*読み方によって百合表現ありです。注意。
*カルデア内部に対する表現は全てオリジナルです。
天井から流れる薄いベールに包まれた大きなベットに、滑らかなシルクのシーツが敷かれており、繊細な刺繍のなされたクッションや枕がサイドに並べられている。
ふかふかのそのクッションに、その背を預けた女は、寝間着として使用しているシンプルなシャツとズボンを身に着けていた。
柔らかなベット再度の淡い光が、ゆらりと揺れて影を落とす。
良く見ると、その女の膝の上に誰かいるようであった。
真白いシーツに広がる金の髪は、太陽に輝く豊かな稲穂を連想させ、普段は『結い上げている』それは今の持ち主と同様に、何にも拘束されることなく、女の膝を擽る。
ゆるりと閉じられた瞳を、長い睫毛が縁取り、つるりとしたその頬はほんのりと色付いていた。
「良い、香りね…」
「でしょう?
今日の香りはね、貴女の髪をイメージしてつくってみたのよ」
「わ、わたしの…髪…?」
「ええ、秋の柔らかくてあたたかい陽の光に輝く、金の稲穂。
優しい風に揺れて、さらさらと音を立てる、実りの音」
「そ、そんな…そんな、わ、私には…」
「いいえ。貴女が持つ色は、あたたかなもの。
誰がなんと言おうとも、この私がいうんだもの…信じてくれるでしょう?」
「…う、うう…ずるいのだわ…名前」
さらり、と長い指先が金のそれを救い上げ、砂時計を傾けるようにそれをシーツへと落とす。
すると砂が流れ落ちるように、ぱらぱらとシーツへ散る髪に、ふと微笑んだ女は、ベットサイドに置いたアロマキャンドルに目をやると、暗い部屋に咲いた橙の光がふわりと揺れた。
薄ら開かれたルビーのような瞳と、名前と呼ばれた女の瞳が交わう。
冥界の女主人であるエレシュキガルを召喚した、名前という『人間』は彼女が知る『人間』とは明らかに異なっていた。
平和な国で育った筈なのに、戦い方を…殺し方を知っている。そして切り捨てることも、育てることも、知っている。まるで戦士のような、そうまさに英雄が持つものを、彼女は持っていた。
だけれども、その懐に入れたものにはそれはもう残酷なくらい優しい。
今だってそう。エレシュキガルが以前一度だけ縋って以降こうして彼女が眠るまで傍にいるのだ。英霊には眠りは必要ない、むしろ人間である名前が眠らなくてはならないのにも関わらず、一見すれば無意味なことを彼女は繰り返すのだ。
この爽やかな甘い匂いを、どこか切なくなるこの香りを、エレシュキガルは知らない。
冥界にはないものに溢れたこの世界は、彼女の好奇心を擽り、知を満たすものばかりだ。しかし、知ることを重ねれば重ねるほど、孤独の恐ろしさを知っていく。
己の身を包むこのぬくもりを、失う日が恐ろしい自分に気付いてしまいたくなくて、エレシュキガルは今日も、彼女の膝の上で眠るのだ。
「ねえ、名前。
私も…みてみたいのだわ」
「ん?ああ…稲穂のこと?」
「ええ、貴女が言う私の色を…私は知らないんだもの
だ、だめかしら…」
「勿論良いわよ。
エレシュキガルの望みを、私が叶えないとでも思って?」
「………そ、そうね。貴女は…泣きそうなぐらい、優しい人…だもの。
ぐずぐずしていると、あの王様にも、イシュタルにも、先を越されそうだし…。
で、でも…貴女は、ちょっと忙しすぎなのだわ」
もう1人の橙色の髪を持つマスターからも、頼られる名前は、最早カルデアの軸の1人といえるほど、重要人物として多方面でその名が挙がる存在となっていた。
故にマスターとして、カルデアの職員として、更にカルデアの職人としても活躍をみせる彼女は、実に多忙だ。
曰く、以前の仕事も同じようにしていたから、何でもないとのことだが、彼女を心配する人間や英霊は多い。あの賢王様ですら彼女の動向には気を配っているように思えた。
だが彼女を見下ろすその瞳は、まるで慈愛の女神のそれだ。
疲れなど感じさせない、それは…エレシュキガルが赤面するぐらい、うつくしく、優しいもので。
「折角、貴女とこうして過ごせるのよ。エレシュキガル。
こんなに幸運なことはない…そうでしょう?
