特に不満などない。
生憎だが混乱もしていない。

なのにこの胸のもやもや感は一体何だと、レンは先程から自問自答していた。こんな風に考えてしまうのは美少年と出会ってからなのである。レギュラスと出会って本当に良かったのか、自分でもよく分からない。

今まで孤独を愛してきた彼女は、普通の人が送るであろう日常をまだよく理解していない。協調性が皆無な彼女に対し、レギュラスは根気強く教え最近はトゲトゲしていたものが取れて少し丸くなったのである。

他人と関わることで少なからず影響は受けるのだなと、改めて思うのだ。レギュラスに出会わなければ、自分は未だに孤独を愛し一人寂しく生きていたのだろう。今では空いていた穴が満たされ、こんなにも穏やかな気持ちでいられる。あの廊下で自分を見つけてくれてありがとうと、レンは深く感謝をした。


だが最近はどうにも不安なことがあった。満ち足りた今の日常が突如崩れ去ってしまったら。考えなくてもいいのに思考は止まらず、いつの間にネガティブ思考になったのだろうと深くため息を吐いた。

レギュラスは自分の意思で「傍にいる」と言ったのだ。レンが強制して言わせた訳ではない。そこまで深く考えることでもないのだが、今まで独りで生きてきたレンにとっては右も左も分からないのと同じであった。

思考して意識が遠くを行徨い始めたレンの背後に、最早見慣れた姿があった。


「レン。おはようございます」

朝の大広間。
少し早い時間のせいか、生徒の姿はあまりない。が、振り返った先にいる美少年はレンに爽やかな笑みを浮かべるのだった。

「おはようレギュラス。失礼する」
「待ってくださいレン」

パシッと腕を掴まれ、逃げる余地無し。
離せと言わんばかりに腕を思い切り振るレンだが、レギュラスには通用しないらしい。見事にがっちりと捕まれており、離す気は到底ないのだと悟った。この時程ゴーストになりたいと強く思ったことはない。

「何故掴む」
「レンが逃げるからです」
「私がいつ逃げ出したと言うのだ? 簡潔に羊皮紙30センチ以内に収めて後日提出しろ離せ」
「何意味の分からないことを言っているんですか。その逃げ腰な姿勢を見れば誰だって分かりますよ。どれだけ逃げたいんですか」
「試作品作りで忙しいのだ。後にしてくれ」
「自分の用事は後回しにしてください。すぐに終わりますから。ひとまずついて来てください」

今までとは違うその強引さに若干驚きながらも、レンはレギュラスについて行く。腕を掴まれているから必然的にそうなるのだが、いつもよりも強引さが増している気がした。もしや自分に出会ったことでレギュラスの性格に変化が生じ、自分のようになってしまったのだろうかと少なからず責任を感じた。そんなことを考えていたレンだが、実際数分もすれば忘れてしまうことを彼女はすっかり忘れていたのだった。


ついた場所はこの前いざこざがあった三階の空き教室だった。素晴らしいくらいに此処までの通路は人っ子一人通らず、ゴーストさえ通過しない。これから静かな場所を探す時は此処に来ることにしようと、レンは若干場違いなことを考えていた。いや、レンだからだろう。レン・キサラギとは、そう言う人とは少しズレた考えを持つ者なのだ。


「…で、何の用だ?」
「惚けないでください」
「腹が減って死にそうだ」
「大して食べもしないくせによく言いますね。昨日だって夕食そっちのけで魔法薬の調合をしていましたね?」
「気のせいだ。私はちゃんと大広間で食事を取ったぞ。すぐに席は立ったがな」
「やっぱり大して食べもしていないじゃないですか。レンは朝食取らなくても平気ですよ」
「ほう。私に腹を空かして何処かで倒れてしまえと言うのか?」
「僕が付いていますからそんなことは起きないだろうとは思いますけどね」
「………」

「レン。観念してはぐらかすのはやめてください。少し待ってあげた自分を褒めてやりたいくらいですよ」
「はぐらかすとはなんだ。私は何もはぐらかしてなどいない。いいからさっさと戻るぞ」
「僕は、レンが好きです」

瞬間、時が止まったかのようにレンは動くことが出来なくなった。掘り返さなくていい。この距離とこの関係が一番居心地良かった。想いが膨れ上がってしまうと、いつも通りの自分ではいられなくなる。言い方は悪いが、どっちつかずな関係でいるのがレンは一番楽だったのである。

レギュラスの気持ちは思い出した時からレンは知っていた。どれ程想ってくれているのかも解っている。けれど、それと同時に怖くてたまらなかった。もしかしたら、また同じようなことになるのではないかと不安にさえなった。だからもう聞かないし言わないとレンは思っていた。


「私は……」
「どうしてレンなのか、こっちが知りたいくらいです。怪しい魔法薬を作っていますし出会った時なんて廊下で寝ていましたから。でも、レンじゃなきゃ駄目なんです。他の誰でもないレンに、傍にいて欲しいんです。いつの間にか、レンが傍にいることを当たり前のように思えてきたんです」

「わ、たしは、」
「僕の傍にいてください。僕は、どうしようもないくらいレンが好きなんですよ」

ふわりと、レギュラスは笑って見せた。
それはとても自然な、優しい微笑みであった。

「…でいいのか?」
「えっ?」
「……本当に、私なんかでいいのかと聞いたんだ」

顔から火が出るかと思った。何故こんな恥ずかしい言葉を言わなければならないのだと、自分みたいなの変人が言う言葉ではないと、言ってしまってから後悔した。

レギュラスは驚いた顔をしながらも、レンが言った言葉を聞いて更に微笑んだ。不覚にもその微笑みに胸が高鳴り、早く此処から逃げ出したくて仕方なかった程だ。

「その言葉は都合よく僕と同じ気持ちとして捉えてもいいですか?」
「……勝手にしろ…」
「はい。勝手にさせていただきます」

顔を赤く染めているレンの腕を引き、レギュラスはそっと腕の中に閉じ込めた。レンは珍しくも嫌がる素振りを見せず、レギュラスの腕の中で大人しくしていた。何故かしっくりくるお互いの温もりが心地好くて、レギュラスのにおいに安心してレンは目を閉じた。レギュラスもいつも通り何らかの魔法薬の薬品のにおいを身に纏う彼女にただただ、微笑するのであった。

もしもを考えてしまうと怖くてたまらないはずなのに、今はこのままでいたいと思うのだ。あるかもしれない未来だが、今考えたとしても無駄なのだとレンは悟った。とてつもなく恥ずかしい解答で根拠もない話だが、こうしてレギュラスの傍に居られれば大丈夫だと思えた。


「レン」
「…なんだ」
「大好きですよ」
「…黙れ」
「随分下手な照れ隠しですね」
「そうかそうか。レギュラスはそんなに魔法薬の実験台になりたいと言うのだな?」
「レン、大人しくしててください」
「……レギュラス」
「なんですか?」

「……………ずっと、私の傍にいろ…」
「勿論ですよ、レン」


「僕はずっとレンの傍にいますよ」
「当たり前のことを言うな」



― Fin ―




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