季節が巡り、冬が訪れた。
ようやく堂々とホグズミードへ行ける日がやって来た。それまではジェームズと俺の二人で忍びの地図を駆使して行っていたけれど、今日はのんびりと村を回れそうだ。冬の冷たさが肌に突き刺さるが、今日はいい天気だ。こんなにいい天気だと言うのに、一人風邪を引いてしまった者がいる。
「本当に付き添わなくて平気か?」
「…大丈夫だよ。シリウスは出掛けるんだろう? 相手を待たせちゃ悪いから早く行きなよ」
そう言いながら、ぶるりと身体を震わせるリーマスは辛そうだ。こんな時に限ってジェームズはいないしピーターは爆睡している。起こそうかとも思ったが、リーマスにやんわり止められる。「起こしたら可哀想だよ」と言う割に、リーマスの背後にほんの少し黒いオーラが見える、ような気がする。気のせいだと言うことにしておこう、うん。
何度聞いても「大丈夫だよ」としか答えない。リーマスはそう言う奴だ。「元気爆発薬飲んで寝ろよな」と一言かけ、俺は部屋を出た。
何も悪いことはしていない。けれど何故だろうか。ほんの少し、罪悪感を感じてしまうのは。別に秘密にしたかったわけではない。ただ、言わなかっただけなのだ。言わないでおこうと思っただけなのだ。「なまえと二人で会ってくる」と、言えなかっただけなのだ。
事前に談話室で待ち合わせをしていたが、なまえはまだのようだ。早朝なのもあってか、生徒は疎らだ。逆にその方が都合がいい。これ以上胸に何かが突き刺さるような思いをしなくて済む。
「ブラック、お待たせ」
「なまえ。俺もちょうど今来たところだ」
「何だかデートって感じがするわね」
「何言ってんだ。これからデートするんだろ?」
「…そうだったわね。行きましょうか」
寂しそうにそう言うなまえは、きっとリーマスのことを想っているのだろう。此処でリーマスは風邪を引いていると伝えれば、なまえはきっとホグズミード行きをやめてリーマスの元へと向かうだろう。分かっていることなのに、どうしようもなく腹立たしくなる。
最初から、分かっていたことだ。俺はそれを承知の上でこうしてなまえと一緒にいるのだ。こうして協力すると言うことでしか、俺は側にいることが出来ない。リーマスと違って、なまえは俺のことを見ていない。今もこうして側にいるのは俺だと言うのに、リーマスのことを考え「リーマスにお菓子でもプレゼントしたら喜んでくれるかしら?」と、楽しそうに話す彼女を見て、俺は初めて切ないと言う気持ちを理解した。
リーマスの為にお菓子を買うと言うなまえの為に、ハニーデュークスへとやって来た。俺はとてもそんなお菓子だらけの店に入る気にはなれなくて、他の店で暇を潰すことにした。何となく視界に入ったのはアクセサリーショップ。ウインドウに並べられたアクセサリーの中で、なまえが付けたら似合うんじゃないかと思ったものがあった。直感で良いと思った俺はそれを購入し、ハニーデュークスまで戻った。
もう用は済んだのか、なまえは外で待っていた。寒そうにしながら、胸に抱えたお菓子の袋を見て、満足そうにしている。それを見て、俺はまた複雑な思いでいた。こんなにも近くにいるのに、どうして彼女には何一つ伝わらないのだろうと、やるせない気持ちでいっぱいだ。
後ろからなまえに声をかける。俺だと気付いたなまえはバッと振り返り、一言「遅い」と文句を言った。なまえの鼻は冷たい空気に晒されて真っ赤になっていて、手先もとても白かった。仕方がないので俺のマフラーを巻いてやる。いらないと言われたけれど、俺は一切聞かなかった。なまえは流石にはね除けるようなことはしなかったが、マフラーを握りながら「寒そうにしていたら、リーマスもこうしてくれたのかな」なんて呟いた。どうして此処にいるのがリーマスではなく俺なのだと、自分でさえそう思う。臆病な彼女と臆病な俺は、臆病なリーマスのことを知っているはずなのに。
こんなことをしたって、益々自分達を苦しめているだけに過ぎないのだと、分かっているはずなのに。「やめようか」と言う一言でさえ、俺は言うことが出来ないだなんて。どうして俺はなまえのことが好きなのだろうか。
「あっ、リーマス!」
なまえは急に嬉しそうな声でリーマスを呼んだ。リーマス? あいつは確か熱が出ていて寮にいるはずだ。後で医務室に行けと言ったはずだ。どうして此処にいるのだと、目の前にいるリーマスを見て俺は言葉が出て来なかった。リーマスの方も俺となまえが一緒にいるとは思っていなかったのか、俺達を見て固まっている。何故ホグワーツにいないのだ。どうして此処へ来た。リーマスはいつもいつも、いいところで俺達の前に現れる。
どうしてなまえはいつも、リーマスばかりなのだ。意識的に表情を歪ませる。そうすると、いつもリーマスは泣きそうな表情をするのだ。最低だと自覚はしている。こうしている今が何よりの証だ。だか、俺はやめようとしない。ほんの少しの、小さな俺の抵抗だった。
