他人と比べて、何処と無く感覚がズレていると自覚したのは物心がついた時だ。
自分が他人の言う“変人”の部類に入ると言うことも、自覚したのはその時からだった。自分がおかしいと言うのはすでに分かっていることなのだが、最近は何故か再確認をよくしてしまう。美少年の、レギュラスの名前を聞いた途端に胸の内が何故か熱くなる。心拍数も上がり、いつも通りの自分でいることが出来なくなる。平然を装おうとしても、やっぱり何処かで自分でないような気になり上手く平然を装うことも出来ない。
いつも利用している必要の部屋でレンはソファに寝転がり、頭の後ろで腕を組んで物思いに耽る。一人で考え事をする時や魔法薬を作る時など、レンは頻繁に必要の部屋を利用していた。此処なら誰も来ることもない。と言いたい所なのだが、たまに悪戯仕掛人達が来てしまうので魔法薬で追い出していた。
つい先程も扉が現れジェームズとシリウスが入って来たのだが、杖で吹っ飛ばして追い返したところだった。この部屋も厄介な輩に見つかると良い場所とは言えなくなってきた。
忘れたいほど嫌な記憶だったかもしれないのにどうしてなのか、思い出さなければいけないような気がしてならないのだ。本当に忘れたくて自分自身に忘却術をかけたのだろうかと、自分を疑ってまでいる。こんなのは私ではないと、レンは頭を抱えていた。
もしかして忘れたくなかったのに無理矢理忘れようとしたのだろうか。それならこのおかしな気持ちにも少しは納得がいく。しかし、今自分が感じていることは初めてなのでどう対処すればいいのか分からない。いつも通りにいかないことに苛立ちを感じずにはいられず、レンは奇声を発しながら頭を振り乱した。
「………思い出したい、のか…?」
そう自分に問うが、勿論もう一人の自分がいる訳でもなく、答えなど出て来るはずもない。けれど、答えなどすでに出ているのかもしれない。
徐に起き上がり、備え付けのテーブルに置いてあった試験管を手に取る。ゆらゆらと揺らしながら光に透かせて見る。レンが今手にしているものは答えを導き出すものであり、今抱えている悩みを解決するものであった。試験管に入っている淡い水色のそれは、記憶を失う前のレンが作り出したものである。サラサラとしたこの液体を飲めば、すべてを思い出すことが出来る。だがこれを飲んでしまえば、今まで忘れてしまった嫌なことまで思い出すことになる。
何を忘れてしまっているのか、レンは想像もつかない。余程のことでない限り、自分自身に忘却術をかけるなんてことはしないだろう。レン・キサラギはそう言う人間であると、自分自身を分析して思ったのだ。
今となっては何が嫌だったのか分からないけれど、分からないからこそ、思い出しても別に問題はないのではないだろうかとさえ思えてくるのだから不思議である。
どうしてこんなものがあるのか、レン自身にさえ分からない。今も昔も自分は自分で変わりはないのだが、本当に自分がこれを作ったのかと半信半疑であった。けれどもご丁寧に説明書付きであり、そこには「判断は今の私に任せる」と最後に走り書きで書かれていた。何故記憶を失う前の自分はこんなものを作ってから忘れてしまったのか、今のレンには分からない。
何も知らないままの自分だったら、この先一生この液体を飲むこともなく何も思い出さずに生きていったのだろう。けれどこうしてわざわざ説明書付きで残した魔法薬には意味がある。記憶を失う前の私は、きっと苦渋の決断で忘却術をかけたのだろうと推測する。
「…相変わらず面倒くさい奴だな、私は」
その当時のレン・キサラギは本気で悩んでいたのだろう。昔の自分だったのなら、こんな説明書付きで魔法薬なんてものを作ろうなどとは思わなかっただろう。あのレギュラスと言う美少年に、そこまで入れ込んでいたのだろうとレンは思った。そうでなければこんな面倒なことは起きなかったのだ。
一体いつからこんなことになっていたのか、忘れてしまっている今のレンでは分からない。けれどもしかしたらレギュラスと初めて会った時から、自分はこんなことになってしまっていたのではないかと推測だがレンは思うのだ。
今も正直、自分自身が分からない。けれど記憶を思い出せば、きっとこの分からない何かも分かるだろう。
思い立ったら行動あるのみだ。
コルクを引き抜き、試験管の中身を一気に飲み干す。良薬口に苦しと言う訳ではないが、魔法薬独特の苦味が喉の通りを支配して吐き気を催す。何を入れたのか覚えがないのは当たり前だが、魔法薬に入れるものでいいものなどあるはずはないのだと吐き気を堪えながら思った。少しでも甘く出来ればいいのだが、現段階では他のもので代用出来る訳はないのでここはひたすら我慢である。
しばらくすると吐き気も治まり、数日間の記憶がレンの頭の中をいっぱいにした。過去に忘れてしまったことなども思い出すのではないかと思っていたのだが、どうやら思い違いだったようだ。
数日間の記憶など大した量ではないはずなのに、膨大な量の記憶が頭痛を引き連れレンを襲ってきた。たかが数日分の記憶だからと侮っていたが、どうやら一日の分がかなり濃いようなのだ。
その記憶の中にいるのは、いつもレンの隣にいた一人の美少年だった。初めて会った廊下から始まり、記憶にあるのは空き教室が最後だ。初めて会う人間に対しての第一印象が最悪だったにも関わらず、今もこうしてレギュラスはレンの隣にいる。それが何を意味するのか、鈍感なレンですらようやく理解することが出来たのである。薬を飲まなければ、きっと気付かなかったのかもしれない。これが一体何なのか分からずに苦悩していたことだろう。今まで感じたことのないことなのだから。
自分の気持ちに素直になった途端、妙なことにすっかり落ち着くことが出来た。まるで今まで見つからなかったピースがぴたりと当てはまったかのように、心はすっきりとしていた。
初めて他人がこんなにも“愛おしい”と、レンは感じたのであった。誰かに対してこんなにも感情を向けるのは初めてだった。お気に入りと称して付き纏い嫉妬し悩み悲しみ時には泣き、誰かを好きだと思ったりしたのは生まれて初めてと言っても強ち間違いではない。昔の記憶を思い出そうとは思わない。良い記憶でないのなら無理に思い出す必要はないし、その記憶が誰に関係しているのかも今となっては分からないからだ。
けれどレギュラスに関しての記憶だけは思い出してよかったと、心底思った。今ならジェームズの気持ちが分からなくもないなとレンは思うのであった。至極好いているからこそ、ジェームズはその感情を押し切れなくていつもエバンズに対して少々過激になってしまうのだ。人を好きになると言うことはこういうことなのかと、一人考えながらも耳だけが少し赤くなっていたレンだった。
レンはくくっと喉で笑い、自分自身を嘲笑う。
「………アホンダラは私の方だな…」
いつもシリウス相手に言っていた言葉がまさか自分に跳ね返って来るとは夢にも思わなかった。けれど、本当にその通りだと、レンは笑わずにはいられなかった。アホンダラと言わずに馬鹿と言った方がしっくりくるかもしれない。口は災いの元と言うが、本当にその通りである。レギュラスの話を詳しく聞きもせずに逃げたのだ。結局、自分自身で蒔いた種が足元に散らばっていただけなのだ。
込み上げてくる何かは頬を伝って流れて落ち、嘲笑うかのようにレンから離れていった。