「レギュラス。先程からボーッとしているが具合でも悪いのかね?」
「……っ、すみませんマルフォイ先輩」
ハッとして今は先輩であるマルフォイと食事をとっていたのだと慌てて謝るも、レギュラスの頭はまだボーッとしていた。最近は他人に声をかけられるまでボーッとしている自分がいると気付いてはいるものの、どうにも頭がしっかりと働かない。レギュラスはまたやってしまったとため息を吐いた。
しかし、意味なくボーッとしている訳ではなかった。レギュラスは自分で気付いていないだけで、視線はいつもあの姿を探していた。甘い香水のにおいではなく少し薬品臭いかおりを身に纏わせ、いつも何かしら怪しげなものをローブに忍ばせているレイブンクローの5年生、レン・キサラギである。
しかし、今その姿は大広間にはない。また部屋に籠って怪しげなものでも作っているのだろう。レンは物事に熱中すると気が済むまで続ける為、飲まず食わずで過ごすことが多々あるのだ。そのせいか肌は病弱染みた白で身体は細い。前々から度々あったので何度か注意はしたのだが、やはり熱中するとレンは周りが見えなくなってしまうようだ。
何か良い方法はないかと考えたレギュラスはレンからレイブンクローの寮がある場所を聞き出し(それはもう鬼のような形相をしていたのでレンは答えるしかなかった)、女子寮には入れない為生徒にレンを呼び出してもらうことで少しは改善したのだった。その場にいる生徒達に頼むのだが、快く引き受けてくれる者がいないことを分かっているレギュラスは、毎回無言の圧力をかけてレンを呼んでもらうのであった。
周りには手のかかる姉を弟が甲斐甲斐しく世話をしている姿にしか見えないと言うのは内緒の話である。
「……キサラギのことだったらやめておけ」
「マルフォイ先輩…?」
「お前の兄と同じく、キサラギは愚かだ」
「…あの……兄と同じ、と言うのは一体どう言うことでしょうか?」
「キサラギ家は代々凄まじい力を持つ東洋の名家だ。だが奴等は光にも闇にも属さず、ただ我々を傍観しているだけなのだ。名家であるにも拘わらず、
我が君に遣えようとしないのは愚か者か臆病者だと言うことだ。シリウス・ブラックと同じように道を踏み外していると、レギュラスもそう思わないかね?」
レギュラスにとって、それは初めて知った事実だった。名家だとは調べた時に知ったが、傍観者としているとは何処にも書いていなかったのである。だが、傍観者だろうがどんな立場になったとしてもレンに対する接し方は変わらないだろう。本人が本人だから改める必要性もないとレギュラスは思ったのであった。
しかし、今目の前にいるのはブラック家には劣るが純潔貴族のマルフォイ家次期当主、先輩であるルシウスなのだ。このまま無言でことを済ませたいが、何かしら返答しないと後々厄介なことになりかねない。マルフォイの機嫌を損ねない為にも、ここは一つ嘘を吐いておいた方が得策だろう。あまり気は乗らないが致し方ない。
「…確かに、兄と同じく愚かな方ですね」
「そうだ。私達はあのお方に絶対的な忠誠を誓うのだ。傍観者など相手にしていたらレギュラスもそちら側だと認識されてしまうだろう。さっさと縁を切った方が身の為だぞ」
「ご心配には及びません。ただの馴れ合いです」
「ただの馴れ合いだったのだな」
第三者の声に、レギュラスは驚いて後ろを振り返った。いつの間にと思うが、レンはいつだっていつの間にかにレギュラスの傍にいたのだ。気配を消すのが上手いレンはいつもレギュラスの背後から忍び寄り、驚かすのであった。
けれど選りに選って何故こんな会話の最中なのだと、今だけは普通に現れて欲しかったとレギュラスは強く思うのであった。
視線の先にレンがいるのだが、表情はいつもよりも暗い。それは食事と睡眠の両方をきちんととっていないせいなのか、それともレギュラスとルシウスの会話を聞いてそうなったのかは分からない。けれどよく見るとレンの瞳は極僅かに揺れていて、大広間の明かりで少し潤んでいるように見えた。
「おや、Ms.キサラギではないか。ちょうど今君の話をしていたところだ」
「それは聞いていたから知っている。愚か者だの臆病者だの言いたい放題だな。だがルシウス、貴様の方が愚か者で臆病者だと私は思うのだが違うか?」
「…相変わらずの態度だな」
「私にとっては褒め言葉に値する」
「君の一族が傍観者でいる限り、今のまま変わらないだろう。おめでとうMs.キサラギ。レギュラスは君との縁を切りたがっているぞ?」
なんてことを言うのだと、レギュラスは信じられないと言った表情でルシウスを見ているしかなかった。目の前にマルフォイ先輩さえいなければ自分が言ったことはすべて偽りなんだと言えるのに、と殴りかかってしまいたい衝動を堪えるように拳を強く握り締めた。
「聞いていた、と言ったはずだ。どうやら貴様は記憶を維持することが出来ないらしいな。是非とも聖マンゴ病院に入院することを奨める。少しはその腐った脳味噌に記憶を詰め込めるやもしれんぞ?」
「Ms.キサラギ。今日はやけにお喋りのようだな。憶測だが、君はレギュラスの言葉にショックを受けたのかね?」
「私がショックを受けただと? 寝言は寝ている時に言うものだ。これ以上貴様と会話をしていたら私の記憶までもが危ぶまれる。失礼」
そう言って去って行くレンを、レギュラスは追いかけることが出来なかった。延ばしかけた手は空を掴み、虚しく行徨うしかなかった。
ショックを受けていないなんて嘘だと明白にその様子が窺える。僅かに見せた瞳の揺れと虚勢を張った言葉はいつになく饒舌で、まるで初めて会った時に戻ってしまったようだ。今にもふらふらで倒れてしまいそうなレンを心配はすれど、レギュラスは見ているしかなかった。追いかけられることを拒絶するかのような瞳に、何も言うことが出来なかったのである。
隣でルシウスが何やら話し掛けてきているが、ちっともレギュラスの耳には入らなかった。先程のレンがちらついて頭から離れない。どうしてこんなことになってしまったんだと、自分を責める以外なかった。
「……レン…」
レンが立ち去る一瞬だけ、目が合った。
その瞳は至極悲しみを滲ませ、泣いてしまう一歩手前のように光を反射しながら揺れていたのだった。