれ…」

「だが、薬があった方が楽だろ?」

「いい…。いらない、…傍に、いて欲しいんだ」


ぐ、と腕の力が強くなった。


「わかった、傍にいよう。だから少し離してくれないか」

「いや、だ」


ふるふると顔を横に振る青年に、仕方ないと溜息を吐いた名前は、自由な方の手の指を擦り合わせる。すると名前が纏っていた分厚い外套やらの装備品が外された。そして、名前は毛布を捲ると自分の体を捻じ込み青年の隣に寝転ぶ。これも青い髪の子が熱を出した時に良くやっていたなと思いつつ、添い寝の形をとった。


「ほら、もう寝てしまえ」


がっしりとした分厚い体に腕を回した名前の胸に、青年は顔を埋めて擦り寄る。
そうして震え始めた肩も、零れる嗚咽も…全てが収まった頃には、青年は名前の胸の中で穏やかに眠っていたーーー





「マスター?……どうかしたかね」

「あ……ああ、何でもないさ。エミヤ」


訝しむというより心配げに名前に声を掛けた英霊に、はっと意識を取り戻す。
随分深く記憶を探ってしまったらしい。いや探ったというよりも、雪崩れ込んできたのだが。

あれから、すっかり元気を取り戻した青年に、複雑骨折したように拗れたその精神を改善するための、荒療治という名の修行を行った。武器を持つ者に対しては言い聞かせるよりも、その体に叩き込んだ方が早いのだ。と昼夜問わず名前は青年を連れ出した。
勿論、根本的な性質を改善することは難しい。長年に渡り積み重ねられた性格を改善するのも、同じである。だが考え方を少し変えさせるくらいは出来たのではないかと、思う……多分だが。
最終的には、共にキッチンに立ったり、レシピを考えて議論したり、自分のことをあまり気にしない名前に対して青年が甲斐甲斐しく世話を焼いたり、新しく移った町で兄妹に間違えられたりと、色々あったものだ。

青年と名前が別れることになったのは……何が原因だったか。
何故かそこの部分が霧が掛かったように思い出せない。しかし恐らく青い髪の青年と同じように別れたのだろう。そして、その記憶は全て消した筈である。

英霊は名前を憶えていない。しかし名前はこの英霊があの日の青年だということも含めて知っている。
最期のその時を除いて……だが。これが本当に正しい形なのだと、胸を過った何かを拭うように心の中で呟く。


「……案内しつつ、話を聞いてもらいたい。
何せ俺はちょっと特殊な立場なものでな。お前には苦労をさせてしまうだろう」

「ふ…。苦労か。問題ないさ。しない時がないのでね」


気障ったらしく笑った英霊に、名前も小さく笑みを浮かべた。
良く考えると名前の召喚する英霊は揃って幸運が低いことに気付きかけて、思考を打ち切った。
例えそれが正しい答えであっても、まだ三回目しか召喚を行っていないのだ。次に期待することにしよう。

初対面を装いつつも、英霊の性格は良く知っている。
カルデアを一周する頃にはすっかり打ち解けていた二人は、気が付けば共にキッチンへと立っていたのであった。料理の話ができる存在はカルデアにはいなかったので、料理中も話題には困らない所か終始盛り上がっていたのである。名前一人では手が回らない為に、できなかった料理の話をすると、英霊は快く手伝うと言ってくれた。

夕食の下拵えを終えると、ざわざわと賑やかな声が聞こえてきた。
どうやら任務から帰って来たらしい、名前は英霊にそう告げると、手際良く準備を始めた。


「兄貴!…もどった、…ぜ……って、お前……っ!」

「げっ、……またあんたかよ。そろそろ勘弁して欲しいぜ。
野郎にケツ追い駆けられる趣味、ねえんだけどなあ」

「此方が願い下げだ。クー・フーリン。
一人でも面倒極まりない貴様が二人もいるとなると、頭が痛いのだが」

「はっ、そりゃいいなあ……おい。
この姿の俺は回復魔術も得意でね…。その頭ごと治してやるさ」


食堂に勢い良く飛び込んできた二人の英霊は、名前の隣に立つ英霊の姿を視界に入れた瞬間、美しい造形をした顔を思いっきり歪めた。それは、赤い英霊も同じであったのだ。
ぴりっとした空気が食堂に緊張感を齎す。


