あのままいたらいずれこうなるだろうとは思っていた。けれど違う意味でいるのだと考えると、ちょっと理不尽な気がしてならない。
まるでどこかのテレビドラマで見たまんまの牢屋じゃん。そしてなぜ、私はその中に入っているのだろう。何かしただろうか。確かに突然知らない場所には来たけれど、不可抗力だ。私だってイケメンに言われるまで自分に萌要素がついているなんて知らなかった。
あ、あと大声を出したことしか思いつかない。大声を出したらおまわりさんみたいな鎧着た変な人に、怪しいからってここに連れて来られたんだっけ。
あのイケメンは面倒事になる前に姿を眩ますし、一体どうなっているの。あいつはなんだ、忍者か。いや、そもそも日本じゃないから……日本、お家が恋しくなるからやめよう。
そう言えば、なんで私に猫耳とかしっぽなんてものがついているの。間違えた。生えている。引っ張ってみたけど痛い。いつ生やしたかなんて分からない。ここで目を開けた時にはもうあったのかな。あのイケメンに会う機会があれば(きっとないだろうけど)聞いてみよう。
興味本意で公園になんて近づかないで、さっさと家に帰ればよかった。今頃はきっと家に着いてお風呂でゆっくり温まってご飯作って食べているよ。
あれ、そういえば、私の体どこも濡れていない?
死んだと思ったのに飛ばされただけだとしたら、濡れているはずなのに…。もしかしてサービスで乾かしてくれた?
うーん、そういうことにしておこうか。
「ああもう。お腹減った…!」
こんな知らない場所で独りぼっちとか、泣いていいですか?
「ハンバーグ食べたい……。あ、牛乳の賞味期限いつまでだっけ」
「お前腹減ってんのか?」
「………誰…?」
見張りだと思う人はお約束のように寝ているのか、いびきが聞こえるから違う人だ。
でもこんな所に来る人って、誰だ。
「さっき会ったのにもう忘れたのかよ。都合のいい頭してんな」
なるほど、先ほどのイケメンである。
「ヅラなのか地毛なのか判らないあなたに言われたくない」
「どこをどう見たらヅラになるんだよ。つか、人なのか人じゃないのか分かんねえ奴にどうこう言われる筋合いねえよ」
「人権侵害…裁判起こしたら絶対勝つ自信ある」
「何のことか知らねえが、耳としっぽ生えてるくせに何言ってんだ」
フッと勝ち誇ったように笑うイケメン。むかつく。顔は確かにイケメンだけど、性格は全然イケメンじゃない。
ああもう腹立つ。
大体何しにここに来たんだ。牢屋に入っている私を笑いに来たのだろうか。それこそ馬鹿にしている。
「……嫌な奴…」
「おいおい。ここから出たくないのか」
「何、脱獄に協力してくれるわけ?」
「出してやる、とは一言も言ってないぜ?」
「性格悪い」ボソッと呟いたら聞こえたみたいで「それは光栄だな」とニヤリと笑う。ちょっと、捕まえる相手間違えているよおまわりさん。私よりもこの男の方がすごく怪しい。その辺にでもいる変質者よりも怪しいからね。目の前で私を見下しているのが腹立たしい。
「こんな所に来るなんてよほど暇なんだね。可哀想で涙が出るよ。勿体ないから出さないけどね」
「お前の涙なんぞ頂戴したかないね。こんな所にぶちこまれたお前よりかは充実してるけどな」
ああ言えばこう言う。
何か、私が二人いるみたい。
「あなた何しに来たの?」
「暇潰し」
「あっそうですか」
もう相手にしていたらキリがない。そのまま無視を決め込んでいたら男は「此処の飯案外悪くねえよ」と言い残し、何処かに行ってしまった。牢屋入ったことあるんかい。筑前煮とか出してくれたらいいな。それかかぼちゃの煮つけ。想像したらお腹減ってきた。ご飯の時間っていつなんだろう。
あの男は何だかんだで開けるつもりはなかったみたいだ。別に開けて欲しいなんて思っていたわけじゃない。そもそもあの男に開けてもらうなんて癪だ。ああもう早く出たい。この冷たい鉄格子ってどうしたら開くのか。やはり定番のピッキングなんだけど、生憎持ちあわせていない。手頃なものが牢屋の中に落ちているはずもない。そんなの脱出ゲームの中だけだ。
不意に冷たいこの空間に、カツコツと規則正しい足音が遠くから近づいて来た。見張りの人はまだいびきを掻いて寝ている。見張りって大体が下っ端のやる仕事だと勝手に思っているんだけど、これがもし上司だった場合はただじゃ済まない気がする。
なんて余計なことを考えている場合じゃない。今は自分優先にしないとここから出ることなんて出来ない。
足音はすぐそこまで来ていて、いびきを掻いて寝ている見張りの人を素通りして、鉄格子の前で止まった。いやいやなんでスルーするの。そこは仕事中なんだから寝るなとか注意しようよ。まさか見張りよりも地位が低いとか言わないよね?
