けの



あいつとの出会いは、今思えば少し奇妙だった。いつも通り頼まれていた依頼が終わり、そろそろ昼飯の時間だなと宿屋の女将の飯でも食いに行くかと考えていた。

下町は相変わらず活気に満ちている。毎日生きていくのに皆大変だが、その表情は生き生きとしている。ちょっとばかり、いや、かなりお節介な者がたくさんいるが、何だかんだで下町の住人が嫌いじゃない。


不意に、街中に強風が通り抜けた。

とても目を開けていられる状況ではなく、下町の住民も突然の突風に少々悲鳴を上げている。風はすぐにおさまり、「すごい突風だった」とほんの少し話をしたくらいで露店商人達は気持ちを切り替えて商売に戻っていた。

つい先ほどまで考えていた昼飯のことを思い出し、俺も宿屋に向かうことにした。

が、突風が起こる前に見た光景と少し違うことに気がついた。道の真ん中に、誰かが突っ立っている。おかしなことに、そいつは突風など通り過ぎたというのに未だに目を瞑ったまま突っ立っている。なんだこいつ寝てんのか?

目は瞑っているが、下町じゃ見かけない顔だった。着ている洋服も下町ではほとんど見かけない格好で、どこぞの貴族のお嬢様らしきものだ。最初は道にでも迷ったのだろうかと思った。一人で出歩いていると碌な目に遭わないと忠告するべく近付いたが、そいつの頭上を見て足が止まる。

こいつ、人間か…?
頭上には動物の耳らしきものが生えているのか、時折ピクピクと動いている。女のスカートの下からは毛のついた何かが蠢いていて、よく見るとこれまた動物のしっぽのようなものだった。なんだこいつ。


「おい、そこで何してんだ?」
「………え…?」
女は目を開けるなり、目の前にいる俺に向かって「イケメン」と呟いた。それは誉め言葉として受け取っていいのか。その後になぜか舌打ちをされたが。褒めているのか貶しているのかどっちなんだ。

女はキョロキョロと辺りを見回し、些か混乱しているようにも見えた。自分で自分の頬をつねるだなんて、まるで夢なのか確認しているようだ。痛む頬にびっくりしたのか、まるで信じられないとでも言うかのように手のひらを見て固まっている。

「…夢じゃ、ないの……ッ?」

おっと、これは危ない奴発言だ。
無視した方がいいのか様子見した方がいいのか、どっちだ。下町の住人も俺達を見てガヤガヤ集まり出してきた。放っておくと何するか分からねえから俺がどうにかするしかないか。

「お前、どっから出てきた?」

俺がそう聞くと急に女は挙動不審になり、目を合わせまいとしているのか俯いた。どこかおかしい女だが、大方自分の家から抜け出したお嬢様なのかもしれねえな。こんな身なりだが、変な奴にはあまり関わるのも面倒だ。しかし、こんな身綺麗な格好で一人で出歩いているとなると厄介ごとに巻き込まれるのは目に見えている。


なかなか答えようとしない女に痺れを切らし、その辺にでもいる騎士でもとっつ構えて後は押し付けてしまえばいいと探しに行こうとした時だ。女は徐に顔を上げて俺の目を見ながら「……ここ、どこですか?」そう言った。

「どこって、帝都ザーフィアスの下町だろ」
おそらく、下町にさえ来る機会などなかったのだろう。女は再び考え込んでしまった。何をしたいのか知らねえが、迷子なのかもしれない。ああもう。どうして俺がこんな面倒なものを見つけてしまったんだと思ったが、後の祭りだ。


「おい、お前(頭)大丈夫か?」

心の中で嫌味とほんの少しの心配を混ぜた言葉をかけたらものすごい顔をして睨まれた。おっと、俺が何を言いたいのか伝わったらしい。そう思ったのも束の間で、また再び思考の波に攫われたようで、これはあと何回やれば俺は解放されるんだろうなと若干飽きてきた。

その後、謎の質問を数回繰り返し、女は黙ってしまった。顔面蒼白で乾いた笑い声で力なく脱力している姿を見ると、本当に大丈夫かと思う反面、やっぱり関わらない方がよかったんじゃねえかとも思った。