「お前ら顔見知りか?」

「ああ、よーく知っている顔だ。……二度と見たくなかったがなあ」

「そうか、なら仲良くしろよ。
この先任務でも組むことになるんだからな」

「勘弁してくれた兄貴、俺の話聞いてたか?」

「犬猿の仲ほど、切磋琢磨出来るものはないだろう。
ほら、それよりも夕食の時間だ。さっさと手でも洗って来い。
今日はオムライスだぞ」


睨み合う三人に目を瞬かせた名前だが、何となく関係性を察したらしい。
穏やかな笑みを浮かべた名前がそう言うと、ぴくりと青い英霊たちの表情が揺れる。
いくつになっても好物は変わらないようだと、二人の頭を撫でると、険悪な顔を輝かせた。


「……マスター」

「どうした、エミヤ」

「先程から気になっていたのだが、……その、兄…なのか?」

「いや、……まあ、兄貴分ってことさ」


記憶を失った英霊に、態々全てを話す必要は今のところはない。
そう判断した名前は、令呪を持たないが英霊を召喚できるマスターであると、説明をしただけで、自分自身の『体質』のことは打ち明けなかった。
故に、生前のそれも赤ん坊の頃から面倒をみていた、とは言えなかった名前はただそう言葉を濁すしかない。
そうか、と頷いた赤い英霊は、それ以上何も言うことはなかった。

エミヤという英霊を召喚して懐かしい記憶を思い出した名前は、なんとなく献立を変更して夕食をオムライスにしてみた。デミグラスソースは前に作ったものが保存してあるので、今夜分は持つだろう。
その献立はどうやら大正解であったらしい。リツカとマシュの二人をはじめ、英霊も人間も関係なく喜んで頬張っていた。特に、幼い頃から馴染みのある味が良いのだろう、二人の英霊たちはいつも以上に機嫌が良かった。


「生きる為に、食事をする。
食事は生を表すもの。死者には出来ない尊いものだ。
……お前も食べると良い」


夕食の賑わいを終えて落ち着いた食堂。
終始手伝ってくれた英霊を座らせると、白い皿に乗っけられた黄色のそれを置いた。
絶妙な卵の加減とご飯の具合は、散々作らされた努力の塊である。
それらをぺろりと平らげた英霊たちは、機嫌良く食後の珈琲を啜っていた。
満腹であるからではなく名前の作った大好物を食べたことが大きいのだろう。いつもなら赤い英霊を煽る言葉が飛び交うであろうが、それが一切なかった。

名前は皆の夕食の途中で、エミヤにキッチンを任せて先に食べてしまっているので、その代わりに後片付けを進めておく。静かに両手を合わせた彼が手にスプーンを持つ姿を見て、熱で寝込む青年の口にオムライスを突っ込んだのを思い出す。お粥とかにしておけば良かった、と地味に後悔の念を抱いていた名前は、からんと軽い金属音に思考を払い顔を上げた。


「エミヤ……?」


床に落ちた反動でその身を揺らすスプーンと、微動だにしない赤い英霊。
新しいスプーンを手にした名前は、どうかしたのかとエミヤに近付いた。


「……っ、……」

「……どうした?」


味には煩い青年は、ずっとその味を憶えていた。その最期のその時まで。
じんわりと広がる味に過った記憶は殆どが朧で、その記憶が何なのかもわからなかった。
しかし、『記憶』はなくとも『味覚』がそれを憶えていた。
視界に浮かぶのは酷く朽ちた石の部屋。食欲をそそる匂い。そして……。


