憂鬱だ。
気分は最悪だし喉は痛いし、おまけに頭痛が酷くてものすごく寒い。寒過ぎるのは、今いる場所が外でさっきから雪が降っているせいだ。早く暖をとりたいけれど、どうしても行かなければならない所があった。
正直言って余程のことがない限り、こんな体調で外をうろつく程僕は馬鹿じゃない。今日でなければいけなかった。
帰ったらマダム・ポンプリーの所へ行ってお小言をもらって元気爆発薬をもらおう。今はホグズミードに向かうことだけを考える。
体調が悪いのもお構いなしに、管理人のフィルチに両親にサインをしてもらった許可証を提出して足早に向かう。
こんな状態でなければ雪景色を楽しみながら目的地へと向かうことが出来ただろうに、今の僕にそんな余裕は一切ない。
他のみんなはこの休日を思い思いに過ごしているだろう。ジェームズは相変わらずリリーを誘おうとして見事に撃沈してシリウスに慰めてもらおうとしてあしらわれ、代わりにピーターが付き添ってあげているらしい。
シリウスは女の子と行くと言っていたので放っておいた。遊ばれる女の子に対して同情するしかない。僕は風邪を引いているからと言って部屋に置いていかれた。その方が好都合だから別に問題はない。
一つ気になることがあるとすれば、なまえは誰か他の友達とホグズミードを訪れているだろうか。
もしこんな状態で鉢合わせたとしたらきっと怒られるに決まっている。いや、どうして僕は風邪を引いていることを気付いてもらえると思っているのか。厚着をしてマフラーをぐるぐる巻きにしている今、ほとんど顔は見えない。少し足元は覚束ないけれど、何とかなる。
「……今日限定、の、秘密の…チョコ……レー、ト」
ない気力を何処からか持って来る為、どうしても手に入れたいものを呟く。そうすることで少しは持ち堪えられそうだと思った。
何としても手に入れなければならない。今日限定で、しかも数量しかない秘密のチョコレート。
何がなんでも絶対に欲しい。
どんな味がするのだろうか。
秘密と言うからには、味わったことのないものに違いない。気分は最悪だけれど、何とか耐えられそうだ。
チョコレートを手に入れたらなまえにもチョコレートを……。ごちゃごちゃと下らないことを考えるのはもうやめよう。今は今日限定の秘密のチョコレートを確実に確保することだ。だから、風邪なんかに負けていられない。冬だから風邪を引くって何か間違っている気がする。引いてしまったからには何も言えないけれど。
気合いを入れ直してホグズミードに到着、急いでハニーデュークスのお店に向かった。お店の前は人で溢れていて、みんなのお目当ては今日限定の秘密のチョコレートだ。置いてある棚を見るともう数個しかない。慌てて人の波に逆らい手に取る。風邪を引いているくせにこう言う時だけ素早く動ける僕はどうなのか。お目当てのチョコレートが見事に手に入り、気分も上々だ。
ハニーデュークスを少し出た所で待ちきれなくなり、銀の包装を取ってチョコレートに噛り付く。口に入れた瞬間にほろけてなくなった。けれど口内にはまだチョコレートが残っている感覚がする。普通の残り方と違うそれにしばらく言葉が出ない。
一口でしばらく保つんじゃないかと言うくらいチョコレートの存在感がすごい。固まりはないのにこれは一体どう言うことなのか。味もストロベリーが入っていたと思えばカカオの味が後から来て、そのまま終わるのかと思えばナッツの香ばしさが口内に広がった。後が少しすっきりするのはミント系でも入っているのだろうか。何種類もの味がする不思議なチョコレートに大満足だ。
任務完了、長居は無用。
これ以上風邪を悪化させたら自分自身が困るので、急いでホグワーツに帰ろう。チョコレートの余韻に浸っていると、見知った姿が僕の視界をかすった。よく見ようと視線の定めた先にはなまえがいた。僕には気付いていないみたいで、寒そうに首に巻いたマフラーに顔をうずめている。両手には今日の戦利品なのか、満足げな表情で紙袋を抱えている。その姿が可愛らしくて、僕の口元は緩まる。
友達を待っているようで、じっとその場で立ち尽くしていた。友達は一体何をやっているのか、お店にいるのならばなまえも入ればよかったのに。これでは僕のように風邪を引いてしまう。
