時刻は深夜、寒さは一層厳しくなっていた。ロンドンの冬を舐めてかかってはいけない。しっかり防寒していなければあっと言う間に僕は動けなくなる。

なまえはきっと自身に保温魔法を掛けて寒さなど感じていないはずだ。

僕の幼馴染みであるなまえは秀才だと思うけれど、その半面やっぱり馬鹿だ。なまえが独りで考えることなんて、大抵ろくでもないことが多かったりする。今回は僕のことかシリウスのことなのか判っているからこんなこと言えるのだけれど。


走るのは明らかに探していると言っているようなものでもあるし、第一寒いから走りたくない。なまえが何処にいるのかなんて、もう分かっているのだから走る必要がない。

なまえを見つけたら、まずはなんて言おう。きっと何を言ったってなまえはお見通しだから、あまりごちゃごちゃとしたご託は並べない方がいい。いつもなまえと接していた自分を思い出しながら、アクシオで箒を呼んで強く地面を蹴り上げた。

ホグワーツが見失うくらい高く飛び、そろそろなまえがいてもおかしくない所まで来た。よく目を凝らして辺りを見回せば、やっぱりなまえは此処にいた。


「なまえ!」

叫ぶように名前を呼ぶ。
なまえは箒に乗っているのに、ちゃんと座っていない。箒の柄に、両足で立って真っ黒い空を見上げている。毎度のことながら落ちるんじゃないかとハラハラする。

「こんな細い棒に座っていられない」と言う彼女の言葉には同意する。それでいつも飛行術の授業で怒られていた。

名前を呼んだはずなのに、なまえはこっちを見てくれない。聞こえなかったのか聞こえていない振りをしているのか、ふわふわと箒で漂っている。


「なまえ!!」
「………リー、マス…」

僕の声に吃驚して振り向いたなまえは、見てはいけなかった。初めてだった。哀しくて苦しくて、息をするのさえ忘れてしまいそうになる。

今まで見たことがなかったのだ。
妖しく光る三日月に照らされたその姿は、たまに見てしまう悪夢と重なる。涙を流し顔を歪める彼女はまっすぐに僕を見つめている。絡み合う目線を逸らすことが出来なかった。

ただ静かに、時間だけが刻み込まれていく。
風は音もなく吹いていて、なまえの髪が緩やかに揺れている。言葉を飲み込むことしか出来なくて、声が出ない。出そうとしても息しか出なくて、沈黙が怖くて痛くて胸が苦しくなった。

だって、何故なまえはそんな顔をしているのか。そんな顔で見て欲しくない。僕が悪いんだと改めて認識し、ズキズキなのかチクチクする胸が一層苦しくなった。


「………………なまえ……」

ようやく口から出た言葉が、彼女の名前だった。そんな言葉しか出せない自分に苛立って、なまえから顔を逸らした。

「……リーマス…」

今度はなまえが僕の名前を呼んだ。
視線を向ければ、なまえはまっすぐ僕を見ていた。なまえの目尻から溢れ落ちる涙がとても綺麗で、同時に罪悪感に苛まれた。

「ごめんね」の一言が言えなくて、「好き」の一言がどうしても言えなくて、ズルズルとここまで来てしまった。伝えたいことがたくさんあるのに、今の関係が崩れてしまうことを恐れ、僕は何もしなかった。

だけど今はもう、そんな気持ちは何処にもなかった。どうして今日まで抑えていたのか自分でも分からなくて、今までの自分が馬鹿らしくも思えた。


「なまえ。君に言わなきゃいけないことがある」

だから決めた。
すぐに言えなくて、ごめん。

「大嫌いなんて、嘘なんだよ…」

そう言うとなまえは笑顔になったけど、何故かまだ悲しそうだった。






だからもう、泣かないでいいんだよ





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