「君が下町で暴れていた子なのか……?」
透き通るような青い瞳は驚いていて、さらさらな金髪が静かに揺れている。その手には、盆に載せられたご飯。ご飯が何か座っている関係上見えないけれど、ホカホカと湯気が立っている。美味しいにおいもする。これは期待してもいいかもしれない。
それよりもまず、誰がいつ、暴れたって?
反論しようと口を開くも、キラキラオーラを背負った青年は動揺しつつ、お盆を牢屋の僅かな隙間から差し入れてきたので後にする。お腹が空いているんだしご飯が先だ。「あたたかい内にどうぞ」
青年はそのまま腰を下ろし、私が食べようとするのをただ見ている。観察されながら食べるのはちょっと気になってしまうけれど、腹の虫が鳴いてしまう方が恥ずかしいので、大人しくいただくことにする。
「い、いただきます…」
盆の上に載っていたのは、小さなパンと半透明なスープのみ。ま、まあ牢屋だもんね。質素な食べ物だよね。下手したらご飯なんてないかもしれないんだ。あるだけマシだ。そう、マシだ。あのイケメンは会う機会があれば一発ぶん殴るけどね。
スープを一口。あれ、意外と美味しい。お腹減っているからかもしれないけど。野菜もちょこちょこ入っている。本当にここ地球じゃないの?ってくらい知っている具材があるんだけど。食べ物ってどの世界も共通なのかな。あのイケメンの言葉をすべて信じているわけじゃないけどさ。
「ごちそうさまでした」
お腹はいっぱいにならないけれど胃に物が溜まった分、ほんの少し気持ちに余裕が出て来た。
ふと、キラキラオーラを背負っていた青年を見やる。「あれ、さっき見た時こんな顔だったっけ?」っていうくらい、お伽噺の王子様みたいな人が目の前で佇んでいる。お腹空き過ぎて無意識にご飯しか見ていなかったらしい。まさに花より団子である。
何この人マジでドストライクなんですけど。
え? 今はそんな言葉使わない? 知りませーん。
何このいかにもお伽噺から出てきちゃいました、的な容姿は。ガン見されていることに対して「ん?」と首を傾げている姿とかずるいでしょ。もう詐欺レベルだから。私、あなたになら騙されても文句は言わない。
「……王子様…」
「え?」
しまった、また声に出ていた。
そもそもなんで私ってばこんなにも独り言が多いのだろうか。もしかして自分でも気付かない内に、危ない奴って他人から思われていたりして……。ああ、だから私はこうやって牢屋に入れられているのか。
王子様からして、やはり私は変な生き物として見えるのだろうか。いや、王子様じゃなくても、こんな耳としっぽが生えている人間を見れば変な生き物と思うのも仕方ない。人間の形をしているけれど、少し身体が違うから人と認めてもらえない。自分では人間だと思っているのに。もしかして、私は人間じゃなかったのかな。
まるで、とあるゲームのようだ。
本人には自分が人間に見えて重傷を負っていると思い込んで、側にいる人間に医者を呼んでくれって言うんだけど、側にいる人間から彼を見るとその姿は所々が破損していて、限りない電力で動いているロボットだった、そんな話。
私もまた、そう思い込んでしまったロボットみたいなものなのかな。確かに感じるこの体温が、塗り替えられたまがい物だとしたら……。
怖くなって、ギュッと両手を握る。
そんな、そんなことない。
私は確かに人間なんだ。自分にそう言い聞かせた。
お盆を返すべく、差し入れてきた隙間にそっと出せば、青年は「全部食べてくれてよかった」と、笑顔で答えた。やめて欲しい。