ならその幸運を、もっと特別なものにしたい、貴女と同じ時を過ごしたいの。
貴女にとっては一瞬の時だとしても、ね」
ふわりと緩んだその唇に、ぼふんと音が上がりそうなほどエレシュキガルの頬が赤く染まる。その言葉が、何よりも彼女の心に染み渡り、込み上げてきた感情は瞳を濡らした。ふるりと震えたその肩に気付いた名前は、そっと彼女の頬を撫でて小さな手に触れると、じんわりとした熱が、冷えたエレシュキガルの手を包み込んだ。
「名前…、お願いなのだわ、
これ以上私に貴女の優しい熱を、与えないで…。
じゃないと私…本当に貴女を冥界に連れて帰ってしまうわ」
「別に構わないわ。
言ったでしょ?私、もう死んでいるのよ。
冥界に行くのは道理だと思わない?」
ふふ、と楽しそうに笑う名前は、確かに一度死んだ人間だ。
その魂と肉体はこの世界に転生されたものであるため、扱いは微妙なところではあるけれど、このカルデアにいる英霊たちは、名前の死を誰一人許しはしないことをエレシュキガルは知っていたのだ。
あたたかなその存在が、もしこのまま冥界へとおりて来てくれたらどれだけ幸せなことだろうとエレシュキガルは毎晩のように思い描く。それだけで彼女の胸には、春のようなあたたかさが宿るから。
「春はね、桜の花が咲くのよ。
花自体はとてもとても小さいけれど、その花がたくさん1つの木に咲き誇るの。
淡いピンクの花で、その木がたくさんあると山が染まる程なのよ。
それが潔くぱっと散るとね、桜吹雪といって、雪のように舞うの。
…いつか、貴女とみたいわ」
「…っ、み、見たい!」
「折角だから、お弁当持ってピクニックに行きましょう。
エミヤに頼めばお花見用のお弁当作ってくれるわ」
「お花見、っていうのね…。
ね、ねえ…名前。そ、そのお弁当って…貴女はつくれないのかしら」
「んー。そうねぇ。まあつくれるわ」
「なら一緒にお弁当も作るのだわ!!
私は、貴女とお弁当を作って、お花見をしたいの」
今だって、きっと皆の協力を得れば、そういうイベントも出来るだろう。レイシフトやシュミレーションルームなどを応用すればやり方は色々ある。だけれども、名前は日本のそれを見て欲しかった。この世界を知っているわけではないけれど、前の世界とほぼ同じであることはもう1人のマスターの話などを聞いてしっていたから。
そして、エレシュキガルもそれを望んでいたし、叶うならば、名前と2人でその桜という花を見たかった。
エミヤという英霊は、名前を色んな意味で慕う英霊であることは知っていたので、彼に声を掛ければ彼も同行することになるだろう。そうして、当然のように彼がオルタ化した男…エミヤオルタも付いてくる。それだけには収まらず、クーフーリンオルタや、クーフーリン達、イシュタルやら王様達、そしてもう1人のマスターまでも同行する流れとなり、気が付けば全員参加となって、自分が名前とゆっくり花を見る時間はないであろうことは、もうこれまでの経験から、想像ができてしまう。
「約束、なのだわ…名前」
「ええ…約束」
するりと絡み合った、小指同士。
約束する時はこうして小指を絡めて、誓い合うのだとエレシュキガルは、名前から教わった。
徐々にぼんやりとしたそれがエレシュキガルの意識を蝕んでいく。
それがあたたかな眠りへの誘いということを、彼女は、名前から教わった。
此処に召喚されてから、いや…あの場所で出会ってから…名前はエレシュキガルに色々なことを経験させてくれた、大事な人間であることが、良くわかる。
「おやすみ、エレシュキガル、
また明日も…頑張りましょう」
「おやすみなさい…名前。
明日も、貴女の役に…」
エレシュキガルの体に、質の良い毛布が掛けられる。
ふわふわとしたそれですっぽりと体を覆うと、安らかな寝息を立て始める彼女の髪を撫でると、そっと膝を外して小さな頭を枕へと預けさせる。
そして、その毛布が名前の体温であたたまるまで、彼女の体を優しく抱きしめ続けたのだ。
***************
「さて、…明日の編成の確認しないと」
前の世界で名前は、部隊を率いる立場であり、戦場における部隊の配置や作戦などの責任の重い決定も行ったことがある。だがどうも英霊の編成が非常に苦手であった。
各自が持つスキルやら特性やらを考慮し、相性の良い英霊を選択し、そして概念を取り付ける。更にそれは敵の属性なども考慮した上で決定するのが前提であることから、毎回毎回編成を替えなければならない。
最初のうちは、相性ミスを起こしてもレベルでなんとかごり押しが出来たが、段々と敵が強くなっていき、編成に少しでも誤りがあると、命に係わることだ。
本来はこのような遅い時間となる前に完成させるのが筋ではあるが、今日は様々な仕事が舞い込んだために、こうなってしまったのだ。常にこのような時間に仕事を始めることはあるが、周りのことを考えると、急がなければならないことだ。と足を速める。
「コーヒーは…キッチンか」
非常灯の光になんとか照らされる廊下は不気味ではあるが、これももう名前にとって見慣れたものである。闇を裂いて歩みを進める彼女は、食堂へと向かうことも考えたが、辞めた。もし誰かに見つかると、強制的にベット送りにされることは経験済みであったから。
しかも寝るまで監視が付く場合もあるので、此処は大人しく部屋に戻って編成を行うのが適切であろうと、思考する。
こうして名前が再び足を動かしたその時、前から金と白の何かが、見えた。
「……げ」
「げ、とはなんだこの馬鹿者!!!
