砂漠の夢
それは、瞼の裏の世界であった。
目を開ければ霧の如く消えていく世界。
砂の城に降る雨のように無慈悲で、
ひび割れた大地に注ぐめぐみのようにやさしい。
私にとって、まさに恋焦がれた理想郷。
(だがそれを人は地獄と呼んだ)
「いくのか」
ああ、また聞こえる。
いつからだかもう忘れてしまったが、
必ずこの声を聴くと、視界に赤が滲む。
心地の良い低いこえ。
無機質なそれは、私の耳に温かく響く。
「……っ、…」
なにかがおかしい。
確かに私は、
声のする方に顔を向けようとした
喉を震わせて声を出そうとした
なのになぜ、動かないのだろう。
「ならばオレも付き従うのが筋というものだろう。
なに、アンタなしに成り立たないポンコツに
それ以外の術はない…それだけさ。
そう…ただ、それだけだ」
どうやら、まともに機能していたと思っていた耳も、
おかしくなってきたようだ。
機械的といっても過言ではない冷ややかな瞳が、
いつもは皮肉という名の毒しか吐き出さぬ唇が、
春の日差しのような熱を宿しているように聞こえるのだから。
「だが、忘れてくれるなよ…名前」
だがふと、近くに聞こえたその声は、
「オレはアンタを逃がさない」
飢えに喘ぐ、獣のようで。
ぱちんと水泡が弾けるような、軽い衝動。
自然に開いた瞳が映し出すものは…褐色。
「おはよう、マスター
いい夢は見れたかね」
「…さいあくよ。
呪われているのかしら」
「ほう…それはいけないな。
元凶を見つけ出し、早急に始末してご覧にいれよう」
「それはそれは…探す手間は必要なさそうね」
鍛え抜かれた固い腕に頭を乗せていた(知らないうちに乗せさせられていた)せいであろうか。
酷く頭が痛い。
それを心底から面白がるように口角を上げるこの男は、
私の数少ない英霊の一人であった。
無表情、無口で静かにみえるこの男は、
口を開けば猛毒を吐き、効率重視の無鉄砲という
マスター泣かせの英霊…な筈で、
そんな男が、最初は苦手というか怖かった。
「ひどい面構えだ、
さっさと顔を洗ってきたまえ」
その内側に隠しに隠した、面倒見の良さがなければ、
私は今でも近寄りもしなかったであろう。
「……貴方、今日…記憶は、」
「ふん、今日は朝から素材集めとやらだろう。
急がないと朝食抜きで走り回るはめになるが…いいのかね」
「っ!!!やっば、もうこんな時間!」
そして…なぜかはわからないけれど、
私の近くにいると、その崩壊が止まるどころか、
回復に向かうだなんて聞いたら、
確実に心を抉るその言い草も、少しは可愛くみえるものだ。
「全く、騒々しい女だ。
少しは計画的に…。
ああ失礼、その脳みそすらなかったのだな」
前言撤回。
この男に情など湧くものか!!
言い返そうにもこの男と口論となったら、
朝食を食べ損ねてしまう。
それに、悔しいが口で勝った試しはないので、
ここはぐと堪えるのが最善である。
「だが…その騒がしさも、嫌いではない…。
むしろ好ましく思う」
「………ばーか」
毎日のように見る、
あの殺風景な砂の夢のことは、言わない。
この男の過去も知らない。まだ知りたくない。
今はまだその時ではないから。
だからその代わり、
数多の戦場を共に駆けよう。
「行くわよ」
「お望みのままに、マスター」
いつか来る、終わりが、
きっと答えを教えてくれるから。
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