森の魔法使い
*原作改変あり




この世界には、魔術師と呼ばれる存在がある。
古き代に誕生した不思議な力を持つものたちが、永き時間を掛け詠み解いて、次の世へと語り継いできたという『(ルール)』に従い、宇宙の外に存在するという、全ての始まりであり、全ての終わりである『根源の渦』へと至ることを目的に、研究を行う人間のことをいう。

簡単に言えば、根源へ至るために魔術を用いるものを魔術師と呼び、それ以外を魔術使いと呼んでいるのだが、ここで語る物語にはあまり関係しないので、割愛させてもらおう。

血縁やら家柄で固められた魔術師とは別に、魔法使いと呼ばれる存在がある。
それは魔術師たちの最終目的であり、彼らが血を吐くほどに渇望するものを全て手に入れしもの。

理を理解し、原理を組み立てて、齎された結果を魔術と呼ぶのであれば、人間以外のものの力をかりて、理に干渉し、齎された結果を魔法と呼ぶ。それが魔術と同じ結果であっても。

人ならざるものの手をかりるためには、様々な掟を守り、彼らを知らなければならない。そして彼らから齎されるもの全てが、幸福を呼ぶとは限らない。自然の摂理から力をかりるということはそういうことなのだろう。



さて、長い前置きになってしまったが、今回語る物語は…そう、1人の魔法使いの話である。



とある地に、古より人を拒み続けてきた森があった。
世界中の大国が文明の進展と引き換えに、手放したものが詰まったそこには、様々な動物がいて、様々な植物があった。
来るものを拒む森は、案内人なしでは入ることすら儘ならないであろう。迷いの森とも呼ばれるそこは、精霊が住まう地ともされ、信仰の場所にもなっていた。

青々と茂る木々に阻まれ、その地理を知るのはそこに住まうもののみであるため、場所を語ることはできないが、森の中には大きな屋敷が1つある。木で造られた屋敷は、随分立派なもので、開け放たれた窓からハーブの匂いと鼻歌のような軽い歌声が漏れていた。家の周りには、鹿や鳥、猫といった動物が集まり、それぞれの姿勢で微睡んでいる。


と、そこに1つの羽音が近づいてきた。
ばさりと白い羽を滑らせて窓から侵入したそれは、鳩ぐらいの大きさの鳥で、丸い目をぱちぱちと瞬かせると目当ての人物を見つけ、高い鳴き声を上げる。




「ん?…手紙、か。お疲れさま」




草の色が所々に付着したローブを纏った女が、その指を伸ばすと、先ほど侵入してきた鳥が細いそれにとまる。すると鳥がぱあと光を放ったかと思うと、そこには一枚の紙があるだけであった。
名前へ、と記されたその手紙を、慣れた動作で開いた女は、その形の良い眉を顰める。





「ふうん。…オークションのお知らせ、ねぇ…」





深い森の奥に住まう魔法使い、名前は、つらつらと書き記されたそれらに深いため息を落とす。
そんな彼女の傍に1匹のリスがやって来ると、彼女はその手紙を差し出した。リスが小さな手で手紙に触れると、瞬く間に手紙がただの燃えカスとなっていく。

この屋敷を、森を自由に動き回る動物の形を模した精霊たちは、人には見えないものだ。
その在り様も様々ではあるが、基本的に気に入った素質のあるものにしか懐かないし、近寄りもしない。





「胸糞悪い連中に会うのは御免だが…、偶には行ってみるのも良い…か」





何か良い素材が、手に入るかもしれないしね。と呟いた彼女の肩に、ぴょんと飛び乗ったリスがきゅるりと喉を鳴らした。







****************







魔術師や魔法使いは、専門の組織が存在し、そこに所属しなければならない。そして組織には厳格な掟が存在し、それを破ったものにはそれはもう酷い罰が下される。名前も組織の人間なのだが、その特殊性から監視下に置かれてはいるが、比較的自由にできるのだ。

魔術師は基本的に一般の人間を人間と思っていない。目的のためならば生身の人間を、平気で実験材料にしたり生贄にしたり、一言でいえば人でなしである。例外もいるけれど。そんな連中が集まって何かをやる時は、大抵人の道を外れたことであると彼女は暗い道を歩きながら、思考する。


気紛れで参加をした、魔術師のオークション。
魔術師と名がついてはいるが、所詮は人間。このオークションはレアなものもあるが、模造品も多く出品される。だが商品は実物を隠す所なく出されるし、その商品に値をつけるのはあくまでも自分であるから、模造品を掴まされても文句はいえない。むしろ恥を晒すことに繋がるので、文句をいう魔術師は少ない。

そうした魔術師の高いプライドを利用して、成り立っているといっても過言ではない闇市であった。





「おお!!これはこれは…かの魔法使い、名前さまではありませんか!!
このようなところに来られるとは…珍しい」



「…名前?…名前って、あの…?」

「そうよ、あの森の……」

「根源の化身ともいえる…あれよ」

「でも、あれって…」




迷いの呪が張り巡らされた道は、ある程度の魔力を持ったものしか辿り着けない仕組みとなっていて、その通りを抜けた先に会場はあった。血を巻き散らしたような赤い絨毯が敷き詰められた、そこは、所々に置かれた蝋燭のみが足元を照らしていた。

