六つの花
*『腐敗正義』と同ヒロインですが、そちらを知らなくても問題なく読めるかと思います。
*名前変換はないです。


とことん雪山には良い縁がないらしい。
いつかはもう忘れたが…。人を寄せ付けない魔性の雪山で遭難した挙句装備も十分でないまま戦い、見事に凍傷で死にそうになったときは、ああ自分も人間だったなと、妙な安堵を覚えたものだ。
そして今回も、雪山に囲まれ吹雪の吹き荒れるこの要塞(カルデア)で、人類最後のマスターとして日々奔走しているとは…これもなにかの運命か。

火を灯した煙草から有害な煙がうねり舞い、やがて無機質な音を立てる換気扇へと消える。此処は喫煙者用に作られた部屋。
意外と広々とした部屋を見ると、このカルデアには喫煙者が多いことがよくわかる。禁煙の時代だというのに、時代錯誤にも程があるといいたくなるが、此処にはその時代錯誤なものばかりであるので、そこは何も問題ないということにしておこう。

ガラス張りの窓の向こうは今日も純白が舞う。ホワイトアウトした視界にはトラウマしかないが、この白から極稀に垣間見える青は嫌いではない。だが、やはり…記憶から反映される【赤】が邪魔をするのだ。



「…問おう、我が信仰(マスター)よ。
お前は何をその瞳に映す?その濁りのない瞳には常に聖なる炎が燃え盛る。
それは我が黒き復讐の炎とは逆の、忌まわしきほどの、善であり、悪だ。
ならば、今のお前は何を見るのだ。何故、そのような瞳をする」

「相変わらず大層な評価ね…。」



どうやら、私の平穏な時間はもう終わりを迎えねばならないらしい。
今日はいつも頼んでもないのに付き従い、あれやこれやと世話を焼きたがる、正義ならざる正義の男も他の任務に同行して不在。その男の元となる正義の男も同様に不在。伸び伸びと一人で好き勝手過ごす予定であったのだが、この男を忘れていた。
かつて監獄塔と呼ばれた地獄で背中を預けた復讐者。巌窟王エドモン・ダンテス。
リツカに勧められるがままに召喚を行ったところ、どうやら縁を結んでしまったらしい。普段は私の影に潜み、夢にまで出て来るこの男は、何故か私に信仰という炎を一心に向けるのだ。

その男は私の指に絡ませた煙草を、自然すぎる動作で自分の口に咥えると慣れたように薄い煙を吐く。その端正な顔を此方に向けると、大きな手が私の頬を包んだ。


「追想というものに、なにも意味はない。」


元の性質かは知らないが、男は非常に嫉妬深いのだ。
少しでも【彼の枠】からはみ出ると、その炎はマスター(私)にですら向けられる。とても理不尽なことに殆どが【悪の敵】と【正義の味方】が関係するものであって、私が何かをしたということは…ほとんどない…と思うたぶん。

瞳を覗き込むように、【赤い瞳】が近づくと、彼よりも身長の低い私はその外套にすっぽりと覆われる形になって、彼の香水だろうか心地の良い香りと、それに反する焦熱地獄を思わせる熱が、私を追い詰めるのだ。


「…今をみろ。
我が信仰、我が寵姫ならざる救い手よ。
俺はお前の導き手であり、共犯者。
なれば、お前を過去から連れ去るのも、この俺の役目であろう」


大した過去はない、とはいえないが。
私もある程度の年月を生きる女だ。それなりに背負ってきたものもあるし、それを苦としたときもある。だが、そう後悔を引き摺るようなものはないと思うのだが…。
この男は常に問う。そして、呪縛から復讐へと私を誘おうとする。



「ええ、…そうね。
貴方が私に応えたのは、きっと私にはその資格があるのでしょう。
私はずっと私の運命を嘆き恨んできた。
でもその度に区切りをつけて来た筈。
私は、今をみているわよ」

「ならば、何故お前は【あれ】を傍におく」

「……彼が…私の【正義】だから」

「正義?正義だと?
クハハハッ、笑わせるな。
お前はあの腐りきった男を、正義だというのか。」

「ええ、正義であり正義ならざるもの。
私の在り方にぴったりだわ」


歪む、その美しい顔。興奮を示すように見開かれた瞳。
だがその口元には確かな笑みがあった。
このアンバランスさも彼を彼とするものなのだろう。
ふうとため息1つを零し、私が彼の頬に触れようとした、その時。










「頭が悪いのか、それとも性根が悪いのか…。
いい加減に俺の機嫌を損ねる真似は止した方が良いぞ、マスター」

「………なんでいつも責められるのは私なのよ」


がちゃ、という聞きなれた重い音が部屋に響くと、目の前の男が私を抱えたまま後ろへと跳躍した。ばんっ!と何の戸惑いも感じさせない銃声。そしてその弾丸は私たちがいたところの床を抉り取った。


「ほう、相変わらず野蛮な男だ!
クハハハハ!この巌窟王が相手になろう
さて…お前は、地獄を見たことがあるか?」

「地獄なら、見たさ。…底までな」

「ちょっと、…待ちなさいと言っても聞かないわよね…」


色々一周回って気が合うのではないかと思うほど、喧嘩っ早い2人の英霊を見てはため息しか出ないが。このままだと喫煙所が吹っ飛ぶ。そしてもちろん怒られるのは私だ。
今日は任務もない…筈だし。
此処は令呪を以て収めるしかないだろうと、思わず目が遠くなるのがわかった。




ふと目に入った【白】は、白のまま、相変わらず風に乗り大地へと舞い落ちていったのだ。




*終わり*
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