つい先日気付いたことだが、レギュラスに声をかけてもあまり嫌そうな顔をしなくなった。前までは眉間に皺を寄せながら「また絡まれる」といった表情をしていたのだが、最近では時折レンに微笑む時があるのだ。毎日のように絡みに行っているせいか、レギュラスはすっかり変人の対応に慣れてしまったのだろう。これはこれで良い傾向だと思われるのだが、レンは何処か物足りなさを感じていた。
嫌われるより好かれる方が良いに越したことはないのだが、レンはそうは思えなかった。と言うのも、好かれることよりも嫌われることの方が圧倒的に多いレンはレギュラスの態度に少し戸惑いを感じているのであった。
そして最大の理由がもう一つある。
暇潰しと称してレギュラスを弄りに弄り倒すことが出来なくなったことだ。レンは当初、変人と並んで歩くことを嫌がるレギュラスを観察しながら、ただの暇潰し相手としてつきまとっていた。しかし今はどうだろうか。あれだけ嫌だ嫌だと眉を潜めていたレギュラスも、今では自分からレンに声をかけるまでになったのだ。並んで歩くことに対して嫌悪感はないのかと聞いたところ「気にしても無駄だと言うことが分かりましたから」と言って退けた。これでは面白くない。他に方法はないだろうかと考えた末に、一つの名案が浮かんだのだった。
「レギュラス」
「なんですかレン」
「夕食が終わったら私の元へ来い」
「…今度はなんですか」
レギュラスの頭の中には断るという選択肢はもうないようだ。扱いやすくて何よりだが、レンは少し不満に思うのであった。
「退屈凌ぎに少々付き合ってもらう」
「分かりました」
そう言ってスリザリンの席に向かうレギュラスを見ていると、何だかもやもやとして気分が悪い。何故だろうと考えた結果、もしかしたら昼食に出た揚げ物を食べ過ぎたのが原因かもしれない。そう思いながらも揚げ物のフライドポテトに手を延ばすところ、レンも懲りないようだ。
フライドポテトを摘まみながらふとスリザリンにいるレギュラスを見てみれば、あのでこっぱちと肩を並べて食事をとっていた。あのでこっぱちとの会話は弾んでいるようで、話しかけてくるでこにきちんと返すところがレギュラスらしい。彼はやはり少々人が良過ぎるところがある。
周りをよく見るとほとんどが女子生徒であり、レギュラスとでこっぱちの隣で媚を売っているのが窺える。よくもまあ、あんなに群がれるものだ。レギュラスの表情が彼女達は見えないのだろうか。とてもじゃないが、良い表情とは言い難い。
レギュラスがモテるのはともかく、流石にでこっぱちはないだろう。マルフォイ家は名のある純血貴族であるからか、彼女達は玉の輿に乗りたいのであろう。貴族は親が決めた結婚相手が幼い頃からいると言うのに、愛人の立ち位置でもいいからお金にあやかりたいのだろう。
それよりも、何故自分はこんなことを考えているのか。いつの間にかフライドポテトも食べずにスリザリンの方を凝視していた自分はおかしくなってしまったのだろうかと、レンは首を傾げるのであった。
ホグワーツの生活の中で一番好きなのは魔法薬学の授業だが、その次に夕食は大好きだ。魔法薬を作っている時は食事に赴くのも億劫になるが、そう思ってしまうのはレンだからこそであり仕方ないのかもしれない。
早々に食事を終わらせて次の試作品作りに取り掛かろう。そう思ってスリザリンの席から視線を逸らそうとすれば、あろうことかレギュラスと目が合ってしまった。レンが固まっているままでいると、レギュラスは少しの間無表情だったのに不意にふわりと笑って見せたのである。
何処に笑う要素があったのかレンは今にもレギュラスに問い質したい所だが、その様子を見ていたスリザリン席の女子生徒達がレンを睨み付けていた。先程までレギュラスに向けて媚を売っていた時とは打って変わり、まるで故郷で見た般若の面のような顔付きになり、女の嫉妬は醜く恐ろしいとレンは思ったのだった。
レンは再びレギュラスを見つめた。
