「ねぇママン」
「イリスさん、いい加減それ辞めてください」
「最早アズールのそれはママンにしか見えないんだもん…」
「僕は男です!」
「えええ…じゃあパパ?」
「それはもっと駄目です!」

あたふたするアズールを余所にイリスはふわりと笑う。
ここ、オクタヴィネル寮のモストロ・ラウンジでイリスはバイトをしている。
開店前のVIPルームでアズールを発見したため声をかけたのだった。

「あまりこちらにばかり顔を出しているとジェイドに怒られますよ」
「んー。今はアズールとお話したい気分」
「え…」
「なーんて」
「からかってるんですか!」
「冗談、冗談!最近アズールに迷惑かけてばっかりだったからさ」

そういうとイリスは少し申し訳なさそうな顔をしてアズールを見る。
確かにここ数日オンボロ寮で賑やかな雰囲気があるのでそれが苦手なイリスはオクタヴィネル寮のゲストルームで寝泊まりしてみたり、拍車をかけてやる気が無くなり先生方からも叱られーアズールにその矛先が向いてちゃんと世話しなさいと言われる始末だったのだ。
ここまで手がかかるとは。手のかかる子ほど可愛いとは言う物の少し呆れていた。

「フロイドも気分屋ですが、貴女も相当ですよ」
「いやあ、苦手なんだもの。賑やかな雰囲気」
「そうじゃなくて…」

はあと溜め息をつけばイリスは頭を下げた。

「本当ごめんなさい。今日は流石に寮に帰るよ」
「そう、ですか」
「毎回迷惑もかけてられないしね」
「もう既に…」
「それ以上言わない!悲しい!ママンに見捨てられたらもう生きていけない…」
「大袈裟です。それにママンじゃないと何度言ったら…」
「アズール」
「……え?」
「アズール。これで文句ないね?」

いたずらが成功した子供みたいな笑顔が向けられる。
頬が赤くなり、熱を帯びるのを感じる。
イリスに抱いているのは母性や父性のような感情だと普段から言い聞かせているが、こうもふいに可愛い事をされては心臓が持たない。

「分かっててやってますね」
「さあ?何の事だろう」

今まで見て来たどの女性ー人間よりも興味深く。
愛らしく、それでいて心の奥底が見えない。
不思議な少女に抱くのは、恋心なのだろうか?
それでも今はまだ、家族のような心でいたいのだ。

「じゃあアズール、私はホールに戻るよ!開店準備しないとね」
「っ…ええ。お願いします」
「明日は真面目に授業受けるようにするからさぁ。ほんとごめーんね」

と言うとイリスはそっとアズールに近づき、赤く染まる頬へキスをした。

「!
イリスさん?!」

お・れ・い、と口パクで言いながらVIPルームを後にするイリス。
アズールはそこから5分は動けなかったようだ。
後からきたジェイドとフロイドにいじられたのは言うまでもない。


はお母さんでも良いです。
(心臓が幾つあったって、貴女の笑顔を見ていたら足りないから。まだ母と呼ばれる方が心臓には優しいんです。)
2020.06.01