運命の鼓動
*名前変換なしです。



始まりは、たった一匹の【ネズミ】であった。

アンブレラという企業は世界屈指の研究者を揃う、その路の人であれば一度は憧れる場所。そんな企業が裏でどんなことをしていたか誰一人として知るものはいなかった。関係者は完全に外部と遮断され、情報が漏れないよう最新機器を用いて1人1人管理されていたから。だから私たちが出動した頃にはもう、その悪魔の薬は完成していたのだ。
だが、後にオリジナルトゥエルブと呼ばれる者達が、数多の犠牲を払いなんとか首謀者を捕らえることに成功した。

本当に…本当にその犠牲は大きかった。
事件の中心となったアメリカのとある市を地図から消さなければならないほどの、決して許されざる事件。その犠牲を以て、全ては終わったと世界政府は公表した…が。

感染者を駆逐することは不可能であったのかもしれない。
消滅した市から偶々逃れたネズミが、荷物に紛れ込んだのか経路は未だ不明であるが、貿易用の荷物に潜り込み海を越えて、中東へと運ばれた。そこで動物をはじめ多くの人を感染させ…。そして今回の出動要請に繋がるということである。

私が所属するのは北米支部で人員不足は否めないが、今回の任務には本来出動しない筈であった。何故ならば、そう…休暇中であるからだ。何年ぶりかの。
そんな休暇中に何故、私がこの荒地に立っているのかというと…。偶々、友人に会いに、中東に訪れていたから。どうせ呼び戻されていただろうが、最悪すぎるタイミングに腹が立ちまくってしかたがないというものだ。


「戦地真っ只中が目的地なんて、ほんと泣けるわぁ…」


旅行中なので装備はハンドガン一丁。服装も動きにくいものではないが私服。
軍の権利をごり押して…じゃなかった利用してハンドガンを持っていた方が奇跡に近いが、これは現地調達で補うしかないだろう。普段なら不法侵入及び窃盗で即逮捕だろうが、生憎この町には真っ当な人と呼べるものはもういない。


「結局、仕事に来たようなものね」


バードギールという、中東の砂漠地帯に特有の風採り塔と呼ばれる建物の影に身を隠し、弾を込める。応援要請は出ているのは現地の警察官に聞いたが、それ以降の動きはわからない。何せ装備がないからどうしようもないのだ。

町の中は、青白い肌をした生き物が腐食し始めた肌をむき出しにして蠢いている。仕事としてはもう何度も見た光景だが、慣れたかといえば、否。


「取り敢えず、安否確認してみますか…」


送られてきた手紙に記された住所。その場所は、この町の真ん中にある。
こんな状態なのだから先は見えていると頭の冷静な部分が訴えるが、諦められない自分が足を動かしていた。

砂漠地帯にあるこの町は、吹き荒れる風により砂が舞い視界が極端に悪い。だが今のこの状況では、むしろそれが天の助けとなっていた。軍の研究結果によると、ゾンビ化した人間は嗅覚や聴覚が鋭くなる代わりに、視界が狭いらしいので、吹き荒ぶ砂により視覚はほぼ機能していない状態であろう。


「2階から行った方が早そうね」


この町の家は比較的密集しているので大通りに出て家に入るよりも、2階のベランダや屋上を伝った方がリスクは少ないであろう。家の中にもゾンビがいるかもしれないが、その時はその時だ。少なくとも今の装備では、多くの敵は裁けないので、囲まれたらそこで終わりである。


「……さて」


すぐそばの家の傍に積み上げてあった木箱を積み足場にすると、さらに跳躍して、2階のベランダへと昇る。そしてベランダの手摺に上がり、屋上となっている部分まで這いあがった。











この町の家は、ほとんどの家に屋上があるらしい。そのおかげですんなりと目的の家まで辿り着くことができた。おまけに屋上から室内に通じる扉には鍵はかかっておらず、音を立てることなく、家へと足を踏み入れることができたのだ。
聴覚が鋭い分ガラスを割ったり、銃声をあげるのはタブーであろう。そんなことをした途端にこの家は包囲され、逃げ場などなくなってしまうことは容易に想像がつく。