勝手にネガティブになっているだけなんだけども、今はそのキラキラオーラが目に痛い。
「ねえ、君、本当に下町で暴れていたのかい?」
「暴れた覚えなんてないですよ」
「……そっか、やっぱりそうなんだね」
「あの、私が言うのもなんですけど、牢屋に入った罪人をそう簡単に信じない方がいいと思いますよ?」
「君を見ていた人が私に教えてくれたんだ」
「そう、ですか…」
誰だろう、そんな物好きな人。
ふと、あの男の顔が浮かんだけれど、きっと違う。あの人はそんなことなんてしなさそうだもの。現に真っ先にとんずらしていたのはあの男だ。
「あの、私はここから出られますか?」
「その手続きでちょっと遅くなってしまったんだ、ごめんね」
いびきを掻いて寝ている見張りから鍵を拝借したらしく、チャリッと私の望んだ音がする。扉の錆びた音が響き、あの見張りもこれで起きるだろうと思っていたのに、未だ起きず。意外と神経図太いのかもしれない。
デコピンでもかましてやろうか。「起こさないようにね」
「給料泥棒ですよ?」
「いいんだ、そのままにしておけばいつかクビになるだろうから」
あ、この人意外と腹黒い。
「ああ、そうだ。ご家族が心配しているだろうから、私も説明がてら同行しよう」
「別にいいです。此処には、私の居場所なんてないんだし…」
「え?」
なんでボソッと呟いた程度なのに聞こえているのだろう。あなたもしかして地獄耳? 自分の悪口とか一キロ離れていても聞こえているでしょ絶対。あ、違う。この牢屋結構反響するじゃん。今気付いた。だからかなるほどねね。どう答えたらいいのかな。
見上げると、青年は困った顔をしていた。当たり前だ。私を家に帰して終わる話だったのに、到底終わらなさそうな話になってしまったのだから。
「居場所がないって、どういうことかな」
「……思い出せないんです、色々と。全部かもしれない」
「もしかして、記憶がないのかい?」
記憶がない、わけではない。けれど、今はこのままでいる方が何かと都合が良さそうだ。
それに帰る為には色々と調べなくてはならない。ここが本当にあの男が言っていた通りの世界で、地球なんてどこにも書いていないことを。もし仮にそうだとして、帰るまでの間、ここでどう生活していくか考えなくちゃいけない。この青年には悪いけど、誤解されたままでいよう。人が優しい分、良心が痛む。頭を振り、青年の良心なんて見なかったことにしようと振り落した。
「仕方ない。一度僕の部屋においで」
「…………はい…?」
記憶がないと言う情報からどうしてそうなった。これなんていう恋愛ゲームだろうか。ここから私は王子様に恋しちゃうか、王子様が私に恋しちゃうパターンなのこれ。いやいや落ち着け自分。ライバルが現れる可能性があるじゃないか。え、違う?
「君の見た目はここでも目立つ。ローブの一着くらい貸してあげるよ」
「え、あ、ああ、ありがとうございます」
「私はフレン・シーフォ。ひとまず、よろしく」
フレンさんが挨拶の握手を求めてきたので、そっと握り返す。そこでようやく気づく。私は握手をするまで、頑なに手を握り締めていたらしい。少しだけ長い爪が手のひらに刺さっていたようで、じんわりと血が滲んでいた。
こんな手で握手してしまったのか。何だか申し訳ない。自分の両手を見つめた後、フレンさんを見上げると「部屋に着いたら治してあげるよ」
治すとは、消毒をすると言う意味で使っているのかな。素直に「お願いします」と頼むと、フレンさんはふんわりと笑った。ちょ、それだめだから。そう言えばフレンさんキラキラオーラ背負った爽やかイケメンなんだった!
