あれ、なんでこんなに身体が痛いんだろう。目を開ける前からズキズキ痛み出しているってことは、相当痛いぞこれ。しかもなんか腫れぼったい感じ。蚊に刺されて掻き過ぎて、血が出て膿んじゃった感じに似ている。
え、マジで何なのこれ。
思い出せ私。
えーっと、フレンさんと別れてあの男について行って、迷惑かけるのが嫌でさよならして……あ。私、街の外に出たんだ。それで知らない生き物に襲われて…。私、助かったんだ……。でも、誰が…?
身体を起こしてどんなに周りを見ても、私がいた現実世界を映し出してはくれない。知らない、どこかの部屋の中。外の景色は少し前に見たものと同じだ。
目を開けたら戻っている。そんなことが起きていてくれたらって、少しくらいは思いたかった。けれど、現実なんて実際こんなものだ。これが今の私の現実なんだ。どんなに目を瞑って寝て、朝が来ても、私はここにいる。
………あのまま殺されていたら、戻れていたのかな…。
ガチャッと突然扉が開いたことに私はびっくりして、反射的にそっちを見る。そこにいたのはさっきの男だ。「やっと起きたか」と言いながら、腕に抱えていた紙袋をテーブルに置いた。「俺が助けてやったんだ。感謝しろよ」
「え?」
「街の外は魔物が彷徨いてんだ、気を付けろ。ったく、面倒かけやがって…」
「………」
そうか、あれはただの動物じゃなくて魔物なのか…。魔物が出るだなんて、まるでゲームみたいだ。まあ、ゲームはこんな見た目的に怪我してますーみたいには映らないけどね。
これは現実。腕の痛みがそう主張してくる。こんな現実、逃避したくてたまらない。
「ねえ」
「なんだよ」
「その、一応命の恩人だから。…助けてくれてありがとう」
「どう致しまして」
助けてくれたことに関しては感謝している。この男に助けてもらったこと自体私にとって受け入れ難いことのようで、紡ぎ出した言葉に全然ありがとうを感じないだろう。初めから期待していないのか、男の返答も棒読みだ。
こうなることは分かっていたのだから、見捨ててしまえばよかったものを。死にたくないけどさ。素直な言葉が出てこない。助けたのにこんな態度ってないなと自分でも思う。
「おい、聞いてんのか?」
「え、何」
「……腹、減ってるか?」
減っているとも。
だけどね、アンタの世話になんてなりたくない。
「別に減ってな…」
ぐぅううううううううう。
穴があったら入りたい……ッ。
盛大に鳴ったお腹の音は男にも聞こえたらしく、私を見て鼻で笑った。おいこらそこ、鼻で笑ってんじゃねーよッ!! ってか笑い過ぎなのよアンタッ!!
「軽く作ってやっから待ってろ」
「……アンタが作るの?」
「よく作るからな。味は保証するぜ?」
「ふーん」
自炊出来るなんてすごいじゃない。ほんの少しくらいは褒めてあげよう。口には出さないけれど。
「俺が作るもんは食いたくねぇってか?」
「そんなこと言った覚えないけど」
「嫌そうな顔してただろ」
「そう思うならそうなんじゃない?」
「おっと失礼しましたよ」
嫌味たっぷりに言ってやったら、棒読みでそう返された。本当に嫌な奴。相変わらずポーカーフェイスで何を考えているのかさっぱり分からない。
料理するって言うのに驚いたし味も保証するって言っていたけど、毒を入れるかも分からない。でも一応助けてくれたから、そういうつもりはないのかな。だからって知らない人間なことに変わりはない。変な行動起こさないか、こっそり見張っていようかな。
キッチンに立つ男の後ろ姿しか見えなくて、何を作っているのか分からない。畜生これじゃあ何も見えない。悪態を吐いていたら、カツンと何かが当たる音がして、次いでジュウッと激しく焼ける音がした。もしかして卵、かな。
音を拾った次にはもう一つ何か焼ける音がして、しばらくすると美味しそうなにおいが鼻を掠める。これ、もしかしてベーコンエッグ的な何かを作っているのだろうか。焼けた肉のにおいがするのは確かだ。目を瞑って美味しそうなにおいを堪能していたら、またお腹が鳴った。卑しい腹め。