なんて声をかけようかと少し迷って、寒そうだからチョコレートをあげようと思った。これを食べれば少しは温まるはずだ。きっとこのチョコレートをなまえも気に入ってくれるはずだ。ストロベリーもナッツもミントもなまえの好きなものばかりなのだから。
「なまえ」と呼ぶはずだった言葉は、声には出さずに飲み込んだ。彼女しか見えていなかった僕はすぐに気付くべきだった。やはり風邪で頭がどうかしているらしい。
シリウスが最近一緒にいる女の子なんて最初から知っていたのに。だからこそジェームズがシリウスを誘わなかったし、なまえだって特に何も言わなかったんだ。僕に「シリウスと一緒に行く」と言わなかったのは何故なのか、考えたくはなかった。
彼女の後ろから現れたシリウスは寒そうにしているのを見て、自身のマフラーさえなまえの首に巻き始めた。慌てて外そうとするなまえにシリウスが「いいから巻いておけよ」とでも言ったのだろう。
微笑みながらぎゅっとシリウスのマフラーを掴むなまえを見て、急に寒気が戻って来た。そう言えば風邪を引いていたんだ。早くホグワーツに帰ろう。
側を通って行くホグワーツの生徒達は、二人を見て噂話をし始める。その生徒達の言葉が本当かどうかは分からないけれど、もしかしたら本当なのかもしれない。
シリウスに向けて、なまえは優しく笑っているのだから。もちろん、シリウスもそれに答えるように微笑んでいる。
知らないところでなまえが変わることを恐れていた僕はそれを目の当たりにしてしまい、どうすればいいか分からずに、ただ二人を見つめていた。至極頭がガンガンする。
「あっ、リーマス!」
なまえが僕を見つけた。
今の僕を見て欲しくなかったのに、僕に向けてくれる笑顔を見て頭の中がごちゃごちゃする。寂しいはずなのに嬉しくて、息をするのが苦しい。
二人して紙袋を抱えていて、シリウスの方が多いのはきっと悪戯グッズでも買い足していたのだろう。風邪を引いて寝込んでいる僕がどうして此処にいるのか気になるらしく、じっと見られた。
答えてやる気はない。
と言うより、答える気力がないに等しい。
「…やあ、なまえ……に、シリウス」
「リーマスはまたお菓子買いに来たの? 本当にチョコレートが大好きよね」
「甘いものが食えるってどんな感じなんだろうな」
「…幸せな一時、だよ……」
「まあそんな感じね。ねえリーマス。私達と一緒に回らない?」
「………僕はいいよ…二人で行きな」
「一緒の方が楽しいわよ。ね?」
なまえが僕の手を握った時、妙な違和感があった。恥ずかしいような嬉しいような、そんな感情が僕の中を駆け巡った。
どうしてなまえは手袋をしていないのだろう。そう言えば、持っているはずなのに今日は付けていなかった。だから違和感があったのか。
どうしてなまえはシリウスの手を握らずに僕の手を握るのだろうか。そう思いながら段々と我に返り、繋がれていた手を見て僕は……。
「触るなッ…!」
バッと振り解いてから「しまった」と思った。今までなまえのことを拒絶したりはしなかった。したくなかったし、してしまったらもう一緒にはいられないと思っていた。
振り払われたなまえは石のように固まり、驚いた表情をしている。隣にいるシリウスまでも驚いていて、だけど一番吃驚しているのは僕自身だ。
どうして手を振り払ってしまったのか、僕にも分からない。嬉しかったはずなのに、なまえが笑ってくれたのに。どうして僕は。
何故か「ごめん」の一言も言えず、僕はありもしないことを口走る。それを聞いたなまえの目は大きく開いて潤みはじめ、僕は直視することが出来なくて、いたたまれなくなって走って逃げた。
後ろでシリウスが僕を呼んでいる。どうしてシリウスが僕を呼ぶのかなんて分かりきっているから、止まることはなかった。
風邪を引いている中で買いに行ったチョコレートは、いつの間にかなくなっていた。
瘡蓋になっても溢れるの
君を失うことが僕は一番怖かったはずなのに
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