イケメンすぎて見ていられないので周りに目を向けよう。それがいい。じゃないと私が萌え死ぬ。
おお、流石城と言うだけあるね。問答無用で牢屋に直行で連れられたものだから、周りなんて見る暇全然なかった。ザ、お城って感じですごい。語彙力。白を基調とした内装はとても美しく、床もピカピカに磨かれている。
あれ、これもしかして服装によってはパンツ見え……なんでもない。私は大丈夫だろうかと心配になってしまう。膝下のふんわりとした淡い赤紫色のフレアスカートはお気に入りのもので、さっき牢屋まで連れて来られたいざこざがあったから所々汚れていた。洗濯したらちゃんと落ちるかしら。
王子様……じゃなかった、フレンさんは堂々と廊下の真ん中を歩いていて、私はその斜め後ろ辺りをついて行っている。足の長さが違うし、そもそもヒールのある靴を履いているせいで若干小走りになってしまう。カツコツとフレンさんの足音より私の足音の方が響いてしまい、ちょっと恥ずかしい。
このパンプスもお気に入りだったんだけどなあ。ちらりと足元に視線を向ければ、ベージュが可愛くて買ったのにこの靴も汚れてしまっている。嫌なことがあって気持ちを切り替える為にお洒落をして良い気分だったのに、またもやどん底に落ちそう。ああ、なんかちょっと泣きそうだ。
急に何かとぶつかった。
冷たい壁みたいな感触が顔面に直撃して思わず顔を覆う。ちょっとだけ痛かった。痛かったついでに泣いてもいいかな。私は何にぶつかってしまったんだと顔を上げると、そこにいたのはフレンさんで「大丈夫かい?」と心配した声をかけられる。あれ、なんでどうしてこうなった。
「すまない。立ち止まって何度か声をかけたのだけど、俯いたままだったから気がつかなかったんだね」
「え、あ…思いきりぶつかっちゃってごめんなさい。」
「謝るのは私の方だ。女性に対しての配慮に欠けていたよ」
「いや、そんな、」
「いきなり牢屋に放り込まれて怖かっただろう。女性に手荒な真似をするだなんて、市民を守る立場である騎士として恥ずべき行為だ」
「…フレンさんは助けてくれましたから、だから、私は大丈夫ですよ」
フレンさんの言葉に思わず泣いてしまいそうになって、無理矢理笑顔で答える。嫌な目に遭ったけど、助かったのはフレンさんのおかげなのだ。きっと彼は真面目で正義感の強い人だ。私の気持ちにも真摯に向き合ってくれている。彼のおかげで不安な気持ちが少し和らいだ気がした。
何か言いたげな表情のフレンさんは、結局何も言わずに一言「行こうか」とまた歩き出した。先ほどよりも緩やかな速度で案内してくれた。時折振り返り「大丈夫?」と声をかけてくれる。本当に優しい人だ。あの腹黒さが霞んでゆくほど。ああ、そうだよ。この人腹黒そうな一面あったじゃん。油断したら怖いな。
「さあ着いた。この部屋だよ」
扉の奥はホテルのように一人分の個室だった。ここでもさすがお城の内装。ゴチャゴチャしたものはなく、しっかりとまとまっている。それだけでなく、フレンさんが普段綺麗に使っているからっていうのもあるのかな。私の部屋より綺麗だもの。綺麗好きなのかな。
お先にどうぞとフレンさんが待っているから、遠慮なくお先に入らせてもらおう。入ってみると実感する。一人部屋にしては広い。どこぞの安いビジネスホテルとは大違いだ。
お城の中で生活しているということは、きっと家賃なんてものもないんだろうな……羨ましすぎる。
「広いお部屋ですねー」
「おいコラお前。俺をないものとしてんな」
チッ、声かけないでよね。
出窓に向かってガンを飛ばす。窓が開いていて、気持ちの良い風が入って来ている。おまけに、先ほどのあの男もいる。なんであの意地悪男がフレンさんの部屋にいるのよ。
