「……………足りない、だと……ッ?!」

薄暗く少し埃が被った部屋で一人、怪しげな鍋を目の前にレン・キサラギは突然頭を振り乱しながら奇声を発した。此処が談話室や大広間などたくさんの人がいる場所だったなら、レンの奇声にびっくりして生徒達は何事かと振り返ったことだろう。幸いにも此処はどちらでもない場所である。

しかし、そんなことなどお構いなしに奇声を発してしまうくらい、レンにとって一大事のことが起きてしまったのである。

ローブの下に着込んでいるマグルの医者が着るような白衣をガバっと開く。そこから覗く中身の入った試験管がカチャカチャと音を立てるが、今は気にしていられない。

白衣の裏側を改良して試験管などが入るように作った内ポケットに外側の大きな二つのポケット、更にローブのポケットにこれまた袖や裏側を少し改良して作ったポケット。至る所にあるポケットの何処を探しても、目当てのものは見当たらない。ないと分かった途端、力をなくしたように座り込み項垂れた。

このままではいけない。
材料が足りなければ、この鍋の中身はただの失敗作である。レンは舌打ちをし、ローブが汚れようがお構いなしにごろんと寝転がり、足りない材料が何処へ消えてしまったのか記憶の糸を辿る。

あれは禁断の森で採取したはずだ。それを手に入れた後、確かにローブか白衣のポケットに突っ込んだはずなのだ。なくさないよう、ご丁寧に試験管に入れて。

そういえばあの時睡魔に襲われていたんだと、レンは思い出した。眠いのを我慢しながら廊下を歩いていたのは覚えているが、そこから記憶はない。その後のことは曖昧でよく分からない。ものすごく面倒くさいけれど、探すしかない。あれは今日中に作らなければならない。むくりと起き上がり、のろのろと部屋を後にする。


ひとまず自分が寝ていた場所へと向かい、落ちていないか確認をする。が、見当たらない。もしかしたら誰かに拾われてしまったかもしれない。そうなると探すのに骨が折れそうだ。教授に拾われていたらもっと最悪だ。ダンブルドア校長なら何とかなるかもしれないけれど、マクゴナガル教授だとしたら罰則が付いてあれも取り上げられてしまう。無断で禁断の森に入ったなど、絶対に知られてはいけない。

そういえば、此処で誰かと会ったような気がする。寝ぼけていて曖昧だが、確かに誰かに会ったとレンは頭を抱える。教授達ではなかったはずだ。生徒だとして、ネクタイの色を見ていなかったか記憶を掘り起こす。もやもやとする記憶の中で、スリザリンカラーが出て来た。

そうと決まればスリザリンまで直行。寮の違いなど関係ない。レイブンクロー生であるはずのレンはスリザリンの寮の合言葉を言い、やすやすと談話室に入った。途中すれ違ったスリザリンの生徒達は眉間に皺を寄せ、案の定二度見三度見していた。「何故レイブンクロー生が」と思っているだろう。レンを知っている者は顔を見るや否、顔を青ざめて急いでその場を去って行った。


「今日の夕食前、私と会った奴はいるか?」

レンがそう言うと周りのスリザリン生は「うげっ」とあからさまな顔をして、そそくさと談話室から姿を消した。余程レンと関わり合いたくないのか、視界に入らないように皆揃って顔を背けている。目が合った者は自室に転がり逃げるように去って行く始末だ。それもこれもすべて噂のせいなのだが、当の本人は至って気にしていない様子で、まだ夕食から戻っていない生徒から聞いて回ろうと、堂々とスリザリンの談話室のソファーに居座ろうとまでしている。

せっかくリラックス出来る空間だと言うのにレン・キサラギがいるせいで、大半の生徒がそそくさと自室に閉じ籠もるしかなくなった。誰かどうにかしてくれと、隠れている連中が心の中で呟いた最中、寮の扉が開いた。

「Ms.キサラギ。どういったご用件かな?」

あの変人魔法薬学のレン・キサラギに屈することなく声をかける奴は一体誰だと、隠れていた連中がそっと覗き見ると、再び顔を青くして縮こまる羽目になった。こんな組み合わせは滅多にないけれど、二人を並べて見たくはなかったと心底思ったのだ。

レンの反応と言えば、声をかけてきたその生徒に対し、見たくないものを見てしまったとでも言いたげに隠すこともなく盛大に顔を歪めた。レンが毛嫌いしている人物、ルシウス・マルフォイである。何故そこまで毛嫌いしているかと言うと、ルシウスは何かとレンに突っかかって来るような奴で、レンを見かけるとわざわざ呼んでもいないのに側に寄って来るハエのような男であるからだ。

ついでに言えば、若くして後退している頭にもレンが毛嫌いする原因がある。彼はおでこを出す髪型をしていて、たまに光が反射してレンの目にダメージを食らわす嫌な奴なのだ。本人は勿論分かっていないのだろうけれど、尚更性質が悪い。

「貴様に用はない。私の目の前から消えろ目障りだ」
「此処は我々スリザリンの寮なのだ。消えるべきはMs.キサラギではないのかね?」
「私の言葉が聞こえないのか? 使えない耳は切り落としてやろうか?」
「Ms.キサラギ、もう少し口の利き方に気を付けたまえ。私は君の先輩だ」
「先輩として敬う気はない。ついでに言えば、貴様の頭が後退していなければ話は別だがな」

ルシウス自身頭のことを気にしていたらしく、さっと手でおでこを覆った。談話室から逃げられず、隠れている生徒は盛大に噴き出してしまった。ルシウスがギロっと睨み付けるが、噴き出した生徒は隠れたまま忍び笑いをしている。


「どうかしたんですか? マルフォイ先輩」

寮の扉が開き、雰囲気的にルシウスが可哀想なことになっている談話室に、一人の男子生徒が現れた。レンの探していた美少年である。

美少年はルシウスの側に行き、彼の目の前にいるレンに目を向け、小さく「あっ」と声を漏らす。思わず「変人」と言いそうになったのは言うまでもない。

「探したぞ美少年」
「…レギュラスのことを言っているのかね?」
「美少年、少し私に付き合え。こいつは気にするな」
「え…あの、僕ですか?」
「君以外に誰がいる。私は君に用があって此処まで来た。こいつに用はない」

この美少年から話を聞かなくてはいけない。しかし、此処ではルシウスの目もあるし驚異のおでこもある。ひとまずスリザリンの寮から出て他で話を聞こう。レンはそう思い、合意を得ていないというのに美少年の腕を掴んで歩き出した。

美少年、基レギュラスは突然のことに戸惑いつつも、引っ張られるがままである。何となく、口を挟んではいけない気がした。先程倒れていた変人に強引に引っ張られ、寮を出たことにそれほど怒りは感じていない。もしかしたらまた何かあるかと予想していた分、当たってしまったことにびっくりしていた。


何処まで連れて行かれるのだろうかという不安は、きっとこの変人に言っても分からないだろう。ものの数秒でレンをそう言う人物だと判断した美少年は間違ってはいない。レンはそう言う人間であるからだ。

それよりも、どうしてレイブンクローの生徒がスリザリンの寮にいたのか気がかりだ。知り合いに入れてもらった線は何となくないだろうと思ったが、もしやあのルシウス先輩と知り合いなのだろうか。まああの様子だと親しい友人というわけではないだろうけれど。

口元を上げながらくくっと喉を鳴らすように笑うレンに気付いた美少年は、小さくため息を吐いた。なんて独特な笑い方なのだろう。この人はやっぱり変人で間違いないんだと、再確認した瞬間であった。



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