スリザリンの談話室で独り、レギュラスは読書に勤しんでいた。文字をひたすら目で追い内容を頭に入れようとはするものの、すでに脳内には先約がいて本の内容が頭に入ってくる気配がない。もう同じところを何度も繰り返し読んでいると言うのに全く入ってこないのである。それもこれもすべてレン・キサラギのことを考えているせいだからだと、レギュラスはため息を吐くのであった。

レンに出会ってから、レギュラスは一体何回ため息を吐いただろうか。もう数え切れないくらいなのは分かっているが、どうしようもない。先日自分が取った言動を思い出し、レギュラスは激しい後悔に襲われていた。記憶を失ったレンに自分の想いを勝手に伝えて一緒にいる様は、端から見れば苦し紛れの何物でもない。


想いを伝えてから数日が経ったが、明白に避けられていた。レンにその気がないから避けられているのか、はたまた戸惑っていて避けてしまうのかレギュラスには分からない。一目でもレンを見れたらと思うのだが、どうしてかここ数日姿を見ることがないのである。

大広間で食事を取る際に注意深くレイブンクローの席を見るのだが、そこにレンの姿は見当たらない。完全に避けられている今、遣る瀬無い気持ちでいっぱいだ。

どうにかしてレンを見つけなければと思い「上手に隠れる人を見つける術百選」の本を偶然図書館で発見し読むに至ったのだが、内容は未だ入っては来なかった。今日はこのくらいにして明日にしようとソファから立ち上がったその時、ガチャッと誰かが談話室に入って来たのである。こんな夜更けまでフィルチに見つからずにホグワーツ内を歩き回っていたのだろうか。誰だろうと気になり、レギュラスは興味本意で振り返った。視線のその先にいた人物に、レギュラスは驚きを隠せない。


すらりとした長身に腰まである白髪は一切の汚れはなく、彼女の動きに合わせてふわりと滑らかに揺れ動く。血のように紅い瞳は他者の視線を惹き付け、まるで獲物を狙った動物のようにレギュラスを見つめていた。

レイブンクローカラーのローブを身に纏い、その下にはマグルの医者が着るような真っ白な白衣を着込み、ローブや白衣の裏地には怪しい魔法薬が入った試験管が何本もあることをレギュラスは知っている。

ここ数日姿を見なかったのにどうして此処にいるのだと、どうしてスリザリン寮の合言葉を知っているのだろうと疑問に思った。しかしいくら考えたって分かりはしないだろう。相手はあの変人のレン・キサラギなのだ。各寮の場所や合言葉など、レンにしてみれば赤子の手を捻るくらい造作もないことなのである。

そこまで考えが落ち着くと、次に浮かんできた言葉はいつもの呆れたものだった。


「もう少し時間帯を考えて来てください。今何時だと思っているんですか。時計の針が12時を回っているのが目に入らないのですか?」
「誰もいない今の方が逆に都合がいいと思ったからな。談話室にいてくれて手間が省けた。部屋にいたのなら男子寮すべてを回る必要があったからな」
「………一体何しに来たんですか。あなたはレイブンクロー生なのですから自寮に戻ってください」
「相変わらず冷たいなレギュラス。だがそのあしらいもいい温度だ。流石ブラック家の次男坊であり次期当主だな」
「家柄も次期当主も関係ありません。変人のレン相手ですから僕の態度は必然的にこうなるのです」
「成程。いい答えだな」

レンはくくっと笑って見せた。
レギュラスは突然ぴたりと動きが止まってしまった。まるで信じられないと言うように驚愕していた。

レンが忘却呪文を自分自身にかけてからレギュラスが告白するまでの間、ずっと聞けなかった特徴のある笑い声だった。喉の奥で笑うくくっと言う音は今までずっと聞きたかったものであり、彼女の笑う時の表情もずっと見たかった。ここ数日の間に一体何があったのかレギュラスには分からないが、彼女はとても落ち着いた雰囲気でいつものように笑っていたのだった。


「ようやく答えが出たのだよ」
「…意味が、何を言っているのか理解出来ません」
「言葉の通りだ」

突如スリザリンの談話室に侵入し何をしに来たのかと思えば、意味の分からないことを発言するレンにレギュラスは首を傾げた。ひとまず彼女の言う答えが一体何なのか聞いてみようと思い、今か今かとレギュラスはレンの言葉を待ったが、未だ黙り混んだまま言葉を発しようとはしない。怪訝に思ったレギュラスはレンの顔を覗き込んだが、吃驚したのか紅い目を見開き素早く離れて俯いてしまった。

その行動にレギュラスはムッと眉をひそめた。話をするのにどうしてそんなに離れるのか、レンが一体何をしたいのかレギュラスには意味が分からない。次第に苛立ちが増したが、それでもレギュラスはレンの言葉を待った。感情の赴くまま動いては何も得られないのだと、レギュラスはレンに教えてもらったのである。

