無意識にレギュラスはレンを探していた。
大広間で目が合い、その時は別に何とも思わなかったのだが、次にレンの姿を見たらレイブンクローの席に彼女の姿はなかった。大広間の出入り口である扉へ目を向ければ、フードを被って足早に去って行く人物がいた。入りきらなかった白く長い髪がフードから少し見えたので、きっとあれはレンに違いない。
不審に思ったレギュラスだったがマルフォイの話は終わらない。周りにいる女子生徒達も側で甘えたような声を出すものだからたまったものではない。早々に立ち去りたかったが、先輩の手前どうすることも出来なかった。自分とマルフォイ家次期当主の先輩と仲が悪いなど家に連絡が入ってしまったら、母はカンカンになって怒るだろう。
急ぐ気持ちを抑えるせいか、イライラしていつも以上に笑顔で返答するレギュラスであったが、マルフォイは全く気付かないのである。レギュラスは心の中で「空気の読めない奴め」と悪態を吐いた。
話の折がようやく付いた所で大広間を後にし、レギュラスはレンを探した。けれど、あれから随分と時間が経ってしまったせいで何処に行ったのかも検討が付かない。レイブンクローの寮が何処だかも分からないレギュラスは闇雲にホグワーツ内を探し回った。もしかしたらその辺りを歩き回っているかもしれないと、くまなく探すこと40分弱。
ふと中庭に目を向ければ、見知った後ろ姿を見つけた。今はフードを取っていて、白く長い髪が露わになってた。今が夕食の時間帯でありそのような髪をした人物は一人しかいないと考えれば、レンしかいない。
近付いてみるとその背中はいつもより凛々しくなく、何処か弱々しく見えた。いつものレンらしい堂々とした態度と自由奔放な姿は今、何処にも見当たらない。
「…レン…?」
レギュラスが声をかけると、レンは大きく肩を揺らした。いつもならそんなに驚いたりしない彼女だが、やはり夕食の最中に何かあったのだろうか。声をかけたはずなのにいつものように振り返りはせず、前を見続けている。側まで近付くと、何処か慌てた様子で、もそもそと動き出した。けれど立ち去ろうとはしない為、逃げるつもりはないようだ。
「どうかしたんですか?」
「…そっちこそどうした。まだ夕食の時間だろう?」
「軽く済ませてきました。レンが言っていた夕食後の約束を果たしに来たんですよ」
「…ああ、それか……なかったことにしてくれ。今日は中止だ中止ー」
「………レン…?」
何となくなのだが、いつもレンの言動とは少し違う気がする。どうしたのかと顔色を窺おうとして前に回り込むと、レンは何やら飲んでいた。一升瓶のそれはレギュラスには分からず、ラベルの部分を読もうにも英語ではなかった。レンは東洋から来た魔法使いの一族だとマルフォイ先輩から聴いていたので、もしかしたら故郷のものなのだろう。彼はやたらとレンの話をして、話題に出すのはいつも彼からなのにとても機嫌が悪くなるのだ。聞いているこっちはたまったものではない。
ラベルの文字は見たことのないもので、やはり故郷のものなのだとレギュラスは結論付けた。
「それ、どうしたんですか」
「実家から持ってきた故郷の酒の出羽桜と言うものだ。レギュラスも一杯やるか?」
少しふらふらしながらも、言葉はしっかりしているのでまだ完全には酒に飲まれていないらしい。とろんとした瞳は見ていて少々危なっかしいが、この場に自分以外がいなくてよかったと思うレギュラスであった。
突然飛び出したかと思えば、中庭で一人酒を飲んでいる理由がレギュラスには分からなかった。まだ未成年だと言うのに一体何処にそんなものを隠し持っていたのか。ダンブルドア校長は気付かなかったのだろうか。いや、あの校長に限ってそれはないだろう。もしかしたら東洋の酒に興味を持っていて、レンに少しもらって口止めをされたのかもしれないとレギュラスは推測する。
全くその通りなのだが、レンはあまりダンブルドア校長が好きではない為、話題に出ることはないのでレギュラスは知る由もない。
「何かあったんですか?」
「……何もない」
「大広間を飛び出して、こんな所で何故お酒を飲んでいるのですか。夜は冷えます。風邪を引いても知りませんよ?」
「飲みたかった。ただそれだけだ。風邪を引いたら自作の元気爆発薬を飲む、と言いたい所だが生憎今は切らしている。引いたら引いたでポピーの所に世話になるとしようじゃないか」
「僕では頼りになりませんか?」
「頼りにならない訳ではないが、私は誰も頼りはしない。付き纏ったり迷惑はかけるがな」
「いつもの変人振りはどうしたんですか。あなたとは最近知り合ったばかりですが、一緒にいて悪い気はしません。レンがいつも通りの変人でないと調子が狂います。レン、少しは僕を頼ってください。迷惑でも何でもありませんから」
「…頼れば、レギュラスは傍にいてくれるのか?」
「レン…?」
「そう言ったはずなのに、誰も私の傍にいてくれなかった…。私の傍にあるのはお金と魔法薬だけだ。それだけは私を裏切らないからな……」
何かを思い出しているのだろうか。
彼女は寂しそうに、遠くを見つめながら話していた。いつものレンからは想像が出来ない程弱々しく、その瞳からは今にも涙が零れそうだった。
一体何が彼女をこんなにも弱弱しくさせてしまったのか、レギュラスには分からない。しかし、レンが他人と深く関わろうとしない理由の一つに、先程の言葉が含まれるのだろう。察するに、過去にそう言う出来事があり、人間不信に陥っているのかもしれない。何が引き金となったのかは分からないけれど、レギュラスは初めて、レンの本当の姿を見たのだった。普段見せている変人振りはレンなりの他人との一線であり、彼女の奥底に眠る弱い部分を必死に見せまいと隠していたのかもしれない。
言葉なんかよりもずっと伝わるんじゃないかと思い、レギュラスは座り込んでいるレンを強く抱き締めた。彼女は一瞬びくりと身体を震わせ強張らせたが、そのまま強く抱き締めていると徐々に力を抜いてレギュラスに身を委ねた。レンからはいつものように何らかの薬品のかおりがして、それだけは相変わらずなのだとレギュラスは思った。
人を信じられなくなることはレギュラスにもある。けれど、自分なんかとは比べられないくらい、レンは人を信頼すると言うことが出来ないのだ。思い返せば、彼女を見かける時は大抵一人だった。たまに悪戯仕掛人といる時もあるけれど、それ以外の人と一緒にいる所を見ることはない。ただ単に、彼女が変人であるから交友関係は少ないのだろうとレギュラスは思い込んでいた。しかし、それは間違いであったのだとようやく気付いたのである。
「レン。僕はあなたと過ごす日々は嫌いではありません。今の生活を結構気に入っているんです。レンは相変わらず変人ですけど、そんなことは気にもなりません。だから早くいつものあなたに戻ってください。それでいつものように笑ってください。また一緒に材料を探しに森へ行きましょう。今度は迷子にならないように僕も色々考えますから」
「だからレン、そろそろ泣きやんでください」
レギュラスはレンの背中を優しく撫でる。泣いていないように見える彼女だが、心の中で泣いていて、本当は泣きたくてたまらないのだろう。
レギュラスの言葉が引き金となったのか、レンは静かに涙を流し、先程の言葉に返すようにこくりと頷いた。
「レンが傍にいて欲しいと思うのなら、僕はいくらでも此処にいますから」