変わらない朝がやって来た。

一番になまえにおはようと挨拶をして、なまえの好きなアップルパイをとって、僕は変わらない毎日となまえの笑顔にホッとする。

いつも一緒にいるけれど、いつ何が変化するかは分からない。一緒にいない時間に何か起こるかもしれないと、すごく怖くて不安で不安でたまらない。それを感じ取られないように、僕は笑顔を貼り付けた。


「最近になって思ったんだけどさ、なまえとリーマスって幼馴染みなのになんで一緒に大広間に来ないんだい?」

何気ないジェームズの一言に、僕の中で一瞬だけ時が止まった。

「……なんでって、私が起きるのが遅いせいなの」
「そうだね。寝起きのなまえと鉢合わせすると酷い目に遭うから」
「ちょっとリーマス。いくらなんでも言い過ぎじゃないかしら?」
「そうかな? 事実を述べているまでだよ、なまえ」
「それなら僕が今度試してみせよう!」
「やめた方がいいよ。ジェームズは」

たぶんと言うか、きっと大広間まで一緒に来られないと思うから。

「やってみなくちゃ分からないじゃないか!」
「んじゃ、俺も参加してみようかな」
「流石は相棒! ヘタレのくせに!」
「ヘタレは余計だ!」
「何だか分からないけど、二人とも頑張って」

手を握り合って意気投合している二人を見て、ピーターがそっと呟いた。たぶんどうなるのか結果が少し気になっているようだ。なまえを見れば、嬉しいような悲しいような、どちらも入り交じった表情だった。僕はそんななまえの表情を見ていられなくて、まだ残っているアップルパイをとってひたすら食べた。


幼い頃の記憶だ。

互いの家を行き来していて、なまえの家に泊まったある日。なまえの両親に「なまえを起こして来てくれないか?」と頼まれたことがあった。僕はそれを快く引き受けてなまえの部屋の前まで来るとトントンとノックをした。返事はない。もう一度トントンとノックをして「なまえ」と呼ぶ。けれど中から何らかの音さえしない。今度は強くドンドンとノックと言うより扉を叩くと、中で音がして扉がガチャリと開いた。

「おはよう」と言う前になまえの顔を見て、僕は目を逸らすしかなかった。ものすごい顔で此方を睨み付けていたからだ。「何?」と普段聞いたことのない低い声を聞いて僕は冷や汗をかいた。「朝ごはんだよ」と告げると彼女は何も言わないまま扉を閉め、中で何かの音がしてからまた扉が開いて出て来た。

「今度からリーマスは起こさなくていいからね」

そう言う彼女の声はまだ低く、僕は無言で頷くしかなかった。それ以来、僕はなまえを起こすことはない。


寝起きはとても機嫌が悪い彼女のことだから、きっとシリウスもあれを見て黙るしかないんじゃないかな。

あの後の次の日、なまえのお父さんが起こしに行ったようだけど、顔に手を当てながら帰って来たことがあった。泣きながらなまえのお母さんに縋っていたのを見て、なまえを起こすのはやめようと更に強く思った。

だからこそ、シリウスもきっと殴られるかもしれない。流石に部屋には入れないけれど、なまえと同室の子が「シリウスが呼んでるよ」と言えば怒りの矛先はシリウスに向かうはずだ。明日シリウスは無事じゃないんだろうなと思いながら、アップルパイを頬張った。


次の日、ジェームズは疲れきったオーラを全身に滲ませながら、おぼつかない足取りで大広間に入って来た。だからやめた方がいいと言ったのに。人の忠告は素直に聞くものだ。

そして、後から入って来たのはなまえ。いつもよりもすっきりしているのは、きっと気のせいじゃないのだろう。安心した僕の目に映ったのは、綺麗に笑うなまえの微笑みだけじゃなかった。

見間違いなんだと思う。
だって、そうだ。
ずっとこのまま、崩れるわけないと、ずっと思っていた。

だから誰でもいいから、早く僕の目を覚まして欲しい。こんな夢、もう二度と僕に見させないで。


「おはようリーマス」

そう言って笑うなまえの隣にいるのは紛れもなく僕の友人であり、ジェームズの親友でもあるシリウスだ。僕やジェームズは駄目で、なんでシリウスは大丈夫なのか。

答えはただ一つ。
僕はただの幼馴染でしかなく、友達以上にはなれないということだ。僕ではなく、シリウスを選んだも同然だ。実感したらずっしりと胸に重しが乗っかったように息苦しい。

どうしてシリウスなんだ。
どうして僕は、幼馴染なんだ。

勝ち誇ったような笑みを見せるシリウスが憎たらしい。きっと本人はそんな気などないんだろうけれど今の僕の目には、そんな風にしか見えなかった。

喉の奥に何かが詰まったようで呼吸をすることが出来ない。ぎゅっと心臓を誰かに掴まれた感覚がして、苦しくてたまらない。

どうして、シリウスなんだろう。


「…おはよう。なまえ、とシリウス」

にっこりと、何のミスもなく僕は笑えた。

「朝から偽らなくちゃいけないんだ」
必死に自分に言い聞かせる。

泣きたいほど悲しいのに、不思議と涙は出てこない。大事な何かを何処かに置いてきてしまったように、僕の心も何処かに置いてきたみたいだ。そうやって何処かに置いてくれば、こんなに苦しい思いをしなくて済む。友人を憎むこともなくなる。どうしてなんて、思わなくていい。

変わらないはずの朝が、突然音を立てて崩れていく瞬間だった。






アップルパイを食べても味がしないのは何故だろうか





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