受付にはすっぽりとローブを被った怪しげな人間たちがいて、仕来りを重んじるのは良いが…と彼女は心の奥で何とも言えない思いを吐き出した。

微妙な顔をした名前に気づいた受付の1人が、ぱっと顔を上げて近づいてくる。彼女を称えるように声を上げたその人間によって、周りにいた魔術師たちが名前を見て好き好きに言い始めるのだ。これが大抵どこでも行われるので、魔術師の集まりには最低限しか出ないようにしているのだが、どうも性に合わないと、近付いて来た1人の男を見てため息をついた。






「ご案内しましょう、こちらへ」






言いたいだけ言って満足したのか、つやつやとした顔をしながら名前を先導し始めた男の後に一拍置いてついていく。ひそひそと彼女を見て交わされる言葉たちに、内心うんざりしながらも、彼女はオークションが行われる部屋に辿り着いた。

そして特等席とも呼べる、ソファー席に案内された彼女は、メイドのような恰好をした女に飲み物やらを出され、買いたい商品があれば合図をしてくださいと言われた。

ひざ丈の黒い布に白いエプロン、頭のホワイトプリム、上品なつくりのメイド服がよく似合う女性で、非常に眼福ではあるが、そう近くにつかれては落ち着かない、とカップに口を付ける。

ぞろぞろと入ってきた魔術師たちは、彼女の姿を5回ほど見たり(5度見というやつである)、にこやかな下心を丸出しにして近づいてきたりと大層な反応を示しつつ、己の席に向かっていった。

勿論魔術師の中にも比較的まともなのはいる。だが本当にまともな人間は、魔術師の在り様に異議を唱えて消されていくことが殆どであるので、きっと彼らもどこかで非人間的なのだろう。

ながい間、魔法や魔術、それを使う人間を見続けてきた彼女は、どこか冷めた気持ちでそこにいたのだ。





「お集まりいただきありがとうございます…。では、これから…」





黒い皮のソファーに腰掛け長い足を組んだ名前は、彼女を此処まで案内した男が開始を告げるのを聞き流しながら、再度思考を回す。魔術師のそのやり方を汚いと思う自分もまた…その世界に染まりきっている1人なのだと、いうことに。


それからつつがなくオークションは進んだ。
伝説と呼ばれる宝石であったり、賢者の石と呼ばれる幻の石であったり、聖杯の欠片であったり、真偽は問わなければ相当な商品が並べられ、淡々とそれらを紹介する司会の声と、値を張り上げる客の声に、段々とその場の人間がのまれていく。そうして上げられた熱が、欲深い人間の思考を麻痺させていくのだろう。

名前のガラスのような、無機質の瞳は商品を一見するだけで、何も反応を起こすことはなかった。
そう、この時までは。





「さて、これはおまけ程度ということですが…」





2m以上はあるであろう巨漢2人に引っ張られ、現れたのは人間であった。
動物かや人間といった商品もまた普通にオークションに掛けられるので、誰もが興味津々に檻を見つめていた。もちろん商品を見る目で。

名前も抵抗する気力はないらしい男を見る。鉄の首輪と、手錠で自由を奪われたその男は、浅黒い肌に、筋骨隆々な体つき、短く刈られた白い髪をしていた。だがその肌は、黄色のようなオレンジのような亀裂が走っており、彼女にはそれが痛々しく見えた。

見入るようにそれを見つめていた彼女の、その視線を感じたのだろうか、彼の金の瞳が…彼女を、とらえた。その瞬間。名前の中で、何かが閃いたのだ。


どうやら他の魔術師たちも気に入ったらしい。
頑丈そうな体つきを見るに用心棒として使用したり、健康状態も問題ないらしく実験材料として使用したりと、各々がこれに使えそうだあれに使えそうだと声を上げて、値を叫び始める。





「こちらの商品は、記憶や味覚の欠如が見られます。
身体能力はずば抜けて高く、いくつもの戦場で……」





ぼんやりした金の瞳。もしかしたらこのような場所にいる理由も忘れてしまっているのだろうか、と名前は、虚ろなそれをじいと見る。彼女自身は人間を材料にした実験やらは行わず、腕も立つので用心棒も必要ないし、ほかの人間と一緒に暮らすなど考えたこともなかった。

ただ、…檻に閉じられた箱の中の、金の瞳が、残虐な人体実験に使われ捨てられるのは勿体ないと、思っただけで。別に情など沸いたわけではない。





「ねえ、…アレ。落としてくれる?」


「かしこまりました」




やっと声が掛かったと言わんばかりに、ぱっと此方にやってきたメイドにそう言いつける。すると提示された最高額を更に上回る値が、メイドによって示されると会場中から動揺の声が漏れた。だがどうやら諦めがつかなかったらしい。次々に上がる値に、その度にその上をいく声。