直接と言う訳ではないが間接的に、レギュラスはそれを理解したのだった。アホンダラのようにはなりたくないのだ。


レギュラスにとってそうでもないが、沈黙してしまった今の状況が少々辛いのか、レンはなかなか口を開こうとはしない。散々待ったがこのままでは埒が明かないと判断したレギュラスは、ひとまずソファーに座らないかとレンに声をかける為に口を開いた。が、今まで微動だにしなかったレンが徐に動き出した。


「……今まで、私の傍にいてくれる者は誰一人としていなかった。今まで独りが当たり前だった私は独りに慣れ、この先独りでも平気なのだと思っていた。だがそれはあくまで表面上だ。実際は、本当は、誰かに傍にいて欲しかった……ッ。ずっと、ずっと心の何処かで寂しいと思っていた。そんな奥底に潜んでいた願いを、レギュラス。君が引っ張り上げたんだ…」

15年生きてきて、レンはずっと孤独だった。孤独は彼女を愛し、彼女も孤独を愛した。協調性を持たない彼女は他者から忌み嫌われ、彼女もそんな他者と関わりは持ちたくないと独りで生きてきた。孤独を愛する彼女の唯一の安らぎは勉学であり、群を抜いて魔法薬の調合であった。元々興味があり、実際にやってみたら魔法薬の魅力にどっぷりと嵌まってしまったのである。魔法薬に嵌まったレンから漂う薬品のにおいに周りは一層近付くことはなかった。

しかし、そんなレンにも親しい者が出来たのだ。悪戯仕掛人である。彼等も最初は彼女に関わる気はなかった。フィルチに悪戯を仕掛け逃走の最中、レンの気紛れに起きた手助けが彼等の印象をガラリと変えたのだ。それからはたまに関わりを持つくらいの関係にはなったのだが、レンは未だに孤独であった。

けれど悪戯仕掛人と過ごす日々は、決して楽しくなかった訳ではない。ただ、退屈凌ぎが出来たくらいで彼女の孤独と言う心の穴は大きく空いたまま、埋まることはなかったのである。


そんな矢先にレギュラスが現れたのだ。
最初こそ嫌々ながらも何かとレンに付き合ってくれていたレギュラスに、少しずつ孤独の穴が埋まっていくのを感じた。埋まる感覚に心は満たされるのだが、同時に恐怖も感じるようになった。もし突然この日常がなくなってしまったら、孤独を愛していた自分はどうなるのだろうと考えてしまったのだ。穴が埋まっていくたびに恐怖は膨れ上がり、逃げ出したくなる衝動を抑えることは出来なかった。レギュラスの“馴れ合い”の一言が決定打になり、レンは逃げたのだ。埋まっていく恐怖から逃れる為に。

孤独はイコール可哀想にはなり得ない。
可哀想なのは可哀想と考えてしまう自分自身だと彼女は思っている。しかし、本当に可哀想なのは孤独を愛していたことなのだとレンは改めて思うのだ。孤独を愛していた自分は愚かであったと。


「レン」

ふわり。優しくレンの名を呼ぶレギュラスの表情は穏やかだった。その表情は一見悲しそうに映るのだが、何処か嬉しそうでもあった。

レギュラスはレンの頬に手を伸ばし、俯いていたレンの顔を自分の目線に合わせた。今にも溢れてしまいそうな程に涙を溜め、流すまいと堪えていた。その表情を見て、レギュラスは不覚にも可愛いと思ったのだ。レンに気付かれない為に、レンを落ち着かせる為に優しく抱き締めた。


「…私はもう、孤独は嫌だ……ッ」

ポツリと口にした言葉に対し、レギュラスは一層強くレンを抱き締めた。彼女は見掛けは怪しいレイブンクロー生だが、本当はとても寂しがり屋なのである。寂しくないとレンは言うだろうが、きっと心の奥底に閉じ込めていたに違いない。こんなにも全身で寂しいと訴えているのだ。違うなどと言われても説得力はない。見た目も中身もうさぎのような人だとレギュラスは思うのであった。

「僕はレンの傍にいますよ。レンが嫌だと言っても離れるつもりはありません」
「…馴れ合いならば私に優しくするな」
「やはりあれが原因でしたか。あの言葉はマルフォイ先輩に不信感を抱かせない為に吐いた嘘ですよ」

「………何…?」
「ストーカーの如く後ろで待機していたレンが、いえ。僕に声をかけようとしたらタイミング悪く聞いてしまったと言う訳です」
「離せ嘘吐き野郎」
「離しません。あの嘘は今考えればもっと他に言い様があったと反省はしています」
「ふざけんなゴルァ!」
「キャラ違いますよレン」
「今更知るかそんなもの!」

「泣かないでくださいレン」
「泣いてなどない!」



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