帝都ザーフィアスを知らない。寧ろ、テルカ・リュミレースを知らねえってどう言うことだ。

自分の容姿のことも分かっていなかったらしく、これは本格的に何かがおかしいと思い事情を聞こうとした時、市民街から嫌な足音が聞こえてきた。女が大声を出したせいで騎士達が駆けつけてきたようだ。全く、いらねえ時だけ対応早いのは今に始まったことじゃねえけど、今回ばかりはタイミングが悪い。ひとまず城の牢屋に行くことが確定しているんだ。とんずらかいて、その後は様子を見させてもらおう。


城の裏手から忍び込み、ちょうど窓からフレンの姿が見えたのでとっつかまえて事情を説明する。相変わらず真面目なお堅い頭をしているようで、周りを確認してから俺にちょっと強めのお説教をしてくる。「そんなん言われて直るんだったら今頃俺が騎士団長までなってるっての」そんな冗談を言えば「お願いだからやめてくれ」と懇願されてしまった。冗談に決まっているだろう。俺は騎士団に戻るわけがないのだから。

とにもかくにも、自分の目で確認すると言い、釈放の手続きを済ませてから牢屋に向かうと言った。俺はその間がてら様子を見つつ、またフレンが戻ってくるのを部屋で待った。


記憶喪失だと言うあいつは名前だけは覚えているらしく、コウと名乗った。色々不可思議な点はあるが、唯一はっきりしていることは俺が嫌いなんだってことだ。威嚇する目も変な耳も毛が逆立ったしっぽも、俺を警戒していると伝えるのに十分だった。

あいつの耳としっぽは感情に合わせて動いているらしく、それが面白い。俺に対して威嚇する目に合わせてあいつの耳は猫みたいにぺたんと伏せられ、しっぽもそれに合わせて動く。

そこまで俺を警戒するのはなんでだか知らねえけど。「ユーリは感情をあまり表に出さないからじゃないかな」

フレン。
俺ってそんな風に見えるか?


手のひらを怪我していたそいつはフレンが治すと口約束していたようで、何の疑いもなく治癒術をそいつに施した。やめときゃいいのにな。傷なんてその内治るんだ。放っておけよと言う前に、フレンから黙っていろと目配せさせられため息を零す。

大方女が身体に傷をつけるものじゃないとでも言うのだろう。それは俺も思うが、そんな怪しい奴にしてやる義理などない。

「…あの、今のは……」
「ああ、小さな傷だけど治癒術の方が綺麗に治るからね。もうどこも痛くないかい?」
「…は、い、もう大丈夫です…。ありがとうございます」

小さな違和感を覚える。
あいつはフレンに治してもらうと聞いていたはずだ。それであの反応はやはり変だ。厄介だ。これ以上関わらない方が身の為だと感じる。どうにかしてこの厄介なやつを早々に片付けてしまおう。

フレンと話している間、あいつは何やら一人で考え込んでいるようだった。一人でブツブツと呟いて、きっと俺達の話なんて聞いちゃいねえ。時折表情が暗くなるそいつに思うことは演技力はあまりねえなという感想のみ。そうやってりゃ誰かしら騙せるだろうが、記憶喪失なんてそうそう起きるものでもない。

本当に記憶喪失なら、今の現状に気分が暗くなるのは分からなくもないが。

俯いたままのそいつにフレンはローブまで貸すようで、自身のクローゼットから一着取り出す。ローブはそいつの耳と尻尾を隠す為に仕方ないとして、どうしてフレンが着せてやってんだ。少しは疑ってかかれよ。


「ユーリ、頼んだよ」

フレンの声にハッとして思考から戻って来たけれど、案の定何の話か理解していない。

「コウ。何かあったらユーリにちゃんと聞くんだよ」
「………は、い……」
「ごめんね。それじゃお城の外まで案内するよ」
「案内するまでもねえよ。俺が来たルートで連れて行く。フレンは仕事に戻らなきゃだろ?」
「見つかったらどうするつもりだい」
「見つかってねえからここまで来れたんだろ?」
「……はあ…」
「決まりだな。行くぞ」

予想通り。話聞いてねえなこいつ。
きょとんとするこいつに心配そうな顔をするフレンを見て、何故だかイライラしてきた。おいおいフレン。こいつにそんな肩入れすんじゃねえぞ。どこのどいつだか分かっていねえし何より面倒くさそうなにおいがプンプンすんだろ。

