「ねえリーマス。あなた最近変よ?」

唐突に、なまえはそう言った。変と言う言葉の意味を理解している僕は笑って誤魔化した。笑っていれば大丈夫なような気がした。なまえに気付かせてはいけないのだと、僕は笑って見せた。

「いつも通りだよ?」
「これ、アップルパイじゃなくてミートパイだもの」
「見間違えたみたいだね」
「ネクタイが曲がっているわ」
「鏡の最終チェックを怠ったせいかな」
「寝癖も直していないし…」

よく観察していることで。
さすが幼馴染だ。

「……やっぱり、変よ…」
「今日は少し寝坊して時間がなかっただけなんだ。まだ頭がしっかり働いてくれていないみたいだね」

最後ににっこり笑って終了。
どこにもおかしな点はなかったはずだ。なまえはまだ納得がいかないらしく、じっと僕を見つめていた。だけど僕は怯まないし何も言おうとも思わない。なまえが諦めてくれるのを待てばいい。「…仕方ないわね」

なまえは曲がったネクタイを直し、魔法で寝癖を直してくれた。相変わらず魔法のかけ方が上手い。なまえは丁寧な魔法を使う。とても繊細でなまえらしくて、僕が自分自身にかけたら大雑把なもんだから全部ぐしゃぐしゃになってしまう。ご覧の通り、なまえがかけてくれた魔法のおかげで、こんがらがった寝癖が一発で直った。

「ありがとう」
「いいのよ。でも、何かに悩んでいるならいつでも相談してね」
「それはなまえもだよ」

間違えてしまったミートパイは僕の胃袋に消化することにして、切り分けたアップルパイをなまえに差し出した。

「ありがとう」
「いつもしてることだよ」
「それでも、ありがとう」
「どう致しまして」

いつもと同じような会話で、変わらぬ笑顔が隣にある。小さい頃からこの笑顔が好きで、僕が心の底から笑える唯一の瞬間だった。

「私、リーマスの笑顔が好きよ」
「僕もなまえの笑顔が好きだよ」

「「ありがとう」」

まるで告白のような言葉なのに、なまえの言葉は恋愛感情ではない。なまえに恋愛感情を持っているのは僕だ。交わることはない。いつか、この想いが終わることはあるのだろうか。終わってしまう時が来るのだろうか。それはそれで、とても寂しい気持ちがする。そんな気持ちを紛らわそうとして、持っていたチョコレートを一口食べた。


なんでこんなに好きなんだろうと、たまに思う時もある。ずっと一緒にいたからと言うのが理由なら、なまえじゃない他の誰かでも別によかったわけだ。一緒にいてくれたのがなまえじゃなくて他の子だったら、僕は他の子を好きになっていただろうか。

「なまえじゃなかったら」なんて考えたってキリがないその問い掛けにため息を吐く。なまえだから今の僕があるのだ。なまえじゃなければ、こんなにも好きにならなかったかもしれない。だからなまえだとかなまえじゃないとか、そう言う問題でもないのかもしれない。他でもないなまえだから、僕は惹かれ好きになったんだと思った。

シリウスが取り分けたサラダをなまえに差し出していた。それを笑顔で受け取るなまえ。僕に向ける笑顔とは、ほんの少し違う。好きな人に向けるような、そんな笑顔だった。これ以上見るのは自分を苦しめるだけだ。食事をしよう。

間違えてしまったミートパイを食べようとフォークを手に取ったのに、急に胃が食べ物を受け付けなくなった。心が苦しくなり、何かで洗い流したくて甘ったるいホットチョコレートを無理矢理飲んだ。口の中いっぱいに広がる甘さはいつも通り大好きなものなのに、胸糞悪くてしかたなかった。

どうしてシリウスなんだろう。やっぱり格好良いからだろうか。男らしくて良い名家の長男で悪戯好きで、僕とは何もかも違い過ぎるから、ポッと出てきたそういう人に女性は惹かれてしまうものなのだろうか。

シリウスと自分を比べるだなんておこがましいにもほどがある。僕は人狼だ。格好良くもなく、男らしくもなく、名家でもなく、人が困る悪戯はちょっと苦手でくよくよ悩んでしまう僕なんか、比べる価値もないだろう。自分で思ったことなのに、思っていたよりもダメージは大きかったらしい。どんどん悪いことばっかり考えてしまう。僕が幼馴染で彼女にも申し訳なく思えてきた。


「笑っていてね」と、昔に一度そんな言葉をなまえに言われた。だから僕は今でもなまえの願いを利き続けている。「笑って」と言う願いを。僕が笑えばなまえも笑ってくれる。なまえの笑顔が見たいから僕は笑う。なまえが笑ってくれるなら、辛いことがあっても笑う。否、笑えるんだ。それがなまえの願いだから。だから僕は、なまえの為に笑う。隣で笑っているシリウスはもう見ない。見ると笑えなくなってしまうから。

「……作り笑いはもういいよ…」

名前#の口から紡ぎ出された言葉。
きっとただの空耳か幻聴だ。







辛くて辛くて、本当は自分のために笑っている。





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