王の任命

*裏なし



白い壁と床に囲まれたカルデアの施設。

様々な管理システムが揃えられ、電力により魔力を供給するという最新鋭のコアも管理室の奥に置かれており、今日も今日とて英霊召喚に励むマスターを支えている。


マスターの部屋や、英霊たちの部屋、トレーニングルームなどなど多くの部屋や設備が充実しているカルデアでは、少数精鋭といった形で運営しているのが現状である。そのために、スタッフはいくつもの仕事を兼任することになり、人手不足を嘆きつつも、自分の力を存分に生かせることのできる環境にやりがいを見出しているのも事実であった。


だが、やはりスタッフやマスターは人間である。

怪我や風邪などの身体外部及び内部の不良は医務室で、色々な意味で最高級の治療を受けられる。あらゆる病気を殺したいほど憎んでいる過激な看護婦が常駐しているため、24時間対応可という素晴らしい環境が揃っているためであるが。


そして、カルデアにはもう一室治療室が存在した。

それはデスクワークを行う職員たちの職業病というかもう恋人である腰痛や肩凝り、頭痛などを解消するために用意された、『マッサージルーム』そこには、資格を持ったとあるスタッフがおり、人間を対象に処置を行っていたのである。人理が崩壊した今では資格という言葉はあまり機能しないかもしれないが、知識は勿論その腕が好評であり、常に予約は埋まっている状態であった。


マッサージルームは整体を始め、アロマセラピーや心理カウンセラーやらに精通した1人の女性のみで運営されている。そして、その女性は、マスターとしての役割も担っているために、予約なしで施術を受けることはできないが、職員の数も少ないので、ぎりぎりではあるが、行き届いた施術を行うことができていたのである。



…が。彼女には1つ大きな悩みがあった。

悩みの数自体は少ないが、これがまた大きな悩みなのだ。下手をすれば人理修復よりも、面倒で大きな。






「それで、我の言うことが聞けぬというのか」



「いいえ…王よ。…その、私めがその玉体に触れるのは、その…不敬「見え透いた嘘は止めよ!それに我は貴様の唯一の王である。故に『我が』王と呼べというたであろう」



「……「ええい!!その『面倒だなこの王様』みたいな顔をするな!見え見えであるぞ!」






これまためんd…いや、大層な方に興味を持たれてしまったと、マッサージルームの主は心でぼやいた。

どうやら女性職員が廊下でお喋りしているときにこの王様が通り掛かり、マッサージルームの存在を聞いてしまったようである。そして、態々賢王と呼ばれる英霊に呼び出された名前は、相変わらず豪奢に飾り付けた部屋で、英雄王である男の部屋よりは落ち着いているものの、至る所に金の飾りをつけた王と対面しする羽目になったのだ。


人手不足のために、人間用であるということを何度も説明しているが、言い出したら言葉を違えぬこの王のことはよく知っているので、このまま押されるであろうことは名前もわかっていた。この唯我独尊の王の、マスターであり、このような性質の英霊を他にも従える彼女だからこそ、2つ返事で返さなくても首は繋がっている状態なのだろう。


何故拒む、と微かに傾げられた首の動きに合わせて、金の糸のような髪が揺れる。

存在自体が宝石のような男だと、目に刺さる眩しさに一度瞬きをした名前は、再度その唇を開いた。






「お言葉ですが、王よ…いや、我が王よ。
生身の体であればいざ知れず、今は英霊の身。
不調を感じるようなことはないのでは?」



「ふむ、まあ…許そう。
貴様の施術は、体を整えることだけではないのであろう?」



「………というと」



「ほんに鈍いやつよな…。まあ、良い。

何やら良い香りのするオイルやらアロマなどを用いて、体のみではなく精神も気持ちよくする…とのことを聞いた。それを我にしろというているのだ」



「我が王よ。それは主に女性の、肌のためにするものでもあります。

それにその艶やかな白い肌を見るにそこまでする必要がn「ほう…。毎日毎日同じ任務に連れていかれ、走らされ、宝具を連発し、貴様の思い通りに動いてやっているというのに、この我の頼みを断ると?」






鮮やかな刺繍の施された椅子に座り、肘置きに凭れるように頬杖をついた英霊は、その赤い瞳をゆるりと細めると、マスターである名前を見据えてそう低く言い放つ。

その言葉に思わず口の端を引き攣らせた名前は、脳をフル回転させ、逃れるための選択肢を必死に探す。


ちなみに、此処まで名前が拒否をしているのは英霊に対して施術をするのが嫌というわけではない。

賢王に施術を行うということは、すべての英霊にも頼まれれば断れなくなってしまうということである。そして、本当に必要な職員たちへの時間が取れなくなってしまうことを危惧して、なんとか阻止しようとしているのだ。