「………」

「エミヤ?」

「っ、……ああ、すまない。……少し、」


歯切れの悪い言葉に、首を傾げつつ新しいスプーンを手渡した名前は、心配げに顔を覗き込もうとするが、横から伸びて来た腕に引っ張られてそれは叶わなかった。


「あんたがそこまで心配する必要はねえ。そうだろ弓兵」

「……ああ、すまないな。マスター」


険しい顔をした青い英霊は聞いてしまったのだ。
名前にも聞こえないような声で、エミヤが呟いた言葉を。
そして、瞬時に前に名前から聞いた言葉を繋げると、打ち出された答えに、思わず体が動いた。
渋々片付けに戻った名前は、溜息を吐く。
英霊であるエミヤは、名前の知る青年でありそうではない。
あまりのめり込み過ぎると、痛い思いをするのは自分なのだ。

名前が深く関わった人物たちの記憶を消去する主な理由としては、不老不死という事実の隠蔽である。
消しきれなかったもの達には口止めもちゃんとしてある。カルデアに来た今もだ。
人理が崩壊した今ならば問題はないかもしれないが、いずれこの大きな任務が終わり、魔術師たちの手が此処に及ぶと、面倒なことになるのは目に見えているのだ。自衛をするに越したことはない。

だが、赤い英霊は一つの可能性を持っていた。
名前にとってそれは唯一の希望と呼べるもの。
自分に『死』を与えられるかもしれない、存在。


「……だが、まだ……足りない」


エミヤという英霊では、足りないものがある。
もしそれを補える何かが‥…現れたのならば、その時は……。


「マスター」

「……ああ。エミヤか、大丈夫か?」

「問題ないさ。すまなかったな。
とても美味しかったよ、マスター。
今度作るときは一緒に作らせてくれ」


綺麗に完食された皿を名前に手渡して、そう穏やかに笑った英霊は、何かを言おうと一度口を開いて、止めた。名前の隣に並び、洗い終わった皿を布巾で拭き始めた彼に、名前はただ瞳を伏せたのであった。





*******************





ぱちぱちと暖炉の炎が弾ける音だけが広がる談話室で、名前はぼんやりとソファーに凭れていた。
記憶という扉は一度開いてしまうと閉ざすことは難しいものである。
何度も何度も青年との記憶が名前の脳内を駆け巡っていた。


「……エミヤ、か……」


そう言えばあの青年の名を自分は呼んでいただろうか、と出会いは思い出せるのに、それ以外は欠陥の多い記憶を探る。それでも鮮明に思い出せるのは、僅かであった。


「ほう、……早速、あの野郎に浮気かい。
勝手にあんな男を召喚しておいて、なあ?」

「召喚するのにお前の許可が必要か?」

「決まってんだろ。アンタの一番槍はこの俺だ。
俺のいない間に間男連れ込んだら、立派な浮気だろ」

「……セタンタ」

「アンタとあのいけ好かねえ野郎に、何の関係があんだ?」

「……」

「なあ、……兄貴。教えて、くれるだろう?」


名前は相当考え込んでいたようだ。普段なら足音で気づく筈のその存在を、全く気付かなかったのだから。
不意を突かれた為に座っていたソファーにあっさりと押し倒された名前は、覆い被さって来た英霊の顔を見上げる。ぎらりと光る赤の瞳が何処か獰猛さを覗かせて、名前を見ていた。


「……あの英霊とは何もない」

「へえ、……あの『英霊』とは、ねえ」


ちろりと赤い舌が己の唇を舐める。
薄暗い談話室の窓から差し込む月の光を背後に、英霊は名前を見下げた。


「なら、……生身の、あの男を……知ってるっつーことだよな」

「……そうだとしても、お前には関係ないだろう」

「いいや、あるね。
言っただろう。アンタは俺のモンだ」

「……あのな、俺は俺のものだ。いくらお前でも渡せないものだってある」


きらりと、月明りを滑らせる英霊のピアスが揺れる。
それは嘗て名前が、英霊に贈ったものであった。


「わかっているさ、よーくなあ。
だから……アンタからアンタを、奪う奴は生かしておけねえんだ」

「……」

「アンタは、俺から俺を奪った。例えそれが意図したものでなくてもなあ。
その時から…俺は、アンタのモンなのさ…兄貴」


太陽の加護を受けた英霊が、月に照らされてうつくしく笑う。
悦を含んだそれは、始めて恋を知った乙女のように清らかで、恋に憂う遊女のように艶やかで……恋を奪う毒婦のような魔性を滲ませていた。


