世界を語る人
*読みようによっては百合…?
ぐだ子がヒロイン大好きなので注意。




自分の過去を振り返ることは、案外難しいことである。
というのも人は忘却をする生き物であると同時に、実に非合理的生き物であるからだ。
つまり、自分の記憶が常に正しいものである保証などどこにもない、感情により左右されるとても曖昧なものであるといえよう。

楽しい出来事を悲しい出来事にすり替えることは少ないかもしれないが、その逆は十分にありえる。自分にとって都合の悪いことを、都合の良いようにすり替えることだってあるだろう。そして、恐ろしいことにこれらは無意識のうちに行われることだってあるのだ。

もちろん、私はこれらを否定するつもりはない。
人はそれほど強い生き物ではないことを知っているから。

だが…。
今から語ることは、すり替えることのない絶対の記憶だと宣言しよう。
何故ならば、【恐怖】と【絶望】というは、記憶を司るという海馬に染み付いて死ぬまで消えない、忘れえぬ記憶となる、呪詛のようなものなのだ。


―――始まりは、何であったか…
私は、【BSAA】という組織に所属していた。
その組織の本部は欧州にあり、【生物兵器を使用したバイオテロ専門の対策部隊】として機能している。

何年前のことだったか、とある大事件が起きた。大事件なんてものではない、全世界を震撼させ、恐怖に追い込んだ事件。
アンブレラ社という、医薬品や化粧品などを手掛ける、世界的にも大手といえる製薬企業が、人間の踏み込んではいけない領域に、手を伸ばした。
科学者とは【倫理】の基に研究を行い、時には命を犠牲として、命を救うものだと思っていたのだが…。人の欲望とは実に恐ろしいものだ。とんでもない生物兵器を生み出してしまうのだから。

彼らの作り上げたものに、T-ウィルスというものがある。感染力は非常に強力で、空気やら汚水、経口及び血液などといった様々な経路から拡散する、本当にとんでもないものだ。
このT-ウィルスに感染すると、人はゾンビと化す。それはそれは醜悪で、凶悪な。





「ちょ、ちょ、ちょっと待って!!」

食堂の白いテーブルに細い腕をついて、記憶を辿るように瞳を細めたその人が語る【過去】に思わず声を上げてしまった。折角話してくれているのに、水を差してしまうことに罪悪感を抱くが、口を挟まずにはいられない。

確かに…。確かに、私はこのうつくしい人の過去を問うた。
私が姉と呼び慕う人は、出会ったときから肉体的にも精神的にも、とても強くて。頭もとっても良くて、ドクターやダヴィンチちゃんとも対等に話できるような、非の打ち所がない人で。こんな私を優しく厳しく導いてくれる、女神さまのような人。
本当に本当に、いつまでも見ていられるような、きれいな人。
そんな人の口から、まさか…。


「ぞ…、ぞんび…?」

「ええ、そうよ。ゾンビ。
良く映画とかで見る、あのゾンビよ」


此方の反応を予想していたように向けられた微笑。それは決して私たちの反応を愉しむようなものではないことはわかった。だって、ずっと見て来たから。名前姉さんの感情の示し方はわかっているつもりだ。


「百聞は一見に如かず、というわね」


名前姉さんの視線がとある方に向けられると、ため息1つで出てきた紙の束。
どこにしまっていたのか疑問に思ったのだが、その疑問もそれを見た瞬間に消え失せた。

紙にクリップで留められた写真。
―――そこには、体が朽ち果て、ヒトの原型を忘れた、肉塊があったのだ。



「食後のデザートにもならんな。…まあデザートにしては随分腐っているがね」

「驚いた。貴方もそこを気にするのね。
流石堕ちる前は食卓を預かっていただけあるわ」

「なら堕ちる前の俺が忠告しよう、マスター。
食事時に相応しくないものは出さないように」

「……完全に気配消すのやめてくれない、人間相手よ?」

「人間?…ああ失礼。君も人間だったな。忘れてたよ」

「………後で覚えていなさい、エミヤ」


視界に赤い衣が映ったのを認識した瞬間、テーブル前に広がっていたそれらは消えていた。私は少ししか見ていないけれど、突然現れた彼…エミヤが眉をひそめるくらいだ。相当刺激的なものだったのだろう。

そして、名前姉さんの話に集中し過ぎたのか、全然気が付かなかった。
いつの間にか私たちの周りにはこのカルデアの英霊が大集合していたことに…。


「初期症状は、全身の掻痒感・発熱・意識レベルの低下など。
その後知性・記憶の欠落と、代謝異常による急激な食欲増進が認められる。」

「ほう、大脳の壊死か。ならば知能低下と…代謝促進。それにより極度の飢餓に襲われる。
ということは他者を食らい自分を保つ、下級生物以下に成り下がるといったところか」

「流石賢王さま。しかも死滅した細胞も再生するから、耐久性は異常。完全に殺すには…」

「……簡単なことだ。頭をぶち抜けば良い。」


くつり、とエミヤオルタの喉が唸った。彼も何か知っているのだろうか。
どうやら先程の資料はそのゾンビに関するものであったようで、アンデルセンやら賢王様やらがその資料に目を通している。
だがゾンビ…。少なくともカルデアに来る前は、そんなニュース聞いたこともない。
でも、名前姉さんがそんな嘘も吐く筈がない。


「リツカ。混乱するのはすごくわかるわ。でももう少し話を聞いてくれるかしら?」

「もちろんです」

「今のはそうね。物語でいうと世界の設定のようなものよ。
時間が許す限り…はじめから話すわ。
貴女が知りたがっていた、この英霊とのこともね」


正義ではない正義の味方。それは常に名前姉さんの傍にいた。
私の記憶だと、カルデアに来て初めて召喚した相手だと思うが、始めからお互いに信頼し合っていて、名前姉さんが新しい英霊を呼ぼうとする度に難癖をつけてやめさせていた(今では渋々ではあるが認めるようになった)。
気になって聞いても、『中身が腐り果て朽ち逝くだけのところを、救われた。その恩があるだけだ。』というだけで教えてくれないし、名前姉さんも『偶々気が合っただけ』としか言ってくれなかったから。


「…此処に来る前はね、とある任務が終わったところだったの」


す、とその瞳が細められて、
静かな淡々とした声が、耳を打つ。
語り出した名前姉さんのそれは…想像を絶するほどの、地獄であった。
だが、私は何も言わずに聞き入る。私の知らない名前姉さんを知るために。




*続く*
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