名前の方は上限を定めていない。故に容赦なくその値は上がる。その応酬が幾度か繰り返されたかと思うと、ついに沈黙が会場を満たした。間を置いて静かになされた勝ちの合図に、彼女は次の指示をメイドに送った。





「では此方にサインをお願いします」


「名前さま、頼まれていたお品になります」





オークションの終了を待たずに部屋を出た名前は、別室で契約書にサインを行う。サイン後に差し出された紙袋を受け取り、礼を言うと足早に競り落としたものを受け取りに行く。

並べられたものたちの中でその男は目立った。なので彼女は受け取った鍵を手に、躊躇なくそれに近づく。
つうと滑るように向けられた金の瞳。虚無を映すその瞳に、彼女は映っているのかわからない。
それに構わず、名前は錠に鍵を差し込むと、かちゃという軽い音を立てて男を商品としていた鉄の拘束を解いたのだ。

拘束を解いた瞬間に襲われたり、最悪殺されたりといった事件も多いので、多くは拘束したまま連れていく。だが彼女は迷いなくそれらを全て外したのだ。





「貴方…名は?」


「………オルタ」


「オルタ、ね。じゃあ帰りましょうオルタ」





ぼんやりとした金が名前に向けられる。
機嫌良く微笑んだ彼女の手が差し出されると、その白い掌をじいと見た男は小さく口を開いた。





「…帰る?」


「ええ、貴方は私のものになった。
ということは私の帰るところが、貴方の帰るところになったわけ」


「何に使う気かは知らんが、無防備過ぎると思わんかね」


「今まで抵抗もしなかった癖に、今更よ。
ほらさっさと行くわよ。これでも私、忙しいの」


「っ、…おい、」





がっしりとした男の手を無理やり握った名前は、そのまま移動呪文を唱える。
ぐんと視界がぶれ、一瞬体が浮いたかと思うと、目の前には森が広がっており、魔術師たちが好んでつけている甘ったるい香の匂いは消えていた。








*****************







さらさらと揺れる葉を動揺したように見上げた男の服を軽く引っ張り、屋敷の中に案内した名前はまずその服を脱ぐように男に言う。それほどまで男の服や体は汚れていたのだ。

浴槽に彼女が調合したハーブを入れると、落ち着いた香りが浴室を満たす。
用意したタオルと、メイドに頼んで用意させた男の替えの服をセットした名前は、多くある空き部屋の1つを掃除し始める。元々1人で住むには大きすぎる屋敷だ、住人が増えることに問題はない。

それにしても、もう少し抵抗するかと思いきや連れて来られた男…オルタは、素直に女の言うことを聞いた。記憶の欠如からくるものなのか、それとも元々のものかわからないが。





「…とはいえ、どうしようかしら」





目的があって連れてきたわけでもないので、名前はオルタの扱いに悩む。自由にしても良いが、記憶欠如の男を放り出すほど彼女は非常ではなかった。

掃除といっても、この家には古くから家政婦がついているので、埃の1つもない部屋をチェックするだけに終わる。物は少ないが、そこは彼が適当にやるだろうと後ろを振り返ると、ボタンを留めずに灰色のシャツに袖を通し、黒いズボンを履いた男がいた。振り返る前から浴槽に入れたハーブと同じ香りがしていたので、驚きはしなかった。そのことには。

彼女が驚いたのは、その腕に抱えられた、ふわふわの羊の形をした精霊の姿である。





「オルタ…貴方、その子がみえるの…?」


「…?。付いて来たから拾っただけだが?」


「そう。ねえこっちに来て、座ってくれる?」





もこもことした白い毛に覆われた可愛らしい羊と、人相の良い方ではない男の組み合わせは、中々面白いものであった。片腕で担いだその羊は、彼のことがお気に召したらしく離れようとしないので、そのまま一緒にベッドに座ってもらう。名前はオルタの額に手を宛がうと、集中するようにその瞳を閉じた。

人間は多かれ少なかれ魔力回路を持つ。素質はその程度により判断されるのだが、どうやらオルタのそれは一般より少し多い程度らしい。だがその魔力はとても質の良いものであることがわかった。

濁りのない清廉な魔力に、精霊もオルタに懐いたのだろうと納得した名前は、目を開けると、観察するように彼女を見ていた金の瞳と目を合わせる。





「貴方の、欠けたものを戻してあげる」


「…そんなことをしても…アンタにメリットはない筈だろう」


「記憶、味覚欠如だったわよね。それに対応する薬が作れるわ。
しかも効果を証明済みのね」


「………そのために、俺を買ったのか?」


「そうねぇ…記憶が維持できるようになったら、教えてあげる。
今言ってもどうせ明日には忘れているでしょ」






ふと微笑む名前に、不可解だと言わんばかりに眉を顰めたオルタ。だが彼は彼女の言葉を否定することはしなかった。
深い森の奥でこうして2人の生活は幕を開けたのである。








*終わり*
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