「……何やってんだ?」
「におい嗅いでた」
「お前、本物の猫みたいだな」
男が無防備に笑う。嘲笑うような感じじゃなくて、子どもみたいな無邪気な顔をしていた。さっきと違うからなのか、そんな顔を見てなぜか恥ずかしくなった。
とても綺麗に見えたからか、私はそれ以上直視することが出来なかった。これだからイケメンは困る。
テーブルに並べられた料理はとても簡単なものだけど、それでもお腹の減った私の食欲をそそるには十分過ぎるものだ。パンの上にカリカリベーコンと目玉焼きが乗っていて、まだジジッと音を立てている。ヤバイ、涎が垂れそうだ。「早くこっち来て座れよ」
男はコップにミルクを入れた後、椅子に座って自分の分を食べ始めていた。一緒に食べるのか。まあそれもいっか。食べ物に罪はないんだ。ありがたくいただこう。
まだ痛みの残る身体に気を付けながらテーブルにつくと、男がミルクの入ったコップを私の方に置いてくれた。飲めってことかな。変なにおいは……うん、しないね。
飲んだらまた鼻で笑われて、さっさと食えと目でそう言っている気がして「いただきます」と手を合わせて早速かぶりつく。うん、美味しい。
「まあまあだね」
「まあまあって言う割りには美味そうに食ってるな」
「これがまあまあの顔だからね」
「そうかよ」
「アンタさあ、」
「ユーリだ。ユーリ・ローウェル」
「…フレンさんが言ってたから知ってる」
本当はちょっと忘れていたけど。
「アンタじゃなく名前で呼べよ。コウはこれからこの下町で暮らすんだからよ」
「は?」
今、私の名前呼んだ?
下町で暮らすって、え…?
「仕方ねえからここで暮らせ。部屋は狭いが我慢してくれよ」
行く宛のない私にはいい話、だけど……。
「…信用、出来ないんじゃないの?」
「まあな。けど目の届く所にいりゃあ問題ねえしな」
そう言うと男は、ユーリさんはニヤリと笑った。あの顔絶対わざとだ。何気にカッコイイのがムカつく。これだからイケメンは…。
「記憶ねえのにまた一人でフラフラされてどっかで野垂れ死んだら後味悪いしな」
ですよねー。
「それじゃしばらく厄介になるよ。ユーリさん」
「呼び捨てで構わねえよ」
「いきなり呼び捨て出来るかアホ」
「可愛い気ねーやつ」
うっさい、余計なお世話だ馬鹿。「よろしくな、コウ」
なんだその切り替え。反則だ。
優しく笑ったユーリさんに不意打ちをくらってよろしくも何も言えず、私はパンにかぶりついた。
食事を終えた後、怪我の手当ては誰がしてくれたのだろうとユーリさんに尋ねると、女将さんと言うお世話になっている人がしてくれたらしい。よかった、ユーリさんじゃなくて。怪我の手当とはいえ見られたら軽く死ねる。「コウは一応女だからな」
うるせえ黙れ。
皮肉に笑うユーリさんにムカついたから無視した。何だか今は言い返す気分じゃない。お腹にものが溜まったからそこまでイライラしていない。色々とお世話になってこれからもお世話になるのだ。今だけは我慢しておこう。今だけは、ね。
助けてくれたのがあのユーリさんだもんね。なんで助けに来てくれたのか本当に分からないけれど、一応感謝はしている、うん。なんでフレンさんじゃなくてユーリさん…うわあ、よく分かんないけどムカつく。私が嫌いなら助けなきゃよかったのに。だから尚更ムカつく。
不意にカチャカチャと外で音がし始めた。何だろうと音の方に目をやると、扉が開いて大きな犬のような生き物が入って来た。え、どうやって扉開けたの。魔物入って来ちゃったけど、大丈夫、なの……?
目が合っちゃったしおまけにこっちに来ているけど……いやいやいやこっち来ないでよ。
「た、食べても美味しくないからこっち来ないでッ」
「何してんだよ」
「だ、だって、魔物が…ッ」
「ガウ!」
「わっ!」
「魔物と一緒にするなってさ」
ん? 魔物じゃないの?
