砂炎の記憶
*転生主設定(衛宮士郎の義姉だったひと)
*原作改変
それは遥か昔のこと。
人という、神の形を具現化した存在を生み出すようにと、全知全能の神ゼウスは男性神プロメテウスに命じられた。そして、プロメテウスは人の体を創造し、それにゼウスは命を吹き込んだ。こうして人という生き物はこの地球に誕生したと、聖なる書物は語る。
ゼウスは人に様々な知識をもたらすことを許した、が…火を与えることだけは禁じたのだ。【神の火焔】は人が扱うにはあまりにも力を持ちすぎていたからである。だが、人と接し、人を愛したプロメテウスは、闇に震え寒さに打ちひしがれる人間を哀れみその禁忌を破ってしまう。
こうして、火を手にした人はその力を以て、文明を進めていった。
「……あ、ああ…」
そう、火とは人にもたらされた、光であった…はずである。
では何故その火が、人の体を焼き、こんなにも惨い方法で、命を無に帰しているのだろう。
見慣れた町が、人が、赤く、黒い、炎に飲まれていく。
私が意識を取り戻したときは、もうこの町は姿を失っていた。
「…ろう…、しろうは…、どこ…」
頭を強く打ったせいであろうか、つい数分前の記憶すら危うくて、自分が何故この場所にいるのかすらわからない。でも、脳裏に浮かぶ家族の顔が、痛みを忘れさせ、重い足を動かすための動力となっていた。幸いなことに体に異常はない、が失われていく酸素と飛び散る火花により、肺と肌が焼かれていくような、息苦しさが続いていく。
まるで、そう、地獄のようだ。
噴き上がる炎に焼かれる家、地面、そして人。
転がる黒い塊が視界に入るが、焼け付くような熱さでやられた脳はもうなんの感情も生み出さない。ひたすら、家族の、弟の姿を探して、自宅があった場所まで足を動かす。その塊が探し求めているひとである可能性など微塵も考えなかった。
「…しろう、…どこ、士郎っ!!」
「………っ、…」
崩壊し、炭となり尚燃え上がる昨日までいやついさっきまで、普通に過ごしていた家の姿に遠くなる意識を必死に保ち、最愛の弟の名を呼ぶ。もうこの町が駄目だとしても、弟さえいればと、焼けた喉など構わずに叫び続けた。喉からこみ上げる血を吐き捨て、焼け爛れた手のひらなど厭わず、崩れた柱を払い、無我夢中で地獄と化した地を彷徨った。
その時、微かな息が聞こえた。
それは風の音にも近い、小さな小さな、吐息。
でも…生まれてからその音色を聞き、守ってきた私が、それを間違えるわけがない。
「士郎っ、…しろうっ!!」
「……ねえ、…さん、」
ああ、ああ!!なんという奇跡。
偶然にも柱と柱の間の隙間、まだ炎に完全に焼かれていない場所に埋もれていた、赤色の髪と、金の瞳。力なく伸ばされた手を取り、怪我がないことを確認しつつ、そっとその身を引っ張り出すと、ぎゅうと胸に抱きしめる。全てを失った私に唯一残された命。それはきっと彼にとっても同じものであろう。
「ねえ…さん、名前姉さん…う、あ…ああああああああっ!!」
「だいじょうぶ、もう大丈夫だから…」
炎に包まれた世界で見上げた空は、赤褐色のそれで。
白に近い灰色の雲が、ゆっくりと近づいてくるのがみえた。
これ以上この世界に士郎をいさせたくなかった。このままでは、士郎ものまれていってしまいそうな気がして。
「…守るから、わたしが…おねえちゃんが…」
今日から貴女はお姉ちゃんになるのよ。とついさっきまで傍にあった声が聞こえた。そう言われたのは何年も前のことだけど…何故だろう、近くからその声が聞こえた気がして。突然こみあげる感情を押し殺し、乾いた髪を撫でる。
「名前姉…」
「だって、私は…貴方の【正義の味方】だから」
その言葉は、ただ士郎が好きだったとあるテレビのセリフをそのまま言っただけ。それはただ彼を守るという意味で言ったのだけれど、その言葉が彼にどんな影響を及ぼすことになるのか、想像などしてもいなかった。
†*†*†*†*†*†
ふと目を開けると、そこにあったのは【金色】で、それが何か理解するのに数十秒掛かった。横に視線をずらすと赤褐色の世界は消え失せ、見慣れかけた白い部屋に新鮮な空気が満ちていて、思わず大きく息を吸ってしまう。