不法侵入だよ不法侵入。この男こそ牢屋にぶちこむべきだよフレンさん。牢屋でいびき掻いて寝ていた見張り連れてこい。この男を連行しろ。数少ない仕事をしろ。
「ユーリ。君はまた勝手にぼ、私の部屋に入って……」
「城の警備が甘いからだろ。入られたくなきゃ警備を厳重にしとけ」
「全く。君はいつもそうだね」
「俺はいつも通りなだけだぜ?」
「あ、あのっ……!」
「ん? どーした変なの」
変なのって言うな、って言葉は飲み込んで。今突っ込むべきなのは他だから知らん振り。
「二人はお知り合いなんですか?」
「そう言えばまだ何も話してなかったね。私と彼、ユーリは幼馴染みなんだ」
「そう言うこと」
うわ、軽くショックだ。
なんでフレンさんみたいな良い人がこんな意地悪な男と幼馴染みなんだろう。嘘でしょ。何かの間違いだよね、きっとそうなんだよね。でもフレンさん本人が言っていたから間違いないんだろうけど……私の心境複雑かも。
「おいお前。今失礼なこと思っただろ」
「あなたに友達いたんだって思っただけです」
「可愛げのない奴」
「ユーリ。君も失礼だよ」
「へいへい」
ヤバイ、ブチ切れそう。
牢屋を出てこの男とまた会うくらいなら、あのまま牢屋にいた方が遥かにマシだった。元の世界に帰る方法なんて分からない。どこかに行く宛なんかもない。このまま知らないこの世界にポンッと放り出されるよりは、お城の牢屋っていう一時的な居場所のが断然いい。
断言した覚えはないけれど、フレンさんは私を本当に記憶喪失者だと思ってくれているから、私はそれに甘えながら手がかりを探したい。
素直に「別の世界からこの世界に飛ばされたかもしれないんです」なんて言っても頭がおかしくなったのかと思われるのがオチだ。こんなに優しいフレンさんに嘘を吐いてまで甘えるのって、正直心苦しい。
「おいお前」
「何、ですか」
「ここの飯は美味かっただろ?」
「ええ、とっても」
「マジかよ。お前正気か?」
「あら? あなたこそ正気ですか? (頭)大丈夫ですか?」
「何言ってんだよ。俺が作る飯のが数倍美味いぜ、食うか?」
「……は、い?」
なに、このひと。
ニヤリと笑う顔は冗談なのか分からない。
「ユーリ、あまり彼女をからかうんじゃない」
「俺はいつだって真面目だぜ?」
「全く……ああ、そうだ君。彼だよ、私に君が理不尽な理由で捕まったって教えてくれたのは」
「はい?」
「お前、信用してねえな…」
「ユーリは日頃の行いが悪いからだよ」
「へいへーい」
「………嘘でしょ……」
あの男よりも常識人のフレンさんが言うのだから事実なのだろう。この男が私を牢屋から出す手助けをしてくれたようだ。なんかもう、最悪だ。借りたくない相手から借りを作ってしまった。ニヤリと笑う顔がウザったい。あ、そうだった。「ねえ、ちょっと」
男に歩み寄り、グーパンをかまそうとしたのに軽々と避けられてしまった。チッ。
「お前意外と好戦的なんだな」
「借りを返そうと思っただけですけど何か?」
「ユーリ! 君も、やめるんだ」
「……ごめんなさい…」
そうだよ、フレンさんいたんだよ。なんかこの男が親の目の敵のように見えて憎らしくて周り見えていなかったわ。気をつけよう。
「…んで、なんでこいつはフレンの部屋にいんだよ」
「ああ、彼女はね、記憶喪失なんだ」
「はあ? こいつが?」
ちょ、フレンさんッ!!
一番言いたくない人に言わないでッ!!
頑なに握りしめていたものは、きっと
フレンさんに向けるには、無意味なものだった。
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