「嫌な、予感はするのよね」


足音をなるべく消して、2階へ降りる。友人は避難したか、どこかに隠れているか
…………それとも。

2階は大きな部屋1つと、バストイレという間取りで日本とそれほど変わりはない。気配を探りつつ、念のためクローゼットなども探索していく。その中で何故か見つけたハンドガンの弾と回復用のスプレーを拝借した。


「……だれも、いない……?」


恐る恐るだが1階に降りる。リビングと台所、バストイレ…そして大きな部屋という間取りで、同じように調べるも、どうやら誰もいないようだ。

コツ…コツ…、コツ…。
部屋の中には、自分の足音だけが響く。

コツ…コツ、…コン…コツ…。


「…ん?」


リビングを歩き回っていると、足の裏に何かを感じた。何か感触が違うような…違和感。思わず踵を返して同じように歩いてみると…。

コツ…コン、…コン…コン…。

石造りであろうか?固い床が広がる部屋の中央だけ音が違う。そしてよくよく見ると…色も微妙に違うようである。触った感じはあまり変わらないのだが…。
ぺたぺたと触っていると右端の方に何か引っかかるような感触がしていたので、そこを強く押してみる。すると…。


「はずれ、た…」


ぱかりと表面が取れ、中からスイッチのようなものが現れる。どうやらこの正方形の部分は倉庫か地下室の入り口になっているらしい。耳を近づけると風の音が聞こえた。
周りを確認するも、何かありそうなのは此処だけである。感染者に襲われた時に此処に逃げ込んだ可能性が大きい。要するに、行くしかないのである。


「よ、っと」


ぽちり。
意外と軽いボタンを押し込むと、色が異なっていた部分が軽く持ち上がる。
どうやら暗証番号とかそういう面倒な仕掛けはなかったらしい。扉の部分であったそれを更に持ち上げると、その先には同じような素材の階段があり、続く先は真っ暗ではないが薄暗かった。


「………いかにも、何か出そうね
お化け屋敷とか苦手なんだけど」


昼間だというのに夜のように暗いのは、それは当然その先が太陽の光など知らぬ地下であるから。口から零れ出るのはため息以外、何もない。昼の砂漠だというのにこの中は不気味な程寒々しく、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

念のためにハンドガンを片手に持ち、意を決して下へと降りていく。どうやら薄暗く感じたのは所々に燭台があり、細々として蝋燭の火が風に揺れて不安定な光を放っていた。それに伴う影が同じように揺れて視界の端で動くので、非常に落ち着かないのである。


「これは…、なに…」


無機質な冷たい階段を下りていくと、そこには上の階と同じくらいの部屋が1つ。だが全く雰囲気が違っていた。まるで、映画にあるような魔女の部屋だ。相変わらず光源が蝋燭のみで、部屋の壁にずらりと並ぶ本棚にはぎっしりと怪しげな本が詰まっている。中央に置かれた立派な木の机の上には、何冊も分厚い本が積み上がり広がっていた。

なにか異様な空気が流れている。

何かの視線を感じるような、ずくずくとした心臓の痛み。何かがおかしいのだけはわかったが、その何かが掴めない。重い空気に飲まれるように足が重い、体が重い。これが恐怖というものであったか。息が、詰まる。


「…………」


ふと視線だけが動く。薄暗い床だ。だが、何かが…描かれている?赤い、何かで。これはなんだ?


「……まほう、じん…?」


部屋の床全面に描かれた、【円】
円の中に円が描かれ、八芒星と呼ばれる星が描かれているのはわかったが…。
如何せん、こういうものに明るくないので、何を意味するかはさっぱりである。
…だが、【何か】は此処から感じる。
圧倒されるというのか、恐怖から来るものとは、別の何かを…。


『…………』

「…え…?」


ふと、風を感じた。それを何故か私は【呼ばれている】と思った。理由はわからない。でも、【それ】は確かに、聞こえたと思った。だから、応えねばならない。
どくりどくりと脈打つ心の音が、脳を埋める。思考が、まとまらない。思うことは1つ、【それ】を口にしなければならない。







「―告げる…。
汝の身は我の下に、我が命運は汝の銃に…。」




吹き荒ぶ風が、私の視界を封じる。でも、何かに操られるかのように口は勝手に動く。
まるで前から知っていたかのように。




「我に従え! ならばこの命運、汝に預けよう……!」






その瞬間、弾けた光が私を包み込んだ。









*続く*

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