すると浅黒い大きな手が頬に伸びて、私の視界には再び金色が映ることになるのだ。
「随分うなされていたようだが…」
「……………ええ、地獄をみたわ」
「それは結構なことだ」
ずきりと痛む頭を抑えたくても抑えられない。全ては押し倒すように私の上に覆い被さるこの男ーエミヤオルターが原因であることは言うまでもないだろう。
エミヤオルタは私が2番目に召喚した英霊であり、【この世界】では1番最初の相棒である。多くを語らず、そして記憶と味覚を持たないこの男が、いつからだか私の良く知る瞳をするようになった。そして、それからこの英霊は常に私の傍に控えるようになったのだが、それはまた別の話としよう。
「酷い顔だな。…いつもより酷いぞ」
「……悪かったわね、この顔は昔からよ」
「…ああ…そうだな、【昔】から…そう、だった」
黒豹の如く背中をしなやかに曲げて、その精悍な顔を近づける男に思わずぎょっとして反射的に目を閉じると、目の下の方に湿った何かが這うのを感じ、体が跳ねる。舐められたと頭が理解した時には、もうそれは私の唇を貪っていて、吸われていく魔力と好き勝手に絡まされる舌に、思考を放棄せざるおえなかった。
「…っ、…あ、…もう、やめ…」
「ふむ、こんなところにしておくか」
「…貴方ね…、毎朝毎朝持っていきすぎなのよ…」
「朝食だ。当然だろう」
「ひ…ひとをしょくりょうあつかい」
離された唇と、離れない体。
私の魔力は今までの蓄積というか経験というかそういうのも積み重なって、非常に多い。魔力タンクと影で呼ばれているくらいの量はある。なので、魔力供給は相手に触れなくてもパスを通して充分に行うことができるのだが…。どうもこの英霊はこの方法がお気に入りらしい。朝・昼・夜きっちりと吸い上げられるのだから、魔力的には問題ないが、私の心臓的に問題大有りというやつである。
「少しはマシな顔になったじゃないか、マスター」
「……おかげさまで」
それでも私がこの男を拒めないのは、ふとしたときに【彼】をみるからであろう。だが重ねているわけではない。【冷酷な機械】とか【殺戮マシーン】とか自分で謳う癖に、最後まで見捨てることをしない、英霊が放っておけない。きっとそれだけだ。
「…あー、もう!とにかくどいて!私も朝食たべたい!……っぐえっ」
腹筋を無駄に使って勢い良く体を起こした。いつもこれをやるとすんなり退いてくれるのだ…が、今日は勝手が違ったらしい。瞬間目の前の分厚い胸板に顔面からぶち当たることになって、あまりの痛さに視界が潤む。腹立つことに原因となった男は涼しい顔を一切崩さない。
「い…、いたい…」
「ふん、愚鈍だな…名前。まだまだ鍛えが足りないらしい」
「顔面をどうやって鍛えろというの…」
相変わらず口から出る言葉は刺々しいものだ。
いつの間にか背中に回っていた太い腕に力が籠り、その胸に抱き締められる。すっぽりとその体に埋もれてしまった私は、ただただその【優しい】抱擁を受け入れるしかない。
地獄の底で、彼を胸に抱いたあの一瞬のことがふと脳裏に過ると、それを察したかのように、ぎこちない動きで、〈彼〉の手が私の髪を撫でた。
「……俺は…私に戻ることはもう不可能だろうな。
だが、アンタを取り戻した俺は…名前…アンタの、アンタだけの正義の味方にはなれるだろうさ。」
掲げるは誰が為の正義か、愚問であろうその問に返ってくるのはいつも、弱き者の為という言葉。その中には自分が入っていない、まさに自分を切り売りしながら成し遂げるべき正義。
だけど、この英霊と彼は違う。この男は私が原因で堕ちてしまった、私だけの正義。
「……ねえ、貴方は誰…」
「…無銘の英霊さ。少しばかり腐っているがね」
くつりと低い笑い声が響く。こんな笑い方は知らない。
この男はもう私の弟ではないのかもしれない。ならば、許されなかった想いはいつか許されるようになるのだろうかと、その体温に包まれながらぼんやりと考えた。
この男と同じ想いを抱いている英霊がいることに
このとき私は気付いてもいなかったのだ…。
*終わり*
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