例外をつくると、後々面倒なことになるのも目に見えていたから。






「ふん。愚かよなァ…。王である我を特別に扱うのは当然のことであろうに」



「そうはいかないのです。我が王よ。
私にとっては、私の声に応えてくれた英霊すべてが大事なのです。
例え首を切られようとも、こればかりは譲れません」



「……はぁぁ…。もう良い。
貴様の頑固さはよーくわかっている。

なればこうすれば良いだろう!!
我と雑種らの時間をわけよ!
…そうさな、我は夜の時間が良い。故にこういうのはどうだ!」






きらりと光った赤い瞳に、このままでは完全に賢王のペースだと思いつつも、何だかんだ譲歩してくれていることを考えると、文句を言おうとした口を止めざるおえない。

これもきっと、この王様の心理戦の1つなのだろうと理解はしているが、あの言い出したら聞かない王様が…と考えると、やはり強くは出れなかったのである。

あっという間に組み立てられてしまった業務スケジュールにため息を吐いた名前は、その女神とも張り合えるであろうその美貌を力なく睨みつけると…。






「過労死したら、責任とって下さいよ…」


「安心せよ。貴様は我のものぞ。簡単には死なせぬさ」






愉快そうに口角を釣り上げた王は、何だかんだ己に甘いマスターに、心底から気分が良くなるのを感じてその名前の顔を見る。

名前の頭の中はきっと、己にどのような香りが合うかなど、もう仕事モードに切り替わっているのだろう。そう考えれば考えるほど、何故か賢王の機嫌は上昇していくのだ。己のことのみを考える、名前は、なんと愛いものかと胸の中でらしくない言葉が浮かんで転がるのを感じた。











*************











ソファーと同じく、金の刺繍で縁取られたキングサイズのベッドに、肌触りの非常に良い白いシーツが広がる。

マッサージルームにもベッドはあるが、狭すぎるといわれることはもう想定済みであったので、名前はこの賢王の部屋で施術を行うことにしたのだ。所謂出張サービスというやつである。


取り敢えず王には、シャワーを浴びてもらい、身を清めてもらうことにする。

もしこれが召喚後直ぐの出来事であったならば、緊張やらなんやらで施術どころではなくなっているだろうけれど、もう随分長い付き合いということもあり、名前はいつも通り落ち着いていた。


英雄王と比べると、落ち着いているように見えるが、気難しいことには変わりはない。だが…意外とユーモア溢れる一面もあることは度々の任務先でわかっていたので、英雄王よりは接しやすく感じていたこともある。


大事な仕事道具の1つであるアロマオイルの入った小瓶たちが並ぶケースを用意する。

このアロマオイルは名前が調合したもので、何百とあるその中から、賢王に合うと思うものをチョイスした。



普段の任務用の服から仕事着に着替えた名前は、質の良いタオルを準備して、シャワーの音が止まるのを待っていると、間もなく音が止まり、浴室から出てくる男が、バスタオルをきちんと腰に巻いているのを確認したうえで、近寄る。

この部屋に浴室までが完備されているのに驚いたのは大分前の話で、しかもその浴室から平然と全裸で出て来た男に驚かされたというか、心臓が止まるほどの思いをしたのは懐かしい記憶であったから。






「髪を拭きましょう、傷んでしまいますよ」



「任せる」



「…では、その間にこの中から好きな匂いを選んでくださいな」






先ほどの椅子に腰かけた男の後ろから、ベッドに敷かれたシルクにも似た肌触りの金に触れると、アロマオイルの並ぶケースを差し出した。いくつかの香りを確認した男は、特に気に入ったそれを名前に手渡す。


時間を掛けることなく選ばれた小瓶を受け取った名前は、目の前のしっとりと濡れた髪をタオルで拭き始めた。

美容師から指導を受けた経験のある名前の手つきは、非常に優しくあまりにも心地の良いものであったので、英霊の身とはいえ、多忙を極める王は、思わず微睡んでしまった。


ある程度髪が乾いた頃を見計らい、名前が声を掛けると、のそりとした緩慢な動きでベッドまで歩く。

まずはうつ伏せで、と頼むと、素直にその肢体をベッドに横たえた男を確認すると、名前はクッションなどを用いて、楽な体勢を作った。マッサージルームのベッドには顔の部分に穴が開いており、呼吸をしやすくするのだが、流石にそこまでは出来ないので、クッションなどで呼吸を確保したのである。頼めばベッドに穴を開けるぐらい簡単にやってのけるだろうが、そこは穏便にすませることにした名前は、すっかりこの賢王のマスターである。


それにしても、こう存在するだけでも絵になる男だと、白い肌と均整の取れた体を眺めながらついつい思ってしまう。


透けるほど白い肌に、バランス良く付いた筋肉が浮かぶ。

艶やかに輝く金の髪に、誰もが惹きつけられる赤い瞳。

うつくしい顔(かんばせ)だけではなく、それに似合うようにつくられた体全体…いや、存在そのものが芸術品なのだろう。そして芸術品とは1つ欠けているからこそ、価値がでる場合があるらしいと名前は思案する。

まあ、それはその性格というものなのだが…。






「さてさて、我が王よ。
不本意ながら私めが、癒して差し上げましょう」



「何を言っておる。貴様が我が玉体に触れたいと言い出したのが始まりであろう。精々奉仕するが良い!!」



「………今度から会話録音しておこうかしら…」






相も変わらず尊大な態度を崩さない賢王に、ため息を吐いた名前は後にこう語ることになろうとは…この時思ってもいなかったのだ。そう…『自分の作ったアロマオイルと、自分の手がまさか英霊に色んな意味で効くなんて』と。


名前の小さな掌に落とされたアロマオイルが、ふんわりとその優雅な香りを放ち始める。


これがその、名前の不本意な…始まりであったのだ。











*終わり*
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