「ご心配には及びません。ただの馴れ合いです」

確かにあの時、レギュラスはそう言った。あの日を境に何をやっても手が付かず、魔法薬の調合も何だか今一つで上手く出来ない。認めたくはないけれど、もしかして自分は落ち込んでいるのだろうかとレンは首を傾げる。落ち込むなどそんな経験をあまりしたことがないレンは「これが落ち込むと言うことか」と、初めて感じたのであった。

あの日から、レギュラスとは会ってもいないし言葉も交わしていない。いつもなら他人に何を言われても平然としていたのだが、レギュラスと顔を合わすことさえ出来なくなっていた。それだけ自分の中にいたレギュラスの存在が大きかったのだと思う反面、そこまでレギュラスに気を許していた自分がいたのだとレンは気付いたのであった。

だが、今更気付いたところでもう遅いのだ。ようやく心を許せるくらい信頼し始めたところで裏切られたのだ。所詮他人は他人。自分はただ、レギュラスをお気に入りとしていただけなのだと、お気に入りがお気に入りではなくなっただけのことなんだと、無理矢理自分に言い聞かせた。


「…あのー、ちょっといいですか?」

大嫌いなソプラノ声がレンを呼び止めた。
声のする方へチラリと目線を寄越せば、大体想像通りの女子生徒がそこにいた。スカートは短くワイシャツのボタンを二つくらい開けてネクタイを緩め、如何にも「私って可愛いでしょ」と男子生徒に対して愛想良く振り撒く姿である。はっきり言って、猫被りの女は大嫌いだ。

「ちっともよくない」
「そう言わないでください」

ギリッと握り潰されるかと思うくらいの力で腕を掴まれた。女はか弱いだなんてよく言うものだ。こんな怪力の持ち主がか弱いと言うのなら、トロールもか弱い部類に入るだろうと心の中で突っ込みを入れた。

女子生徒は何がなんでも腕を離す気はないらしく、仕方なくついて行くことにした。ついて行った先に何があるのかなんて大体分かってはいるが、石化呪文や失神呪文は唱えないでおこう。何をやっても上手くいかない今、無理に墓穴を掘る意味はない。


行き着いた先は予想通り、あまり人通りの少ない廊下に並ぶ使われていない空き教室だった。中に入れば何人かの女子生徒がレンを歓迎はしていないものの、睨み付けながらお出迎えされた。ネクタイカラーを見ると、四つの寮すべてから集まっているみたいだ。いつの間にグリフィンドールとスリザリンは仲良くなったのだと、そちらに関心がいってしまうのは致し方ないだろう。集団でしか動けない女など大嫌いだと、レンはため息を吐くのであった。


「よくもまあのこのことついて来たわね」
「馬鹿なんじゃないかしら」
「変なもの作ってると頭まで変になるのかしらね?」
「見てよあの紅い目」
「気持ち悪いったらないわ」
「髪の色も真っ白でお婆さんみたいだわ」

口々にそう言う女子は楽しそうにケラケラ笑っている。レンからしてみればケラケラではなくゲラゲラ笑っているように聞こえなかった。そんなにゲラゲラ笑うのであれば蛙の合唱でもしていればいいのだと、突っ込まずにはいられなかった。

こんなことを考えている余裕がある自分が可笑しくて、連れ込まれ囲まれた状態だと言うのにレンはくくっと喉の奥で笑った。急に笑われた女子生徒達は怒り心頭。男子生徒には見せられないくらい醜く顔を歪ませ罵声を飛ばしてきた。

「何が可笑しいのよ!?」
「蛙共には関係ないだろう」
「蛙って、私達のことを言ってるのかしら!?」
「何の用だ。ないのなら帰らせてもらう」
「まだ話は終わってないわ! あなた目障りなのよ!」
「そうよ! いつもいつもレギュラス様のお側にいて、はっきり言って邪魔よ!」
「おまけに悪戯仕掛人と仲が良いなんて悪夢だわ!」
「迷惑そうにしてるのが分からないの?!」
「レギュラス様だって好きであなたといた訳じゃないと思うわ!!」
「とにかく、金輪際あの方達には近付かないで!」

「……つまり、嫉妬と言う訳だな?」

「なッ?!」
「近付きたいなら近付けばいい。近付けないのを私のせいにされても困るな。私は彼等のマネージャーでも何でもない。ただ他より関わりがあるだけだ」

「ッうるさいわね! とにかく今後一切関わらないと誓いなさい! さもないと痛い目見るわよ!?」
「痛い目を見るのは貴様等の方だ。私を誰だと思っている。自分が可愛いのなら、このまま大人しく立ち去る方が身の為だぞ?」
「そう、それなら仕方ないわね!」

まるで「痛い目に遭わせてやりなさい!」と言ったかのように、その言葉を合図に彼女達は杖を取り出した。口で勝てなくなったら武力行使だなんて自分から負けを認めているようなものだ。女はか弱いだなんて本当に誰が言ったんだと、レンは呆れるしかなかった。

勿体無いから使いたくはなかったがこの際仕方がない。後で存分に彼女達から材料費をぶん盗るかと考えながら、ローブに忍ばせていた試験管を数本取り出し、キュポッとコルクを抜くと、迷うことなく彼女達の顔面に目掛けて薬をぶちまけた。呪いをかけようとしていた彼女達は液体をかけられたことに驚き、ギャーギャー野鳥のように騒いだ後「覚えてなさいよ!」と言う捨て台詞まで見事に言い残して走り去って行った。

覚えていたら脳味噌が勿体無いだろう。


ぶちまけた薬はぶつぶつニキビが大量に出来る薬で、しかもそれがものすごく痛い。怪しい魔法薬を作っているレンは歯呪いや鼻呪いなどの魔法をかけられることが度々ある為、仕返し用として大量に持ち歩いていたのである。言うまでもなくレンが新たに作り出したものなので、それを治す薬はレンにしか分からない。他の魔法薬で治るかどうかは知らないが、彼女達の顔は数週間くらいあのままだろう。

ざまーみろってんだ。

ポピーの所に泣き付くように駆け込んで数週間、絶対安静の地獄を過ごせば尚良しである。痛い目を見るとわざわざ忠告までしたと言うのに、それを無視して呪いをかけようとしたのは彼女達なのだ。後のことは関係ないと、レンは空の試験管をポケットに戻した。


「………何やってんだ私は…」

何もされずに済み、尚且つ最高の捨て台詞まで吐かれたと言うのに気分は沈んだまま浮上することはない。彼女達の数々の暴言は対したダメージにはならなかった。けれど、一つだけレンの心に引っ掛かる言葉があったのだ。

「…好きで一緒にいた訳ではない、か……」

先程言われた言葉は数日前の馴れ合いのことを意味しているようで、何だか泣きそうになった。しかしここで泣いてしまえば彼女達の思う壺である。こんなことで泣くもんかと、必死に涙を堪えたのだった。


「レンが傍にいて欲しいと思うのなら、僕はいくらでも此処にいますから」

あの時言ってくれた言葉は嘘だったのか、レギュラスを思い出したら至極胸が苦しくなった。



ALICE+