こんな時、廊下がもっと短くならないだろうかと考える。急いでいる時に限って目指す場所は遠い。
冬だと言うのに汗だくになりながら走る。息が切れて苦しい。冷たい空気が肺に行き渡るたびに突き刺すような痛みが走る。
階段をあと何段か上らなければなまえのいる場所までたどり着くことは出来ない。重くなった両足に喝を入れる。
「…リーマス……お前、何して…ッ」
最も会いたくない奴に出会した。なまえがいるのはもっと上だと言うのに、こんな時に邪魔が入る。チッと舌打ちをしながら階段を上りきってそいつに詰め寄り、胸ぐらを掴みながらそのまま壁に叩き付ける。痛そうな音がしたけれど僕の知ったことではない。
「ッおい! いきなり何しやがる!」
「………なんで、今まで黙ってた…?」
「…何のことだよ、」
「後輩に教えてもらった。付き合ってないって」
「……チッ、彼奴話したのか…」
「使えないやつ」と、そう言い放ったシリウスの言葉に対して、僕の中で何かが切れた。ほとんど衝動的にシリウスを殴った。初めて人を殴った。強く握り締めた拳が痛い。シリウスは殴られた衝撃で転んでいた。僕のような奴が殴るとは思わなかったのだろう。しばらく呆けていたけれど、殴られた痛みで思い出したかのように僕を睨み付けた。
彼女とシリウスがどんな関係なのかは分からない。けれど、彼女を悪く言うシリウスを許すことは出来なかった。最後に見た彼女の表情を思い出し、尚更腹が立ってきた。
「…何だよ。彼奴のこと好きになったのか?」
「違う」
「それじゃあれか。好いてくれているやつの悪口を言われたってだけで俺を殴ったのか?」
「…違う」
「なら、何故俺を殴った?」
「噂話を流したのはシリウス、君だろ。だから殴った。彼女は関係ない」
「………ここ最近分かりやすくなったな、お前。もう嘘吐くな。笑えもしないのに無理して笑うな。あれはかなり気色悪かった」
先程まで僕を睨み付けていたシリウスは何処へ行ったのか、穏やかに笑うシリウスがそこにいた。殴られた頬を「強く殴りやがって」と、ぶつくさ文句を言いながら笑っている。
何が起きたのか理解出来ない。
「やっとかこの野郎。待ちくたびれたぜ」
「………シリウス、打ち所が悪かったかい? 医務室に行こうか…?」
「安心しろ、俺は至って正常だ」
「…駄目だ医務室に行こう…!」
「おいこら待て。一体俺の何処を見てそう判断しやがった」
何度か「大丈夫か」と聞きながらシリウスの頭の確認をしてみたけれど、素人の僕にはさっぱり分からない。けれど落ち着いて見てみれば、いつものシリウスだと気付く。
まだ頬が痛むらしく片手を当てている。早くしないと腫れてしまう。やはり医務室にと思うのに、シリウスはこのままでいいと首を横に振る。「貸した借りが返ってきただけだ」
この前殴ったことを言っているらしい。
「……いつから、気付いていたんだい?」
「途中からだな。俺はただ、リーマスの気を惹きたいから協力してくれってなまえに頼まれただけだ」
「…なまえがそんなことを……」
「『このままだと幼馴染みのまま終わりそうで怖いの』だとよ」
「それなまえの真似かい? 気持ち悪いからしないでくれる?」
「頼まれなくとももうやらねえよ。それで、なまえと一緒に過ごす内に段々本気になってきた。このまま俺と付き合えばいいのになって思った。親友のお前のことを考えながらも、な」
「…シリウス…」
「彼奴とはその後に知り合った。リーマスのことが好きだから協力してくれってな。リーマスと彼奴、俺となまえで丸く収まると思ったんだけどな」
「随分舐められたものだね」と言うと、「踏み込んでこなかったくせに何言ってやがる」と返されてしまった。全くその通りだ。臆病者になってしまった僕は行動に移すことはなかった。そこを狙ったシリウスだが、あっさり振られたらしい。ざまあみろ。
最後の最後まで動かなかった僕は何なのか。シリウスに「男として廃れてる」と言われた。もう少し強く殴って本当に医務室送りにしてやればよかったと後悔をする。
「…嘘、吐いて悪かった」
「許してあげる代わりに今度はちゃんとしたの流してくれない?」
「気にくわねえけど広めておいてやるよ」
「……ありがとう、シリウス」
お互い握った拳を相手に軽く当てる。
ごめん、シリウス。
それから、なまえの側にいてくれてありがとう。おかげで悪い虫が一匹もいない。
「精々頑張れよ」と言う皮肉を素直に受け取る。調子が狂ったシリウスはガシガシと頭をかきはじめた。「犬ノミ?」と聞くと怒りながら階段を下りて行ってしまった。
なまえの言う通り、僕は「馬鹿」だ。どうしようもない馬鹿で臆病で、すぐ人と比べたりして落ち込んで。こんな僕の何処がいいのかまだ分からないけれど、なまえが望んでいるのなら迎えに行かなくてはならない。何より僕が迎えに行きたいと思った。この辺りは進歩した方だと自分でも思う。
まだまだ自信のない僕だけれど、いつか何も気にせず隣にいることが出来るようになりたい。なまえのすぐ傍で、一緒に笑い合いたい。
だからこそ、なまえのもとに急ごう。
再び僕は走り始めた。
笑い合える喜びを噛み締めて
僕は君のもとへと走るんだ、全速力で
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