そう言えば襲ってこない。まずユーリさんが警戒していない。きちんとお利口にお座りしている。でも見た目派手な狼みたいな犬。片目はいつ頃のものか分からない傷で塞がれていて、右目しか見えない彼の世界はどんな風に見えるのだろう。咥えている煙管も様になっている。この犬、吸うのかな。
「何だかその辺の野良犬の番長さんみたい」
「ラピードはちげえよ。俺の相棒だ」
「ワフ」
ラピードさんと言うその犬は、フンッと鼻を鳴らすような仕草をした。「間違えんなタコ」みたいなことを言われた気がする。この飼い主にしてこの犬ありだな。
「むう、犬のくせに…」
「ワフゥ」
「そっちは猫のくせに、だってよ」
ぬううう、くそう。
不本意ながら確かに耳としっぽついているけどさ。私は人間だ馬鹿野郎。何だよラピードさん、すり寄って来ないでよ。くすぐったいなあもう。
「………え?」
「クゥン」
「ラピード?」
さっきと打って変わってなんだこの態度。ユーリさんに聞こうと思ったけれど、ユーリさんもラピードさんの行動に驚いているみたいだ。
え? 本当になんで?
不意に見られている気がして、ラピードさんだ。ねえねえラピードさん。なんですりすりしてくるんですか? 私としては動物好きだから嬉しいんだけどさ、さっきのタコ発言がちょっとね。まあ私の解釈なんだけどさ。
え、何?
懐かしいにおいがする?
私が?
ちょっと待って。私………。
「ラピードさんの言葉が分かる…?」
「……お前、どっか頭打ったのか?」
「打つかアホ。私はいつだって正常だ馬鹿」
「相変わらず口悪いなあ」
「ワフ!」
え? 確かにそうだって?
「ラピードさんまでそんなこと言わないでよー」
「俺は間違ったことは言っていない」と言うように、プイッとそっぽを向かれた。私そんなに口悪いかなあ。直すなんてことしないけどさ。
なんでラピードさんの言葉が分かるの私。今こういうこと思っているんじゃないかなあ、みたいな自分勝手な解釈をしたわけじゃない。ラピードさんの顔を見た時、思っている言葉が頭の中に直接入って来た感じだった気がする。
テレパシー的な力が使えたりするのだろうか。それともラピードさんが使えたりするのだろうか。どっちにしろすごいってことだからいっか。あんまり気にすると頭ハゲちゃう。
「ラピード。コウ相手にしてると疲れるから程々にしとけよ」
「ユーリさんの相手をする方が疲れると思うけどね」
「オイ、今なんか言ったか?」
「いいえー。何にも言ってませんよー」
「……こいつ…」
「ワフッ」
「どっちも疲れそうだ」って、ラピードさんってはっきり言うタイプなんだね。どっちも疲れるってユーリさんと同じだと思うとちょっと嫌だなあ。これから変えていけばいっか、うん。
この世界の生き物は不思議な色彩をしている。私がいた場所にはこんな派手な犬はいなかった。鳥類にはいたけども。本当に、改めて此処は違うんだ。
見たこともないものがたくさんあって、知らない言葉もたくさんあって、私の居場所を確保するにはどう生き抜けばいいだろう。ひとまずお世話になることは確定だから、そこから頑張って自立していくしかないんだけども。不安ばかりが募って、息苦しくてたまらない。
「なんて面してんだ」
ラピードさんだ。
「なんでもないよ、お腹いっぱいで眠くなってきただけ」
「……ワフ…」
「子どもかお前は」
「そういうユーリさんもお眠の時間かな?」
「子どもは放っておいて大人は昼寝でもするか」
「そうだねー、大人な私は昼寝するわ子どものユーリさん」
「こいつ……」
「ワフ」
大口開けてする欠伸を手のひらで隠しつつ、そういえばまだ何も言っていないことに気付く。「ラピードさん」
「これからお世話になります。よろしくね」
そう言うと、私の方をチラッと見て「ああ」と短く答えた。
片目から見えるその世界は如何に
ユーリさんの相棒やめて私の相棒にならないかな。
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