「……」


近付けられたその笑みが、名前を骨の髄まで溶かすように色付く。
苦い表情を崩さない名前に更に笑みを深めると、赤い舌が名前の唇を撫でた。


「強情だな、……それだけ秘密があるっつーことか」

「そんなモンはねえよ」


吐き捨てるように言った名前は思いっきり溜息を吐いたかと思うと、英霊の肩を掴み、体を捻じる。
抵抗すら受け流された英霊の体は、簡単にソファーに転がり形勢逆転されたのであった。


「あるとするならば、そうだな。……アレには、少なくともお前にないモンがある」


英霊が生前から渇望して止まない名前の、瞳が揺れた。
その目を、英霊は見たことがあった。
影の国に君臨する女王が自ら授けた己の『槍』を、見る時の目と同じなのだ。
そして彼女と名前に共通するものがある。それは『死』である。

決して繋がることのない筈の点と点が繋がった、その瞬間。
ぐわりと名前の胸から湧きたったのは、これまでに感じたことのない憤怒。

それはまた己を置いていこうとする名前にもそうだが、
名前の願いを叶える『唯一無二』が己以外の存在であることに弾け飛んだものであった。


「っ、なんだってんだよ!!
俺は…っ、アンタから全部教わって来た、アンタに置いてかれてからずっと力を付けて来たッ。
俺だって、アンタの願いを叶えられる……そうだろ…?なあ…兄貴…っ。俺だって…」

「……お前を否定しているわけではないんだ、セタンタ。
お前にはお前を求めるものがいるだろう?
それと同じだ。俺には俺の求めるものが在る」

「俺じゃ、…ねえのかよ」

「落ち着け。……アレでも、まだ足りないんだ。
アレでは真っ直ぐ過ぎる」

「……どういう、ことだ…?」

「そうだな、アレと同じであって……もっと歪んだ存在。
それが現れたなら……可能性は更に増す」

「……にい、…ちゃん」

「お前からそう呼ばれるのは久しぶりだな」


人間はいつか寿命を迎えて死ぬ。それが人間である証であり、この世の理であった。
その理を捻じり曲げるように生きる、名前は異端そのもので、世界から弾かれた存在でもある。
死を忘れた人間など人間といえるのだろうか。
終わり無き生に意味はあるのだろうか。
名前は独りで、ずっとその答えを求め続けて来た。そして未だその答えは得れていない。


「あの弓兵がアンタに死を与えるなら、俺は……アンタに生を与えてやる。
例え…アンタが死神を受け入れて、俺を拒んでも。…俺は、アンタを生かす」

「セタンタ。……お前はもう、座に縛られた英霊に過ぎない。
聖杯戦争の名目でしか動けないお前に、俺を縛る資格は……。お前、まさか」

「ククッ、今まで聖杯なんてモンには興味もなかったが……」


くつくつと喉を鳴らして妖しく笑う英霊に、名前は目を見開いた。
英霊が聖杯戦争以外で、現世に存在するためには方法は一つ。
名前の良く知る古代王の一人がそうしたように、受肉をすれば良いのだ。


「セタンタ…っ」


するりと名前の首に伸びた腕に引っ張られて体が前に倒れる。
英霊の顔の脇に手を付いた名前は、仄暗い色を宿したその瞳に言葉を奪われる。


「ああ、勿論…アンタは俺だけのモンさ……名前
アイツにだって渡さねえよ」


ぱちりと弾けた暖炉の炎が、大きくその身を捩りうねる。
苦しみに悶えるようなそれが、最期に大きく弾けて消えた。

淡い月の光だけが差し込む部屋で名前の胸に頬を擦り寄らせた英霊は、背後から伸びるその影に嗤った。





*終わり*
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