あの日以来、レギュラスはレンに会っていない。それどころか姿を見かけることもなくなってしまった。必然的にレギュラスはまたボーッとすることが多くなり、視線はレンの姿を探している。この嫌な気分のままと言うのは、非常に不愉快で落ち着かない。レギュラスはレンに事情を説明して謝ろうと、授業も宿題もすべて放り出してホグワーツ内を探し回った。
しかし、思っている以上にホグワーツは広い。未だに通ったことのない廊下や隠し通路などがたくさんあるのだ。それはレギュラスが常日頃真面目に授業に取り組んでいる証拠であり、あのアホンダラの兄とは違うと言うことである。
「アホンダラ…」と考えたレギュラスは、急いで魔法史の教室まで足を運んだ。
「兄さん」
「…レギュラス…ッ?! なんで此処に、授業はどうしたんだよ!?」
「小声で騒ぐにしても静かにしてください。見つかったらどうするんですか」
どうしてこの場に弟がいるのか、シリウスは目を疑い瞬きを繰り返した。優等生として通っているレギュラスが授業を放棄しているなど、シリウスには考えられないことであった。てっきり弟は母の言いなり人形なのだと勝手に思っていたシリウスだが、それは大きな間違いである。
レギュラスは兄を嫌ってはいるものの、ちゃんと大事な家族だと思っているのだ。ただブラック家に背いた兄を許せずにいるだけで、本当は幼い頃のように話がしたかった。兄を知ろうとして、彼の出る科目と時間は把握済みである。一歩間違えればブラコンにも見えなくはないが、そう言ったことに関して不器用な弟は兄と同じなのであった。
「聞きたいことがあります。レンが今何処にいるのか分かりますか?」
「はあ? 何言ってんだお前」
「分かるのか分からないのかどっちなんですか。早く答えてください!」
「お前も十分声が大きいだろ」
「もういいです」
「待てよ!」
シリウスは慌ててレギュラスを引き留め、忍びの地図を広げてレンを探し始めた。久し振りに弟に頼られ、会話を交わすことが出来たのだ。シリウスとてレギュラスが嫌いな訳ではない。ただ純血純血とうるさい家が嫌なだけなのだ。それがなければ母のことは好きになれたかもしれないと、シリウスは思うのであった。
忍びの地図に目を通し、レン・キサラギの文字を探す。どの授業に出ているか分からない為、シリウスは授業が行われている教室を片っ端から辿ると食い入るように見つめるが何処にも見当たらない。もしかして授業をサボって魔法薬の材料でも採りに行っているのかと思い、禁断の森に目を向けようとして、使われていない三階の空き教室に数人の生徒の名前を見つけた。授業中にこんな所で何をやっているのだと思ったその時、レン・キサラギの文字が数人の生徒に混じっているのを発見したのである。
「あったぞ。三階の使われてない空き教室だ」
それだけ聞くと、シリウスに礼も言わずに一目散に教室から飛び出して行った。後ろで兄が自分を呼んでいたけれど、レギュラスは気にもとめなかった。何故使われていない空き教室なんかにいるのか、レギュラスは嫌な予感がした。レンは授業をサボるのなら魔法薬の調合に励む変人だ。だからそんな何もない所にいるなんておかしいのだ。
今まで走ったことのない廊下を気にもせず全力で走った。三階にたどり着いた時、数人の女子生徒が顔を覆って泣きながら空き教室から出て来るのが見えた。女子生徒達はレギュラスには目もくれず、悲鳴を上げながら走り去って行った。一体教室で何があったのか、レギュラスは教室の前で立ち止まり肩で呼吸を整える。
扉の隙間から見えるのは紛れもなくレンではあるが、俯いているせいかレギュラスに気付く様子はない。
「…好きで一緒にいる訳ではない、か……」
不意にレンが小さく呟いた。
その言葉が何を意味しているのかレギュラスには分からない。けれど何を思ったのか、レンは杖を取り出してそれを自分に向けていた。
「レン!」
レギュラスは無意識の内に飛び出し、レンの杖を引ったくった。引ったくられた本人は突然レギュラスが現れたことに驚きを隠せず、珍しく少しだけ目が見開いていた。
「……レギュラス…?」
「一体何を考えているんですか! 馬鹿ですか?!」
「馬鹿ではない、私は天才だ」
「…レンは天才ではなく災いをもたらす方の天災がお似合いですよ」
「それも私にとっては褒め言葉だな」
「……レン…よかった…」
レギュラスは躊躇うこともなくレンを抱き締めた。無事でよかったと、レンの存在が消えないように強く抱き締め安堵した。しかし数日前のことをすっかり忘れていて、レンはそのままでいてくれるだろうと思っていたレギュラスだったが、案の定突き飛ばされたのである。容赦なく「触るな!」と言う言葉ももらって。
「もう、私に関わるな…!」
「レン」
「ただの馴れ合いなのだろう? 無理して私の隣にいなくていい。今まで散々絡んで付き纏って悪かったな」
「違うんです! レン、話を聞いてください!」
「何が違う? 私に聞こえるようにはっきりと愚か者だと口にしただろう。自分で口にした言葉さえ覚えていないとは、貴様も彼奴と同類ではないか!」
「それはあなたが呼んでもいないのに此方に来たからですよ」とレギュラスは抗議したかったが、弁解しようにも今のレンは聞く耳を持たなかった。まるでルシウスを相手にしている時のように、レギュラスをあしらうレンの瞳はとても冷たかった。初めて会った時でさえ見せなかったその表情に、レギュラスは思わず口を噤む。
目線を下に向けるといつの間に取り返したのか、レンの手には杖が握られていた。慌ててレギュラスがとめようとするが、今度は邪魔をさせないとレンは後ろに飛び退いた。必死に手を伸ばすけれど、レンのローブを掠りもせずに空を掴んだ。
「レン! やめてください! 僕は…ッ!!」
レギュラスの必死の願いはレンに届かず、視界を遮るように瞳を閉じた。レンが何をしようとしているのか、レギュラスには分からない。けれど、自身に向けて放つ魔法など限られている。「オブリビエイト」と聞こえたものは忘却呪文であり、レンは杖から放たれた光に包まれた。
最悪な展開はこうして訪れてしまい、レギュラスはただ黙って見ているしかなかった。
どうして忘却呪文なんて魔法を自分自身に放ったのか。レンにとって忘れてしまいたい程、あの日言ってしまった言葉達は彼女を深く傷付けてしまったのだと、レギュラスは至極悔やんだ。自分にもう少し勇気と発言力があればこんな事態には至らなかったと、レギュラスは込み上げる気持ちに瞳が熱くなるのだった。
好きな人をこんなにも追い詰めてしまっていたんだと、頬に伝う涙はそのまま流れ、床と接触して弾けた。