頭の中は般若顔の女子生徒よりもレギュラスのあの笑みで埋め尽くされていた。別に嘲笑われた訳ではなさそうだが、どうして微笑まれたのかも分からない。女子生徒は未だにレンを睨み付けているし、これ以上視線を向けているとまたレギュラスと目が合いそうだと思い咄嗟に俯いた。白い髪の毛がレンの表情を隠し、レイブンクローの生徒達はまた何やら怪しげなことでも考えているのだろうとビクビクしながら食事をとっていた。
もしかして風邪でも引いただろうか。特に顔全体に熱が集まってきているのが何となく分かる。他人と違い色素の薄い皮膚を持つレンは顔を上げれば一発で顔が真っ赤だと気付かれてしまうだろう。
最近きちんと睡眠を取っていないし、食事も疎かだったような気もする。隈を作っていたレンを見てレギュラスは「食事はきちんと取ってください。睡眠もですよ」と、まるで親のように栄養は大事だと指摘されたばかりなのである。これ以上年下のレギュラスに怒られてたまるかと、ローブに付いているフードを被って大広間を飛び出した。
食事もそっちのけで大広間を飛び出すのは魔法薬を作っている時以外なかったかもしれない。風邪を引いたのなら今すぐポピーのいる医務室に行き、元気爆発薬をもらうが正しいのだろうけれど、レンは自作の元気爆発薬がある為医務室に足を運ぶ機会は滅多にない。
薬を飲んでおこうとローブの方の内ポケットから薬を取り出そうとするが、いつもならある所に元気爆発薬はなかった。そう言えばこの前セブルスが風邪を引き「マダム・ポンプリーの所に行くのは嫌だから薬をくれ」と言われ、渋々無料で上げたのを思い出した。本来なら2ガリオンを請求するところだが、セブルスには魔法薬の材料などで貸し借りがある為、強くは言えなかった。強引に請求しようものなら、セブルスからそれ相応の仕返しをされるかもしれない。なかなかしぶとい奴だし根に持つ奴だからたまに扱い辛いのも考え物だ。
自室のトランクに入っていないかと探すも見当たらない。今から作ろうかとも考えたが、ちょうど材料を切らしていた。大広間から自室に戻って来た時点で顔の火照りは大分治まり、先程の熱かと思うくらいのあれは一体何だったのだろうかと思う程だ。けれどまだ少しだけ身体が熱い気もする。自室や談話室が暖かいせいなのかもしれない。
廊下がひんやりとして冷たかったから、穴場の中庭に向かおうと思った。ついでにもやもやする気持ちを落ち着かせる為にも、実家からこっそり持ってきた酒瓶でも持って行こうと考え、トランクの中から出羽桜を出した。
実はこの酒はレギュラスに飲ませ酔っぱらった所を写真に収め、女子生徒に一枚3ガリオンくらいで売り捌こうと企んでいたものだった。少々高い気もするがレギュラスは優等生であり美少年であり、尚且つ女子生徒に人気もあるのだからこのくらいで打倒なのだとレンは思っている。
それを持ちながら、誰もいない廊下を突き進み中庭に向かう。まだ夕食は始まったばかりで生徒の姿は見当たらない。誰もいない廊下など歩き慣れたもののはずなのだが、どうしてか、レンは落ち着かなかった。それはレギュラスが今この場にいないからなのかそうじゃないのか、心なしか早歩きになっていることにレンは気付かない。
中庭に到着するや否、酒瓶を開けそのまま飲み始めた。実家でいつもこっそりと飲んではいた為飲み慣れているとは言え、少々ペースが速い。レンはそれに気付くこともなくそのまま酒を煽るのだった。
隣にいないことがほんの少し寂しいと思い始めたのは、飲んでから数分が経った頃だった。どうして今日はこんなにも寂しいのだろうと思うのだが、酒を飲んでいる今の思考回路ではよく分からない。飲んでも飲んでも何処か冷静な自分はいるのだが、思考がまるで追いつかないのだ。
だからこそ、こんな状態でレギュラスには尚更会いたくないと思った。どうしてそんなことを思うのかも分からないレンは何故、一人の人間に対してこんなにも悩まなければならないのだろうかと疑問を抱いていた。前までこんなことはなかったのだ。人と深く関わろうとしなかったことが原因ではあるが、別にそれはそれでよかったのだ。一人の人間に対して興味を持った結果がこれではどうしようもないなと、レンは思うのであった。
「…そろそろ、やめておいた方がいいか……?」
それは何に対して言ったものだったのか。
しかし、それに答える者は今、誰もいなかった。