彼女を見つけては話しかけるようになった。休日には宿題をさっと片付けてレイブンクロー寮に赴き、一緒に禁断の森で材料採取か必要の部屋で彼女が魔法薬の調合をする傍らで、読書に励むと言う生活を送っていた。レンは最初こそは関わりたくなさそうに逃げていたのだが、今では諦めて前と変わらずレギュラスと接している。まるで立場が逆転して、自分が変人になってしまったようだとレギュラスは苦笑した。
普通に接するようになれたまではよかったのだが、レギュラスは何処か変に余所余所しくしてしまうのであった。それと言うのも、レンが自分自身に忘却術をかけた理由を聞けずにいるからなのかもしれない。記憶を忘れてしまっている今、聞き出した所でレンから答えが返って来ることはないのだ。
自分が原因だと言うことは自覚しているし、反省も後悔もしている。けれどレンは忘れてしまっている為、平気な顔をしてレギュラスに話しかけるのだ。それがレギュラスにとって悩みどころの種であり、余所余所しくしてしまう原因でもあった。
ずっと傍にいると言ったのは明らかに自分なのに、先輩であるルシウスに嘘を吐く為とは言えレンに聞かれてしまったことも事実。これで何度目になるのか忘れてしまったため息を盛大に吐き、レギュラスは悩みに悩んでいた。
「どうした美少年」
「…僕は美少年ではありません」
「それなら美男子がいいか?」
「………」
前にも同じような会話をしたと思うのは気のせいだろうか。嬉しいのに複雑なレギュラスの心境を感じ取ったのか、レンは怪訝そうに首を傾げた。つい最近気付いたことだが、記憶を失う前と後のレンに少しだけ違いがあることにレギュラスは気付いた。
前のレンはこんなように首を傾げたりはせずに、いつものようにくくっと喉で笑うだろう。だが最近はそう笑わなくなった。寧ろ笑った顔を見ていないかもしれない。
今のレンは、まるで分厚く見えない壁で自分を守っているようであった。笑わずに適当に相槌を打つその姿はまるで無機質な人形のようであり、レギュラスにはそれがたまらなく悲しくて前のようなレンの温もりを感じられなくなっていた。
「なんだ、美男子も嫌か?」
「僕はレギュラス・アークタルス・ブラックです」
「成程。シリウス・ブラックの弟か?」
「……不本意ながらではありますが。これからは美少年ではなくレギュラスと名前で呼んでください」
「……レギュ、ラス…?」
「レン?」
「…前にも、こんな会話をした気が…」
「レン、それは、」
「すまないがこの辺で失礼する」
レンは何かを思い出したかのように踵を返し、レギュラスが声をかける前に去ってしまった。忘れてしまっているはずなのに何故あそこまで反応を示すのか。もしかしたら自分に関する記憶は完全に忘れた訳ではないのかもしれないと、淡い期待を抱いたのであった。
完全でないのであれば、いつか思い出すかもしれない。けれど、無理に思い出して欲しくはないし別に思い出さなくてもいいとも思っている。レンが前のようにくくっと笑ってくれればそれでいいのだ。
「───」
レギュラスが何かを呟いたが、その言葉は誰の耳に入る訳でもなく、中庭から来た風にさらわれてしまった。ぽつんと独りその場に残されたレギュラスの表情など、レンは知る由もない。