貴族じゃないお前を蹴落としたい奴なんて、腐るほどいるんだ。もしかしたらこいつもそう言う奴らの仲間かもしんねえのに。相変わらずのお人好しにため息が零れる。

フレンではなく俺についてくることが決まって、あいつは少し残念そうな表情をした。耳としっぽはローブを羽織っているせいで確認出来ないけれど、きっとどちらも項垂れるようにしゅんとしているのだろう。こいつは猫って言うより犬のが合っている気がする。


とにかく、このままここにいるわけにもいかない。横目で確認して「行くぞ」と言うと、遅れてついて来た。

面倒くさい騎士に見つからないように注意するように言うまでもなく、俺を見習って低姿勢を保っている。若干歩きにくそうにしているが、そんなのは知ったこっちゃない。そして何度か後ろを振り向く。あの短期間でどんだけフレンに懐いてんだ。もしくは俺の予想通り、貴族の奴らにいくらかもらえるからフレンに近付いたのか? けれど、それならあの奇怪な行動は何を示すのか。

考えたってはじまらない。これから行動を観察してみないことには今は分かりようもないのだから。

下町に着くと、色んな連中が少し後ろを歩くこいつを見て、物珍しそうな好奇な目を向けてきた。全身すっぽりとローブで覆っているせいで余計に気になるらしい。

「また何か拾ってきたのか」と言う奴もいるし、顔をよく見ようと覗き込もうとする奴までいる。こいつはそう言う奴等から何も見えなくなるように、ひたすら俯いていた。

さっさと行こうとしていた時だった。あいつは急に走り出し、俺が呼び止めようとした声なんて聞こえていなかったのか、一度も振り向きもしない。周りの奴らはどうしたのかとあいつを見るだけで、俺も反応が遅れて慌てて追いかける。


って、ちょっと待て……。
あいつが走り抜けた方向って、まさか……ッ!

嫌な予感がして近くにいた奴に聞けば、確かにここを通ったと言っている。あいつ、何考えてんだ。記憶喪失って、結界の外のことも忘れちまうのかよッ!


周りの奴らにあっちに行ったこっちへ行ったって聞いてんのにあいつの姿が見当たらない。下町をぐちゃぐちゃと走り抜けて、ようやく外に出た。あいつの姿を探そうと辺りに目を向けると、すぐ見つかった。なんであんな遠くまで出たんだ馬鹿野郎。よく見ると身体中傷だらけのボロボロで、右腕に至っては血がダラダラ流れている。おまけにあいつの後ろにチュンチュンとウルフが追いかけている。

なんで魔物に襲われてんだよッ!

「早く逃げろ」と言う前に、身体が勝手に動いて走り出す。あいつも立ち上がり走り出した。俺に気付いた様子もなく、後ろから追ってくる魔物が気になるらしい。気付いた時には遅く、チュンチュンに襲われてあいつは転んだ。

チッ、何やってんだよ。早く立ち上がって走れ! 「誰か助けてッ…!!」

気にくわないけどな、俺が助けてやるよ!
「ッ蒼破刃!!」

これから襲いかかろうとしていたチュンチュンとウルフに、上手い具合に蒼い衝撃波が当たり、遠くに吹っ飛んでゆく。視線をあいつに戻すとぐったりと倒れていた。

「コウッ!!」
急いで駆け寄る。抱き上げ様子を見ると気を失い、ダランと力なく俺に身体を預けている。思ったよりも出血は酷くなく、顔色もそこまで悪くない。でも早く何とかしないと厄介だ。

生憎俺は治癒術が使えねえ。下町に戻った所でフレンはもう仕事に戻っているだろうし、下町には医者と呼べる存在がいない。市民街に出ればいるが、治療費なんてものを払う金もない。どうにか下町で最低限の治療をするしかない。


近付いて来る音が聞こえ、吹っ飛ばされて怒ったチュンチュンとウルフが同時に向かって来ていた。コウを一旦地面に寝かせて距離を取り、勢いで突進してきたウルフを避けて殴って切りつける。次いで空から向かってきたチュンチュンを切りつけ、魔物が動かなくなったところでコウを抱えて下町に戻った。

魔物が雑魚でよかったと、心底思った。


「馬鹿野郎…ッ」
まだ目覚めないコウに向かってポツリと呟いた。






生きるためによく忘れがちなこと

俺、いつの間にかに名前呼んでたな…。

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