リーマスは一瞬だけ悲しそうな表情をしたけれど、すぐに元に戻りなまえに向けて笑顔を向ける。どうしたらリーマスはそんな風に笑えるのだろうか。俺には分からない。俺にはそんな芸当は無理だ。熱のせいで怠いのか、少し足元が覚束ないようだった。瞳もほんの少しだけ潤んでいて、見ているだけで相当辛いのだろう。けれど、実際にはリーマスは辛そうには見せていない。と言うよりも、目線を合わせないように若干俯きがちでいる。なまえは特に気付いた様子もなく、リーマスに駆け寄る。
気付かないでくれ、リーマスなんて心配するな、俺を見てくれと、独りよがりな感情が表に出て来る。俺は本当に、最低だな。
「…やあ、なまえ……に、シリウス」
「リーマスはまたお菓子買いに来たの? 本当にチョコレートが大好きよね」
「甘いものが食えるってどんな感じなんだろうな」
「…幸せな一時、だよ……」
「まあそんな感じね。ねえリーマス。私達と一緒に回らない?」
「………僕はいいよ…二人で行きな」
「一緒の方が楽しいわよ。ね?」
そう言いながら、なまえはリーマスの手をとった。俺とは手を繋いだことはない。一度も、そんなことはなかった。どうしてリーマスはここまで想われていると言うのに、気付くことがないのか。俺がいるせいか。そうだとしたら、いいなと思ってはいけない最低なことをぼんやりと考えた。
不意に「触るなッ…!」と、リーマスが手を振り払った。何故そんな行動をとったのか、俺にもなまえにも、きっとリーマスにも分からなかっただろう。羨ましいと思っていた二人の手は未だ固まったかのように動かない。リーマスの表情は「しまった」とでも言うように目を見開いている。なまえの方をちらりと横目で見やると、今すぐにでも泣き出してしまいそうだった。俺は何も言えずにただ、突っ立っているしかなかった。
俺は、こうなることを望んでいたはずだった。なまえとリーマスが仲違いをして、俺の方を向いてくれるのを密かに待っていた。けれど、現実はそうではなかった。今の状況を見て、俺もリーマスに振り払われたなまえと同様に、至極悲しくて仕方がなかった。「なまえなんか大嫌いだ」と、そう呟いたリーマスは逃げるようにホグワーツの方へと帰って行った。背中を丸めて走り去って行く姿を見て、俺まで至極泣きたくなった。なまえはフラフラと歩き出し、たった今までリーマスがいたであろう場所で崩れるように蹲った。
「なまえッ?!」
「……………あーあ。リーマスったら、チョコレート落として行っちゃった…。ねえシリウス。魔法をかけておけば、少しは大丈夫かな…?」
「なまえ、お前大丈夫か………?」
「私は、大丈夫。大丈夫じゃないのは、リーマスの方だよ…」
「こんなこと、しなければよかったんだね……」と、蹲るなまえの表情は分からない。涙声にもなっていない。必死に堪えているのかもしれない。リーマスが落としたチョコレートを両手で抱き締め、なまえはそれ以上何も言わなかった。いても立ってもいられなくなった俺はズボンのポケットに手を突っ込み、小さな箱を掴んだ。俺は何も考えずに蹲るなまえの隣に膝をつき、小さな身体を抱き締めた。するとなまえはビクッと身体を震わせ、先程のことが嘘のように暴れ出した。きっとこれが俺ではなくリーマスだったのなら、こんなに拒絶されることもなかったのだろうなと、意識の何処かで思った。
「…俺じゃ、駄目か……?」
自分でも驚く程弱々しい声が出た。これではリーマスのことを言えたものではない。俺の言葉が聞こえたのか、なまえはぴたりと動きをとめた。俺は更に抱き締める。心臓の音が五月蝿い。他の女子と付き合っていた時は感じなかったものだ。そう考えると、俺はつくづく最低だなと思う。
こうしてなまえと協力してから気付くとは、なんて残酷なのだろう。
「リーマスの代わりでもいい。なまえをもう、泣かせたくないんだ……!」
「……シ、リウス…何、言って………ッ」
「俺は、なまえが好きだ」
「リーマスじゃなくて、俺を選んでくれ……!」と、俺はポケットから取り出し、箱を開けて中に入っていたネックレスをなまえに見せた。こういうシーンで指輪でないのが何とも言えないが、俺は必死だった。俺なら、彼女にこんな顔はさせない。苦しませない。俺なら、ずっとなまえの手を握ってやることも出来る。なまえは何も言わない。ジッとネックレスを見つめ、俺と視線を合わせようとしない。
しばらくしてから、小さな声が聞こえた。辺りは静寂だと言うのに聞き逃すほどとても小さな声で、彼女は呟いた。せきを切ったかのように、なまえは何度も同じ言葉を繰り返した。そう何度も言うことではない。いずれはこうなっていたのかもしれないのだ。なまえのせいではない。けれど、なまえはやめようとはしない。
俺は「大丈夫」だと、なまえを抱き締めながらそう言うしかなかった。
誰が悪いなど、そんなことはないのだ。
悲しみを深く深く抱き締める
「ごめんなさい」なんて、俺の気持ちをなかったことにするようで至極泣きたくなった
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