「ねーえ、最近何かあったでしょ?」

朝起きて寝ぼけ眼で身仕度を整えていたら、リリーにそんなことを聞かれた。

リリーの言うことがどう言うことなのか理解出来ずに思考停止していると、リリーはキラキラした笑顔で「ルーピンでしょ!」と自信満々にそう言った。

………どうしてリリーは前回の噂をまだ信じているのだろう。と言うか、あの噂からもう随分経った気がするのだけど。

そりゃ何かあったかと言えばあったけれど、噂のものとは関係ない。ただリーマスに話を聞いてもらっていただけだ。本当にそれだけしかないと言うのに、リリーは違うと言っても「はいはい、そうなのよね」と聞き入れてくれない。ああ、もう。


「………否定しても噂を信じるのはなんでなの?」
「あら、私は噂を信じたわけじゃないわ」
「それならどうしてリーマスが出てくるわけ?」

「だって、なまえったらリーマスといる時すごく良い表情してるんだもの。だから私はそれを見て言ってるの。噂とかじゃないわ」

「失礼しちゃうわ」なんて言いながら、リリーは魔法で髪を解かし始めた。

ねえリリー、きっと疲れているんだと思うよ。だって、そんなのありえないもん。良い表情って、リリーは何処かで噂を信じているんじゃないのかな。だからそんなことを言うんだ。私がリーマスといて良い表情をした時なんて、どの時だ。

リリーと一緒にいる時なんて噂が嫌で、リーマスに極力話し掛けないようにしていたのに。


リーマスって名前が出て、ドキッとしたのは内緒だ。やましいことなんて何もないはずなのに、どうしてこんなに心臓に悪いのだろう。

だって、私はまだ駄目なんだ。少しくらいはマシになった方だと言っても、それでもまだ少し想ってしまう。

リーマスは、とっても優しい。
とても友達思いで、余程のことがない限り友達の頼みを断ったりはしない。最近のリーマスはとても優しいから、優し過ぎて、心が痛い。


「愛しのリリー、おはよう! 今日もとても綺麗だよ!」
「そう、ありがと」
「ああ! 素っ気ないけどそんな君も魅力的だよ!」
「……朝から疲れるわ…」
「まあまあ。おはようジェームズ」
「なまえ、おはよう!」

にっこりと、花が咲いたようにジェームズは笑った。相変わらず、小さな子どもみたいに無邪気に笑う。
いつも隣でうるさいシリウスがいないってことは、また女の子の所にでも行っているのだろう。代わりとでも言うように、ジェームズの隣にいたピーターが眠そうに欠伸をしている。

「なまえ、おはよう」
「…おはよ、リーマス」

目を合わせることが上手く出来なくて、そっぽを向きながら挨拶する。そんな私を見てなのか、リーマスはクスクス笑っている。チラッと横目で見ても「ごめんごめん」と謝りながらもやっぱり笑っていた。

「何がそんなに可笑しいの?」
「いやあ、なまえって可愛いなと思って」
「かわっ…ッ!」
「うん、そういう反応可愛いよ」

「ルーピン。私のなまえを口説かないでくれるかしら?」
「それはそれは、失礼エバンズ」
「リーマスッ、僕のリリーにちょっかい出さないでくれるかい?」
「僕はなまえにしかちょっかい出していないよ」
「それならいいんだ!」
「………………頭痛い…」

なんかもう、この空気が嫌だ。
眠そうに目を擦っていたピーターまでもが「大変だね。でもリーマスはとっても優しいから大丈夫だよ!」と、そう言われてしまった。

あのホグズミードがいけないのか、それともあの夜のことを何処からか嗅ぎ付けてきたのか、みんなの対応に正直頭が痛い。

私はこんなに参っているのに、リーマスはいつもと同じようにチョコレートを食べていて、至って普通だ。朝食前に板チョコ一枚完食って、甘いものを食べないとリーマスの一日は始まらないらしい。変わらない対応に、ひっそりため息を吐いた。


「なまえ、結局のところどうなのよ?」
「…何もないよ」
「嘘よ。ルーピンと何かあったんでしょ?」

どうやらリリーはまだ諦めていないらしい。そのしつこさが最近ジェームズに似てきたのは気のせいだろうか。本人に言ったら顔を真っ赤にして怒りそうなのでやめておこう。

「…確かに何かはあったけど、そんなに大したことじゃないよ。本当に」
「大したことじゃなくても知りたいわ。何があったの?」
「それは…」

言おうとして、口を噤む。
言えない、言えるわけない。

私がジェームズを好きで、それをリーマスは知っていて慰めてもらった、なんて。リリーには言えない。言ってしまったら、きっとリリーは自分が悪いと責めるだろう。

そんなことないのに「ごめんね」と謝ってくるだろう。優しいリリーだからこそ。謝られてしまったら、余計に自分が惨めになる。だからこそ、黙っていなきゃいけない。

どうしようと思い悩む。
どうにかして誤魔化さなきゃいけない。いつもは普通に誤魔化したりすることが出来るのに、喉の奥で言葉が詰まる。本当のことを言えない罪悪感に苛まれる。

言ってしまえたら、どんなに楽だろう。憶測でしか分からない未来に対して、私は臆病になる。どう思われるか嫌で、ならば何もないままでいた方が良いと言う選択肢を選ぶ。リリーとは、ただの仲の良い親友でいたいから。


不意に肩をポンッと叩かれる。
後ろを振り向くと、そこにはリーマスがいた。

「なまえ、こんな所にいたんだ。ちょっと探しちゃったよ」
「リーマス…?」
「あらルーピン。どうかしたの?」
「なまえにちょっと用があってね」
「私に?」
「天文学の宿題。きっとなまえ一人だと前みたいに分からないだろうと思って、一緒にやらない?」
「宿題………あ!」

すっかり忘れていた。
星座の歴史やそれについて自分なりの意見を羊皮紙二巻き分くらい出されていて、分からないから後でリーマスに聞こうとしていたのだった。天文学の教授は宿題が終わっていないと星を見せてくれないから、どうにかしようとしていたのに忘れていたなんて。次の天文学は明後日だ。時間が足りない。


「ごめんリリー。宿題終わらせないと!」
「…あなた全くやってなかったの? 呆れた」
「なまえは他の教科の宿題も忘れがちだしね」
「ああ! 変身術もだ!」
「……変身術ならいい本があるわ。図書館に行きましょ」
「ありがとリリー!」
「その言葉は終わってから欲しいわね」

宿題を溜めに溜めていたからか、リリーはお怒りの様子だ。けれどお説教は後回しにしてくれるらしい。今は宿題を片付けなければならない。「全くもう」とため息を吐きながらも、最後まで付き合ってくれるのがリリーだ。今度何かでお返ししよう。

「早く行くわよ」と先頭を歩くリリー。ふわふわとした赤毛の髪が彼女の動きに合わせて揺れる。柔らかな髪はまるで彼女自身を表しているようで、とても羨ましく思う。笑顔がとても素敵で、誰に対しても優しい。今のところジェームズ以外でだけど。


隣にいるリーマスが「行こう」と手を差し出した。
私はその手を取り、リリーを追い掛けた。

とても優しくて、時に厳しい友達。

彼女の笑顔が大好きだから。
リリーとの関係を壊したくないと、心の底から思った。





とても大好きで、だからこそ
私は彼女に真実を告げることが出来ない



back or top
ALICE+