一体何処までこの変人に付き合わなければならないのだろう。腕を引っ張られてから数分が経った頃、ようやくレギュラスは思った。
その間特に会話はなく、とりあえず目的地があるのならいいかとレギュラスも思っていたものの、この変人は何処まで連れて行く気なのだろうかと少々不安に思ってきた。けれど、レギュラスは掴まれた腕を振り解こうとはしなかった。そんなことをしようものならこの変人に何をされるか分からない。
廊下ですれ違う生徒達の中で、この変人を目撃したからなのか、顔を逸らすか走って逃げるということが度々あった。もしかしたら自分が知らないだけで、兄達のように悪戯をしている人なのかとレギュラスは考える。
けれど、兄は悪戯はすれど人に避けられるという人間ではない。それは兄の容姿のせいか家柄のせいか。どちらのせいでもあるだろうが、この変人は容姿は良い方だとレギュラスなりに思ったが名家なのか分からない。レイブンクローの知り合いはいない為詳しい情報は分からないけれど、もしかしたらこの少々不気味な笑い方に原因があるのかもしれないとレギュラスは結論付けた。
「あ、あの…」
意を決して、レギュラスは声をかけた。変人は一度振り向いたものの、歩くことをやめようとしない。会話を拒否されるようなことはなかったからよかったけれど、話す時くらい立ち止まって欲しいものだ。変人はレギュラスの言いたいことが分かっているのか、振り向いただけで言葉を発しようとしない。きっともうすぐ着くのだろう。けれど、話をするだけならこんなに寮から離れなくてもよかったんじゃないかとレギュラスは思った。
着いた先は何でもない廊下で、変人は立ち止まり、ようやくレギュラスの腕を離した。何故こんな所にと思いながら辺りを見回すと、心当たりのある場所だった。考えるまでもなく、此処は変人と遭遇した廊下だ。
「あの、どうして此処に?」
「実は私の大事なものが紛失したのでね。美少年に心当たりがないかと思ったのだよ」
大事なものの心当たり…。レギュラスは先程の出来事をもう一度頭に浮かべ、そういえば何か葉が入った試験管を拾ったことを思い出した。また偶然会うことがあれば渡そうと思っていたもので、そのままローブのポケットに入れていたのだ。大事な物とはこの試験管のことだろうか。この変人はスネイプ先輩のように、魔法薬学が得意なのだろうか。この変人が動くたびに何か薬品のにおいがする。スネイプ先輩はそんなことないのに、先輩以上に魔法薬学が大好きなのだろうか。
魔法薬は大体が苦い。それは使っている材料を見れば明らかで、間違っても砂糖など魔法薬に全く関係のないものを使うと効果がなくなってしまうからだ。どうにかして甘く出来ないかと試行錯誤をしても、現状では新しい魔法薬は生み出せてはいない。だからこの変人からは魔法薬独特の苦みだとか原材料のにおいだとか、とにかく酷いにおいがした。だからこそ変人呼ばわりされているのだろうけれど。鼻を摘まむほどではないにしろ、それなりに容姿は良いのだからもう少し身なりに気を使えばいいのにと、レギュラスは思うのであった。
魔法薬のにおいに気を取られ、すっかり忘れていたレギュラスは慌ててローブから試験管を取り出し、変人に差し出した。
「大事な物って、これですか?」
「そうそうそれだ。君が拾ってくれていたのか、ありがとう。それがないと完成しないのでね」
「そうですか。それじゃ、僕は寮に戻りますね」
「また会おう、美少年」
変人は鼻歌を歌い始め、スキップをしながら去って行った。廊下の曲がり角から「くっすりくっすりつっくるぞー」と聞こえてきた。あの変人は人前だと鼻歌で、見えない所だと変な歌を歌うのか。
まあ何はともあれ、要件はこれだけだったのだからもう深く関わることはないだろう。「また会おう」と変人が言っていたような気もするが、レギュラスはもう関わる気はなかった。変人の姿を見ただけで生徒は逃げ出すし、魔法薬の苦いにおいや材料独特のにおいもするような人と関わってはいけない。
自分はブラック家の次期当主だ。交友関係はある程度見極めなくてはならない。あの変人は間違いなく関わってはいけない人だ。この場に母がいたならば、きっとあの変人に対し罵声を浴びせていただろう。
しかし、どうしたものか。
あの変人の容姿が珍しくてなのか、もう一度話をしてみたいと思ってしまった。母が聞いたら発狂ものだろう。においこそ色々な意味で強烈ではあるけれど、まごうことなく変人ではあるけれど、何となく、あの変人と一緒にいた時の自分は素の自分だったとレギュラスは思い返す。だから、ほんの少しだけ、興味が湧いた。
試験管を渡した時に触れた指先が未だにじわりと熱を持っている気がした。久々に人に触れたからだろうと、勝手にそう解釈をして寮に戻った。