姿が見えぬと、この王自ら探し回ったというのに…全くとんだ不敬者よなァ…名前」
「それは身に余る光栄…ですが王よ」
「『我が』王であろう。
お前の王は、我のみ。口の利き方に気を付けよと何度も申したであろうに」
「…で、ですが我が王。
もう夜も遅いので、もう少し声を落としてくださいな」
「このような時間に出歩いておるのはお前ぞ。。
何故我が気を遣わんとならんのだ」
英雄王と呼ばれる英霊よりはマシではあるが、それでも強い輝きを放つその装飾品に暗闇に慣れた目が不意打ちを喰らう。堂々とした出で立ちで名前の前に立ち塞がった、その男は、他の色を寄せ付けぬ強い瞳で、彼女を見下ろした。
ひくりと名前の唇が引き攣ると同時に、はっと鼻で笑う声が静まり返った廊下に響く。
どうやらこれは逃げられないらしい。と判断した名前は、取り敢えず目の前の王様をどうにかしようと観念し、話を聞くことにした。
「来い。我が寝台へ上がることを許す」
「…ああ…もう、仰せの儘に…」
「もう少し嬉しそうな顔をせぬか。
この我が直々にお前を誘っているのだぞ」
尊大なその態度は彼だからこそ許されるものなのだろう、と名前が肯定の意を示すと、眩しいほどの美貌といえるその顔を不満げに歪ませた賢王は、くるりと踵を返し自分の部屋まですたすたと歩き始めた。
伴わなければ今度は魔術で従わされることは目に見えていたので、彼女はその背を素直に追う。
そして、古代王と纏められる英霊に、いつの間にか乗っ取られていたフロアに辿り着くと、何故だろうかフロア一帯が輝いているように見える。これは彼らを慕う英霊によって磨かれているからであろうか…とこれまた勝手に改造された大きな扉を前に、意識を飛ばした名前は、ただ誘われるがままにその部屋の中に入る。
ぱたん、と閉じられた扉。
どこぞの宮殿かと思うほど、大きく広がる部屋はその力を以て空間すら弄ったということが良くわかる造りだ。
上品な深紅の絨毯が広がる部屋の中央に置かれたソファーに腰かけた賢王は、慣れたように己に続いて向かいのソファーに身を沈めた名前を見る。
目の前の女が、実に有能だということは、珍しくも男は認めていた。
しかし恐ろしいほどに、仕事人間であるということは、生前の自分を見ているようで、何故か目に留まるのだ。それが心配という感情であることは、自覚していなかったが。
昼夜問わず動き回る名前をいつからだか、気にするようになり、素直に己のいうことを聞かない彼女に苛立ち…気が付いたら、監視役の1人となっていたこの男は、ソファーに凭れその長い足を組み、長い溜息を吐いた。
「王よ…」
「………」
「我が王よ」
「なんぞ」
「随分隈が酷い様子。ちゃんと休まれてます?」
「……はぁぁ…。その言葉、丸ごとお前に返す」
「私はもうやすむつもりでしたよ」
「その言葉は4000年以上前に我が使用済みだ馬鹿め」
安眠効果が得られるという香をこれでもかという程に焚いた部屋は、程よい室温に調整させ、普通の人間ならば直ぐにでも眠気が訪れるであろう。何度言っても通じない女の為に、その卓越した頭脳を回した結果なのだが…。残念なことに、人ならざるもの相手に死線を幾度も乗り越えてきた名前にそれは通用しなかった。
毒に慣れた身体は、薬や漢方などすら身体に影響を及ぼすとして弾いてしまうらしい。
それについてはあの看護師が、幾度も苦言を呈しているのを聞いたことがある。
「それで、残る仕事は」
「…明日の確認」
「もう日付が変わっておるわ!!馬鹿め!!
…はぁぁ、貴様は容量は悪くはない。だが余計な仕事を負いすぎる。
故に自らの力を越えた量の仕事を請け負い、この我を!!態々!!出向かせることになっていることを何故理解しない?」
「我が王よ。それは別に頼んでn「ああ、何という愚行であろう!!この我に!!手を煩わせるとは…貴様、どういうことだかわかっておろうな」
額を自らの手で覆うと、さらりと流れる金色の髪が白いそれに掛かる。
さっさと部屋に戻って仕事がしたいといわんばかりの女に思わず声を上げた男は、もう良いと言わんばかりに、どこからか取り出した、薄い金の板…タブレットを取り出した。
そしてその長い指が、止まることなく何度か動くと、名前の前にそのタブレットがずいと突き付けられる。ぱちりと目を瞬かせた彼女が開かれている画面をみると、見慣れた編成画面が表示されており、そこには6人の英霊の名が入っていた。
ちゃっかり自分を一番前に配置している点でも、バランスの良い組み合わせがなされている点でも、抜かりのないそれは、名前からしても納得のいくもので。
「…流石、賢王さま」
「ふん。思う存分に賛美を述べるが良い。そして寝ろ。今すぐ寝ろ。
過労死などという死に方、いや…名前。貴様の死は我を愚弄することと同義と思うが良い!」
「ですが、我が王よ」
「なんぞ」
「まだ少し…あるのです」
「……ええい!!!貴様、隠しておったな!
疾く用意せよ!我が知を以て、片づけてやるわ!」
「…ええ…それは、私の仕事d「口答えは許さん」
か、と目を見開いた王は、今日の名前のノルマを並べさせると、深いため息を吐く。
自分の身体を超える仕事を負って、自分の役割に支障が出たらどうするのだと言いたいが、なんとも腹立だしいことに、そのような素振りをみせたことがないのだ。本当に生前の自分を見ているようで、とても腹が立つと眉間に皺を寄せた。
突如ソファーから立ち上がると、名前の腕をがっしりと掴み立ち上がらせ、そしてそのまま奥の部屋に置かれた、キングサイズのベッドに放り投げるように転がす。ぼふりと深く沈んだ体を、優しく包み込んだベッドは、男の寝室に置かれているだけあって、良いものらしい。
滑らかなシーツに散った名前の髪にそっと触れた指先が、彼女の唇を撫でる。
「10分待っておれ。寝たら宝物庫に放り込む」
寝ろと言ったり寝るなと言ったり忙しいと思いつつも、ゆっくりと頷いた彼女に、満足げに笑った男は、またその背を向けて先ほどの部屋へと戻っていった。
ぼんやりと、そのバランス良く筋肉の付いた背を見送った彼女が天井を見上げると、そこには緻密に描かれた絵が、広がっていて。ウルクを示すものだろうことは、直ぐに理解できた。1つずつそれらを見ていると、時間は瞬く間に去っていったらしい。
さらさらと肌触りの良い毛布に包まった名前の視界に、突然均整の素晴らしい目鼻立ちの整った顔が現れたかと思うと、ぐいと彼女の体が持ち上げられ、頭の下に一本の腕が敷かれた。
目の前にあるバランスの取れた筋肉が浮き立つ、胸板に、彼も寝るのかと微睡んだ頭で彼女は理解した。
纏っていた上半身の衣を取り去った男が、もう片方の手で彼女の頬を突いたり抓ったりして、その感触を楽しんでいるのがわかったが、完全に睡眠モードに入ってしまった彼女は抵抗する気が見えない。
「残念よな。早く寝ておれば、我が宝物の1つになれたというのに」
「…武器の一つとして発射されるのは御免です」
「馬鹿者。そのようなことはせんわ」
「……仕事は…」
「終わったわ。我を誰だと思っている」
「…そう、」
「………死んでも、その性分を直す気がないというのならば、仕方がない。
負うた仕事をすべて我に報告せよ。我が管理してやると言っているのだ。わかるな?」
「…………嫌」
「なっ!!…王の慈悲を一蹴するなどとは、お前でなければその首撥ねているところであるぞ」
「貴方も、同じだもの。仕事量」
「む、我を案じてのことであれば…良い、特に許す。
だが…我は英霊ぞ。貴様はいくら頑丈であろうとも人の身。比べるまでもない」
夢と現を瞬く長い睫毛と瞳を見つめる、宝石のような瞳は、普段とは違い優しく細められていることを彼女は知らない。
常に絶対の言葉を吐き出す、その強い口調も、まるで物語でも紡ぐようにしっとりとした優しさに満ちていることも。
「…ふん。冥界なんぞに連れていかせるぐらいならば、とうに我が宝物庫に放り込んでおるわ」
そう呟いた男に守られるように、女はその腕で安らかな眠りを得る。
先を読む赤い瞳が見据えるのは…別れの時か、それとも…。
*終わり*